第6話 父と虚業
土地なるもののあれこれを
株なるもののあれこれを
父は饒舌に語っていた
『虚業とののしるやつらがいる
でもそいつらは 何もわかっちゃいないんだ
この世に虚も実もあるものか
虚とされるもののなかで 欲望と意思がうごめいて
欲望と意思は現実を動かす
虚と実は繋がっているんだ
株は人間社会の呼吸みたいなものだ
土地は実体として動かず 集団心理としてダイナミックに動く生き物だ
どちらも半歩先の 人間たちの個と全体のコンディションを予測して
利潤を得ようとする行為だ
人間のコンディションを 見えないからといって 虚とするなら
人間の営為なんぞ すべて虚だな
逆に人間の営為を実と捉えるなら すべては実となる
つまりは哲学だ
俺のやっていることは
この社会に数多ある仕事の中で
ほんの少し哲学の要素がある
それだけだ』
父は人生を一周できる負債を抱え
ある日家に帰ってこなくなった
わたしが十一歳の秋である
わたしは父が 何か間違ったことを言っているとは思っていない
実体がないから価値がないのだとしたら
人間の文化なるもののほとんどは価値はなく
ましてわたしの日夜行っている ささやかな自己表出など
無価値を通り越して罪である(これは実際そうか)
ただ事実として
虚実が飛び交い混合する生業の中で
父が実体としての困窮を招き
明日食べる米の量について不安を抱かねばならない 生活の苦労という
この上ないリアリズムを突き付けられる中で
わたしは土地なるものに象徴される何かと
株なるものに象徴される何かに
激しい憎悪を抱くこととなった
誰のものでもない宇宙の片隅の 岩石の塊(地球)に線が引かれ そこに勝手に金銭的価値が付与され
相場なる対象不在の意思のうねりに金銭的価値が付与され
わたしはその馬鹿馬鹿しさに 怨恨の苦笑をせずにはいられないのだ
宇宙の片隅の岩石の塊も
人間の意思のうねりも
金銭に置き換えることは不能な絶対的価値なはずじゃないか
わたしはそうやって 悪態をつくことにした
わたしは父を恨んではいない
父は少なくとも母よりは わたしに価値ある教訓を与えてくれた
それはすなわち
人生における儚さと 生活という名のリアリズムである
わたしは十五歳にして
晩年の気分を得ているのだ
『お父さんさえ いればねえ』
この中宮冬子(母)の呟きこそが
真実の虚と断ずる
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