第7話 ピンチはピンチ

あれは小学校高学年の頃だろうか

ピンチはチャンスという言葉が教室のどこかから聞こえてきて

ほとんど憎悪に近い怒りに震えたことがある

そんなもの 統べる側の人間の

都合のいい理屈じゃないか

欺瞞も大概にしてほしい

恥を知れ

ピンチはどこまでもピンチでしかないよ

そんなことは 上履きを隠された園児の時から知っていた


今は夜の十一時

シャッターの降りた 商店街

お気に入りの パン屋の前で

前腕のない左腕を 露悪的に剥き出し

わたしはいつもの独演会

コンマ二秒の視線をくれて 足早に歩き去って行く皆さまに

お伝えしなけれなならないことがあります


<世界は ピンチだ>


なにを根拠にと 問われたら

うまく答えられない

それは石油の問題でも 温暖化の問題でも 

二大大国の争いあるいは協同でも 人口爆発の問題でもなく(そんなことを語る知識も思考もわたしにはない)

ただ漠然と思うのだ

そのどこかからの囁きは

世間の隅っこの暗がりに潜むわたしを

ひどく切迫させる

九十九パーセントの自己慰安と 一パーセントの義

ちゃんちゃらおかしいかもしれないけど わたしは一パーセントの義を持っていて

義のこころが わたしにこう言わせる

だから今日は皆さまに どうか心に留めてほしい


<世界はピンチだ>


だからどうしたというのだろう

わたしは世間は嫌いだが

世界はわりと好きだから

末永く存続してほしい


この世に生きる全員が

画面に落とすその視線を

一瞬でも 空と星と月と太陽に向ける暇を持てたなら

<世界>は少し好転すると

わたしは大まじめに 信じてる




 

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