第16話
青春
朝早く起きて十思は、最近やっていなかった、トレーニングを再開した。舞と夏祭りに行くまでは、毎朝、十㎞のランニングをして腕立てを三十回、背筋三十回、スクワット三十回、バーピーを三十回、そして、週末には、貴史さんとスポーツセンターで柔道の特訓もしていた。その成果があって、加藤たちを倒せた訳だが、舞が加藤たちよりも強い奴に絡まれないとは限らない。
もう絶対に舞には辛い思いをして欲しくない…
そんな事を考えてランニング走っていた。途中でバイト先のコンビニに寄った。
店内は、早朝ということもあって、閑散としている。レジには、目尻にくっきりと皺が入った、優しい顔をしてる男性か暇そうにあくびをしていたが、店内に入って来た、十思を見て、開いた口が塞がらないようだった。
「あ、佐藤君」
「もう友達は大丈夫なのかい?」
「はい!おかげさまで元気になりました。」
十思は舞が入院している間、店長のご厚意で休ませてもらっていたのだ。もちろん詳しくは言えなかったが。大切な友達が交通事故にあって心配なので、暫く休みたいと言った時は、無理だと思っていた。だが、店長は、優しく微笑んで、「いいよ、最近人が全然来なくて暇だしさ」って言ってくれた。
「それは、良かった、ほんとに!」
微笑で何度も頷きながら、自分のことのように喜んでくれた。
そんな店長を見て、十思は心が暖かくなっていた。
「じゃあ、友達が元気になったってことは、シフトは今まで通りで入れるってことだよね?」
「はい!」
「それは、良かった!佐藤君がいない間、みんな寂しがってたし、きっとみんなも喜ぶよ!」
十思は照れて顔をほんのり赤く染めていた。
ガラガラだった店内が徐々に人が入って来て、忙しくなって来たので、十思はコンビニを後にして。朝焼けに向かって走り出した。走っている間は嫌なことが風と共に去っていく感じがした。そして、徐々に晴れやかな気分になっていく。
無我夢中で走っていると、あっという間に家に着いていた。
それから、一通り筋トレすると、舞の見舞えに行く準備をして、病院へと向かった。
病室に着くと、舞が笑顔で出迎えてくれた。昨日までは窓から外を眺めている姿だったが、何だか嬉しかった。舞の笑顔を見るたびに、心の奥底から元気が溢れるような気がする。改めて自分は舞が好きなのだと自覚した。
惚れた人の笑顔はとてつもないエネルギーをもらえる。
「おはよう!」
舞は、こちらを向いて微笑んでいる。十思も微笑みながら返事をした。
「体調はどう?」
「まだ、夏祭りの日のことをフラッシュバックするけど、一昨日までよりは回数も減って大分楽になってきた感じかな」
舞は、ぎこちない笑顔で答えた。きっと心配させないように気を使ってくれているんだろ。そんなことを感じた十思も上手く喜べないでいた。流石に昨日の今日でここまで笑顔に戻ったことだけでも奇跡に近いのだから。
「あ!」
十思はすっかり忘れていたことを思い出したが、気恥ずかしくなって渡すのをやめようかなと思ったが、舞がびっくりした様子でこちらを見ているので、何もないからというと、きっと家に帰らせてくれないだろと思って、十思は鞄の中から手紙を取り出した。
「昨日さ、おむすびと一緒に手紙を渡そうともってたんだよ。」
十思はそう言って、手紙を渡そうとしたが、一回引っ込めた。
「恥ずかしいから、俺がいなくなったら読んでくれるって約束してくれる?」
緊張して手紙を持っている手が震えてきた。この手紙は実を言うとラブレターなのだ。我ながらカッコ悪いと思う。男なら堂々と言葉で伝えたいのだが、昨日までの舞は、聞こえていても、聞いてないようなものだったし、言葉では上手く言えないと思って手紙を書いた。
舞は、以上までに緊張している十思をみて吹き出した。
「手紙渡すだけで何で手も声も震えてるの、馬鹿みたい、そんなに嫌ならやめれば良かったのに」
「悪いかよ、手紙始めて書いたんだよ」
まだ、手は小刻みに震えているし、心臓は物凄い勢いで鼓動を打っている。
「とりあえず、じゅっくんが帰ったら読むよ」
少しニヤニヤしている気がしたが、十思は恐る恐る手紙を渡した。
「やっぱり、読んじゃおうかな」
舞は、手紙を読もうとしている動作をしていた。
焦った十思は座っていた椅子から立ち上がって、ベットで座っている舞に近づいて手紙を取ろうとするが、舞は手紙を持っている手を後ろに隠したり、上にあげたりして取らせないようにしている。
「返せよ!」
十思は舞の後ろ側に手をまわして取ろうとするが、これ以上近づくと押し倒してしまいそうだった。
「私、意地悪だから返さない!」
十思に取らせないように手紙を持っている方を後ろに隠していた。
舞の息がかかるほどに近く、髪が頬に当たる。
十思の手が手紙に触れかかった時だった。
「あ!」
十思はバランスを崩し、舞のことを押し倒してしまった。
二人の間に少しの沈黙が流れた。
キスができるほどに近く、舞の瞳には自分が覆いかぶさる姿が写っている。
「手紙、俺がいなくなるまで、読むなよ。」
舞は、ゆっくり頷いてくれた。
それから、十思は何もなかったようにそっと起き上がって、病室を出ていった。
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