第9話 日常
『行ってくるよ』
午前八時に 中宮冬子(母)が
布団の中のわたしに 語りかける
わたしはかけ布団を頭にすっぽりかぶったまま
返事をすることはない
スーパーのレジ打ち パート 時給八百八十円 週三回 一日六時間
介護職 かけもち 夜勤 時給千四百円(夜間手当込み) 週二回 一回七時間
母の消耗のもとに わたしの朝寝は 成立している
感謝と申し訳なさはあり
でも敬意は持てず どこか軽蔑し
軽蔑する自分を軽蔑する
昼も一時を過ぎたころ
わたしはようやく 布団の沼から這い出して
昨夜の夜食と同じパン一枚を頬張り
消費期限を一日過ぎた牛乳を一杯飲む
朝昼兼用を食べてから わたしは徒歩三十分かかる図書館へ向かい
閉館まで居座る
わたしは馴染みで 図書館司書は見て見ぬふり
思うままに本を棚から取り出して
思うままに独語の下書きを書き連ねて
閉館後は 公園とモールを行き来して
歩きながら 世の無常とかいろいろ 考えたり考えなかったりと
それは個人的な哲学の道で(西田幾多郎よろしく)
公園はイチョウと欅が四季を伝えてくれて
遊びまわる幼児たちのはしゃぎ声が少しうるさくて
でも元気があるのはいいよねと思ったりして
モールは空虚で でも空調はきいてて 冬は公園は暗いからこっちが安全で
空虚だけどこれはこれで 現代の写し鏡で 思索をもたらしてくれて
夜の九時を回ったら
例の商店街で 詩なんだかぼやきなんだかよくわからないものの 独演会である
<夜には死ぬという前提で毎日を始める>
とある偉人の言葉だが
その言葉と逆行した無為の日常は
一周してわたしの誇りにすらなっている
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