第144話 【姉・3】


 それから暫く、俺は頭の中の事を整理して深呼吸をした。


「えっと、それじゃあつまり俺と姉さんは本当は姉弟じゃないという事ですか?」


「母親も父親も同じ血が流れてる訳ではないから、そうなるわね。でも、私はジンの事は弟と思ってるわよ?」


「……あんまり、関わってなかったのにですか?」


 ジンとヘレナ、二人は本当に関わりが無かった。

 それなのに、弟と思ってるという言葉は何処から来てるのだろう。


「確かにジンとは全く関わりが無かったわ。それでも、私はジンの事を弟と思ってこれまで生活してきたわ。助ける事も出来なかった癖に何様とジンは思うかもだけど、これは私の本心だし、ノーラさんとの約束でもあるから」


「えっ、母さんとですか?」


 ヘレナと言った言葉に俺はそう反応すると、ヘレナはバッグから少し傷んだ手紙を取り出した。


「これ、ノーラさんが残した手紙。もしも、自分が居なくなったらジンに渡してって頼まれていたものよ。本当はもう少し早く渡したかったけど、渡すタイミングが無くて渡すまで時間がかかってしまったわ」


「手紙、ですか?」


 えっ、そんな物があったのか? ゲームじゃ、何も無かった筈だけど……。

 俺はそう思いながら、ジンの母ノーラが残した手紙を開けて中身を読んだ。

 その中身にはジンに対しての謝罪、そしてこれからの人生を自由に生きて欲しいという母からの願いだった。

 そしてその手紙の中にはもう一つ、重要な事が書かれていた。


「……今まで、何故俺にフローラという婚約者がいたのか謎でしたけど、母さんが俺を守る為に婚約者を付けたのか」


 手紙の中には、フローラの母レリーナ・フォン・ルフィオスと母の関係が書かれていた。

 フローラの母とジンの母のノーラは、幼少期からの友人で茶会にも招待されるくらいの仲だったみたいだ。

 だから自分では守り切れないと分かっていた母さんは、友を頼りフローラという爵位の高い婚約者を俺に付け、ジンを守る様に仕向けたと書かれていた。


 ルフィオス家という爵位の高い婚約話が居たら、ジンに手出しは出来ないだろうと母さん達は考えての行動だったらしい。

 それと、ラージニア家の問題をルフィオス家で解決しようかという提案もされた事があるらしいのだが、それは母が断ったみたいだ。

 変に動いたら、今の生活さえも危うくなる可能性もあっただろう。

 だから俺の母は問題の解決はせず、俺を守ってくれる相手だけを付けたみたいだ。

 この事を知ってるのは俺の母と、フローラの母の二人だけみたいで、ノヴェルさんやフローラ達は知らないと書かれていた。


「ノーラさんとは何回かだけ話したことがあるけど、彼女は本当にジンの事を大切に想っていたわ」


「……ええ、知ってますよ。母さんの愛は沢山貰ってますから」


 ジンの母、ノーラはあんな閉鎖的な空間の中でジンの事を大切に想いながら育てていた。

 しかし、まさか母親とフローラの母が知り合いとは知らなかった。

 そう言えば、フローラの家に伺った時にフローラの母親から何故か抱きしめられた事があった。

 フローラの母は、ヘレナと同じく感情をあまり表に出さないタイプの人。

 だから抱きしめられた時、困惑したがそれからは普通通りだったから、気にしない事にしていた。


「今はルフィオス家には頻繁に勇者が通ってるから、勇者が前線に出たりしたタイミングで一度ルフィオス家に話を聞きに行った方が良さそうだな……」


「それはいいと思うわよ。彼女は私達以上に、ノーラさんの事を知ってると思うから」


 そうヘレナから言われた俺は、色々と驚く内容の連発で頭がパンクしてこれ以上はもう驚く内容は聞きたくないと口にした。


「ふふっ、大丈夫よ。さっきの手紙で私が話したかったことは全て話したわ、だからもうお別れね」


「お別れって、姉さんはどこか行くの?」


「ええ、この二年間でやるべき事は終えたわ。だから、後は私の人生を歩む事にしたの、そんな心配した顔しなくても大丈夫よ。私には心強い味方も居るし、これでも銅級冒険者だもの」


 そういったヘレナの顔は、清々しい顔をしていた。

 彼女にしてみれぱ、三歳の頃からの戦いがようやく全て終わり、自分の人生を歩む事が出来るのだろう。


「姉さんも冒険者だったんだ。意外だね」


「旅をするには冒険者が一番良かったから登録したのよ。それとこうみえて、私の魔法の腕は中々の物なのよ?」


 無表情ながらもどこか自身のある様子でそう言ったヘレナは、椅子から立ち上がると「それじゃ、またどこかで会いましょう」と言って部屋から出て行った。

 ……。


「姉さん、ちょっと待って!」


 出て行こうとしたヘレナの腕を掴み、俺は部屋から出て行こうとしたヘレナを止めた。


「どうしたの?」


「俺が知らない所で姉さんには色々としてもらったみたいだから、そのお礼として一緒にご飯を奢るよ。俺にとって唯一の家族の姉さんと、こんな別れ方は違うと思うから」


「ッ!」


 ヘレナは俺の口にした〝家族〟という言葉に驚き、目に涙を浮かべた。

 正直、俺はヘレナの事はよく知らないが、彼女の頑張りは本当に凄いと感じた。

 そんな彼女に〝弟と思われてる〟と、一方的だけの状態で別れるのは違うと俺は感じた。

 だからこれからは彼女を姉と思えるように頑張りたいと思い、手始めに食事に誘おうと考えた。

 その後、ヘレナが泣き止むまで俺は彼女を抱きしめ、頭を撫で続けた。

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