【7回戦-2】

「ど、どうなんだろう?」

「いけそうかなあ」

 廊下から様子を窺っていたのは、ひのくちと星川だった。初めての大会で、最後の一戦。チームの優勝がかかっていた。出場しなかった一年たちは、気持ちを持て余しながら観戦していた。

「そういえば高岩君は?」

「猪野塚先輩と買い物に行った。出場者たちの飲み物を買いに」

「与党は気が利くんだなあ」

 部内にもなんとなくの派閥というものがある。星川はそのうちの一つを「猪野塚派」と呼んでいた。猪野塚と菊野はよく一緒におり、そこに会田も加わることがある。元々高校からの後輩だった高岩も自然とそちらに加わった。部長である安藤が参加することもあり、北陽もどちらかと言うとここに属する。星川曰く「主流派・与党」である。

 それに対してもう一つの派閥は「鍵山組」と呼ばれていた。閘と星川はこちらに属している。意外にも鍵山は面倒見がよく、バルボーザに対しても色々とアドバイスを送っていた。また、蓮真と対等に話せる唯一の二年生でもあった。棋力的には圧倒的なのだが、落ち着いたメンバーが多くあまり目立たない方の野党となっている。

 どちらに属しているとも言えないのが中野田と福原である。元々三年生は、仲が悪くはないのだが集まるということがなかった。特に中野田は「つるむ」ということがなかった。皆がカードゲームをしているときも一人で棋書を読んでいたりする。

 最も派閥と距離を置いているのが福原である。同じ女性部員だが、鍵山ともほとんど話さない。北陽や蓮真とは仲がいいようだが、それでも心から打ち解けているようには見えなかった。星川は一度、猪野塚に「福原さんはずっとあんな感じなんですか?」と聞いたことがある。猪野塚は腕組みをして、何度もうなずきながら言った。「野村先輩がいると、全然違うっしょ」

 入部してから、野村の名前は何度も聞いた。昨年卒業した、元エース。控えめながら頼れる先輩で、細身でなかなかのイケメンとは猪野塚の評である。福原は「まあ、野村派だったから」とのことである。

「野村先輩がいたら、もっと楽に勝てるってことなのかなあ」

「そういえば、大会のために留年する人もいるらしいよ」

「そうなんだ」

 こつこつ、こつと誰かの近付いてくる足音が響いていた。

「あっ」

 足音には無頓着だったが、星川はその声には敏感だった。福原が発したからである。振り向くと、そこには一人の男性が立っていた。高身長で、イケメン。

「もしかして……」

「野村先輩! あ、お、お久しぶりです……」

「うん、見に来たよ。間に合ったかな?」

「はい、今ちょうど最終戦です」

「状況は?」

「経済大と全勝対決で……」

「そっか。優勝できるかな」

 星川は二人の様子をじっと見つめていた。



 耳元を、すっと風が通り過ぎたように感じた。視線を動かすと、見知った顔があった。野村だった。

 蓮真は視線を盤上へと戻した。難解な終盤戦になっていた。相手も経済大のエース、蓮真をつぶしに来たオーダーである。隣で会田と中野田は苦戦していた。当たり的にバルボーザも厳しいだろう。いつも以上に、絶対に負けられなかった。

 体調はずっと悪い。吐き気がこみあげてくるし、時折めまいがする。いつもの半分も実力ず出せているだろうか。それでも勝つのが、エースだ。きっとそういうものなのだ。

 一年生の時、将来の部長は自分だと言われた。蓮真自身も、そんな気がしていた。しかし北陽が指名したのは、安藤だった。蓮真に任されたのは、「将棋で部を引っ張る」という役割だった。

 野村も部長ではなかった。運営は覚田に任せ、エースとしての役割を背負っていたのだ。ビッグ4のいなくなった直後、どれだけの葛藤があっただろうか。蓮真たちが入部しなければ、そのまま部は自然消滅していたかもしれない。今の三年生たちの入部によって、野村にも「エースとして戦うこと」が求められた。

 一年生たちも対局を見ているのが分かった。会場の熱はまだ冷めていない。勝負は決まっていないのだ。

 あと4回。全国で紀玄館と、「あいつらと」戦うチャンスはあと4回しかない。

 蓮真は最後の力を振り絞って、盤面に集中した。

 長い長い終盤戦が続いた。経済大学も必死だった。昨年秋は三連覇からの準優勝。県立大のメンバーが充実していることを考えれば、しばらくは二強時代が続いていくことが予想された。ここで奪い返さなければ、またビッグ4時代のように手も足も出なくなるかもしれない。

 ギャラリーが山のように集まっていた。他の対局は終わっているようだった。

 蓮真は飛車を手にして、自陣に打ち付けた。その瞬間、会場の中で時間が止まったようだった。対戦相手も観衆も、誰も予想していなかった一手。しかし読めば読むほど、いい手だった。

 時計の電子音が響く。時間に追われ、相手は好守とは言えない手を指した。

 絶対に流れは渡さない。蓮真は力強く、受け続けた。相手の体力をどんどん奪っていく。

 二十手ほど、そんな時間が続いた。形勢は明らかだったが、相手も飽き攻めるわけにもいかない。蓮真は駒台の駒を触りながら確かめ、ついに攻めに転じた。

 詰んでいた。捨て駒などはあったが、それほど難しい詰みではなかった。

「負け……ました」

 その瞬間、県立大学の優勝が決まった。

 蓮真の肩に、野村の手が添えられた。



7回戦

県立大学4-3経済大学

1 会田(二) ×

2 佐谷(三) 〇

3 中野田(三) ×

4 鍵山(二) 〇

5 バルボーザ(一) ×

6 大谷(一) 〇

7 北陽(四) 〇



春大会順位

A級

1 県立大学

2 経済大学

3 香媛大学

4 孝生学園

5 禅堂院大学

6 岡川大学

7 徳治大学

8 広望舎大学(降級)


B級

1 鳥口大学(昇級)

2 広山商業

3 高川大学

4 聖谷大学

5 島山大学

6 瀬戸内大学



1 猪野塚(二)0-2

2 会田(二)3-4

3 高岩(一)出場なし

4 佐谷(三)6-1

5 福原(三)1-0

6 中野田(三)4-3

7 菊野(二)出場なし

8 鍵山(二)6-1

9 バルボーザ(一)2-2

10 大谷(一)4-3

11 星川(一)出場なし

12 安藤(三)2-1

13 北陽(四)3-1

14 閘(一)出場なし


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