第57話 備えても憂いは尽きず
厨房の片づけをしながら在庫の確認をしていく。
明日の天気予報も晴れだ。
今日の様に客が来るなら在庫の食材が心もとない。
発注は三音里ちゃんのお母さん経由でする事になっていたので夕方に連絡を入れる。予想外の分量に驚かれたが今日の事情を説明したら納得してもらえた。配達は明日の九時前には届けてもらえるそうなので明日はちょっと早めの出勤だ。
ホットドッグが良く出たのでザワークラウトが一瓶空いてしまった。これは追加で作るしかないのだが今日仕込んでもすぐには使えない。発酵食品の難しい所だ。まあもう一瓶あるので明日くらいは問題なさそうだがかかる時間を考慮して仕込みだけはやっておこう。
仕込みと言っても千切りにしたキャベツを塩で揉んでからガラス瓶に入れておくだけなんだが。
塩は大体キャベツの重さの2%だそうだ。そこはマスターのレシピに忠実にきちんと計量する。
コツは瓶に入れる時に上からギュッと押して詰める事と最後に一番上に蓋をするように外側で使えないキャベツの葉で蓋をする事だそうだ。そうするとキャベツから滲み出した水分に程よく浸かり上面が必要以上に空気に触れて雑菌の繁殖を抑えてくれるらしい。水分が足りなそうなら少し水を足しておく。
後はこのまま常温で10日前後寝かせるだけ。漬ける時間が長いほど酸味が強くなるからそこは好みでやっていいと言われてる。
昼の騒ぎの後は来店客は一組だけだったので何とかなった。
バイク乗りは車ほど暗くなったら動かないから夜は混むことはなさそうだ、などと油断してたら暗くなったら車で二組のお客さんが来た。結局この日は来店客が30人を超えてしまった。一週間分働いちゃったよ。
後片付けと仕込みの準備を済ませ玄関の鍵を閉めたのは21時を回っていた。これで家に帰ったら22時過ぎ。そこから風呂入ってちょっとゆっくりしてから寝て、明日は8時前に出なきゃいけないから6時台に起きないといけない。
あれ、飲食って結構ブラック?
まあ、楽しいからいいか。
そんな事を考えながら暖機の為に鵞鳥のセルを回した。
翌日は食材の配達もあるのでしっかりと早起きして8時過ぎには店に入った。仕込みも昨日の客入りを想定していつもより多めに準備する。これでお客さんが来なけりゃちょっとロスの量が増えそうで結構勇気がいる。一応、三音里ちゃん母に相談して決めた事だけどこの辺が経験の浅い人間にはキツイところだ。
混雑時に意外と手間がかかったのはホットコーヒーだった。豆はマスターが選んだ良い物だし挽きたてが味も香りもいいのは十分承知しているのだが店にあるサイフォン式だと淹れるのも片付けるのも結構手を取られるのだ。
仕方がないので豆は予め挽いておいて家にある極々普通のコーヒーメーカーを使う事にした。これならスイッチ一つで五杯分が一気に淹れられる。何しろ想定外の人数をワンオペで熟す為なのだ。風味が多少落ちてしまうのは混雑時の臨時対応として諦めるしかない。注文してくれたお客さんごめんなさい。決してサーバーをウォーマーに載せっ放しにして煮詰まるような事は致しませんのでご容赦下さい。
コーヒーメーカーの他にも盆と正月くらいしか出番のない一升炊きの炊飯ジャーとかの荷物もあったので今日はリアルチョロQでの出勤となりました。まあ、こいつも大して荷物は積めないんだけど鵞鳥よりはマシというレベルです。オープンカーの助手席に鎮座している炊飯器ってのは中々シュールな光景でした。転がらないようにシートベルトかけてあげました。田舎の家には意外とこの手の普段は使わない家電があったりする。自動餅つき機とか。
頑張って玉葱をスライスしてカレーとハヤシも多めに準備する。マスター謹製のデミソースが残り少ないので具材を濾して水を多めに全体を緩くしたハヤシをオムライスのソースにも使う事にした。元々、酸味の少ないルーだからソースにしても違和感はない。昨日は偶々で今日はいつも通りなら多少の
そんなこんなで新しい事を試しながらポロポロと届く食材も整理していく。八百屋に肉屋にパン屋に米屋に酒屋。纏めてくるかと思ってたらマスターが仕入れていた店に個別に発注をかけてくれたようだった。
次があるならまた三音里ちゃん母に面倒を掛ける訳にもいかないので注文方法を確認しておく。皆さんマスターの事情は知っていたようで軽い挨拶程度で滞りなく納品を済ませる。
次々に訪れる業者さんたちと会話を交わしながらつくづく何事も一人じゃできない事を実感した。会社という組織を離れて一人になってから改めてこんな事を感じるとは不思議な物だ。どんな事でもお付き合いは大事にしないとね。
多少の備えと覚悟を持って迎えた日曜日。予想外の混雑でワチャワチャだった昨日よりは多少はマシでありたいのだが、さて今日はどうなることやら。
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