216.不可抗力とはいえど


 ケガはしていたものの無事に四人とも町へ戻って来てくれ安心した。

 遺体を埋める作業をと思ったんだけど、黒い鎧を残して人間は影も形も残さずに消えてしまったらしい。


 「……不気味ね」

 「うん。この鎧を調べてみたけど特に問題は無さそうなんだよな」

 

 それでも装備する気にはならないけど。

 で、今は捕虜となった男の治療を終えて爺さんたちが警護団の牢へ連れて行ったところである。

 俺も行きたかったが止められた。実際、悲鳴が聞こえてくる状況を考えると良かったのかもとも思う。


 「『ブック・オブ・アカシック』に価値があるのは分かるけど、人を巻き込むまでして欲しいものかしら……?」

 「予言書みたいなものだから黒い剣士が王女だったなら国の為にというのはあるかもね」

 「……アルフェンしか読めないというのを教えた方がいいんじゃない? 復讐のために大勢の人を巻き込むのはあなたも本意ではないでしょ?」

 「そう、だな……」


 確かにリンカの言う通りだと背中に冷たいものが走る。

 俺は復讐のために本を利用し、噂を流した。

 結果は……王都が攻められることになり、大勢に犠牲が出た可能性は高い。

 そしてそれはもう遅いのだ。


 「ここに直接来ると思い込んでいた俺のミスだ……」

 「ま、まあ、今も言ったけどそこまでするとは思わないし仕方ない、かも……」

 「わふうん」


 リンカが慌ててフォローしてくれるが目は泳いでいた。

 どうあってもそこまで読めなかったのは俺のせいで、それこそ『ブック・オブ・アカシック』で指針を聞いておくべきだったのだろう。


 「ふう……終わったぜアル様。って、どうしたんだよ!?」

 『随分落ち込んだ顔をしているな?』

 「実は――」


 ◆ ◇ ◆


 「……! ふん、全滅か。いや、一人生き残った……? 違うな、尋問要員というところか」

 「王女陛下、どうされましたか?」

 「いや、『ブック・オブ・アカシック』を持つ子の下へ送った兵士は全滅したみたいでね。五十体くらい向かわせればよかったかな」

 「全滅……親衛隊ではないとはいえ、そんなことが? 相手は一個師団でしょうか」

 「まあ、噂を囮にしていたならそれくらいは用意していてもおかしくはない。さて、私がここから動かないことをふまえてどう動くかな……?」

 「部隊を増やして向かわせては?」

 「……ふむ。いや、このまま様子見でいいだろう、現状こちらが有利だ。無駄に戦力を放出しなくとも時が経てば焦って攻めてくるはずだ」

 「御意に」


 女王ヴィネがグラスを傾けながら大臣が出て行く背中を見送る。

 一人になった……わけではなく、横に転がされている国王に向けて話しかけた。


 「くっく……面白くなってきたじゃないか。あの時の子なら間違いなく強くなっているとは思っていたが、まさか全滅とは。ここを制圧したのは良かったかもしれないな、彼の本気が見れそうだ」

 「……貴様『ブック・オブ・アカシック』をどうするつもりだ? それだけの強さがあれば予言に頼らずとも国を攻めることはできるだろうに……」

 「強さ、国……か。誰がそんなものを欲しいと言ったよ?」

 「なに? ではなぜ……ぐあ!?」

 「言っても理解できないだろう。それに『ブック・オブ・アカシック』は予言ではない。知識を授けてくれるモノだ。いらんことを口走るなよ、王都に手を出していないがお前達の命はこの私が握っているのだということを忘れるな――」


 ◆ ◇ ◆


 「――というわけなんだ。俺が浅はかだったよ」

 

 とりあえず尋問が終わったとのことで地下室から上がって来た四人にリンカの話をすると、全員が難しい顔で黙り込む。

 これからどうするべきかを考えていると、爺さんが顎に手を当てて俺に言う。


 「結果が全てだ、今更悩んでも仕方あるまい。それに【呪い】の件と合わせて考えれば本はきっかけにすぎんかもしれんしな」

 「ああ、同一人物ならだけど……」

 「同一人物だろう。このダガーにかかっている【呪い】はワシが受けたものと同じ類のものだ」

 「なんだって……?」


 革袋に納められたダガーをテーブルに置きながらそんなことを口にする。

 

 「遅かれ早かれライクベルンや他国を脅かす存在になっていた、というわけじゃな」

 「そうかな……?」

 「おじい様の言うことも一理ありますね。本を手に入れる手段として王都を乗っ取ったけど、両方欲しかったとも考えられます」


 リンカが俺の手を握りながら強く言い、二人とも気を使ってくれているのが分かる。……ありがたいことだ。


 「難しいことを考えねえでこっちから攻めればいいじゃねえの! オレは行くぜ?」

 『うむ。強者なら俺の出番だろう。その王女とやら、少し気になるところがある。なぜ本を欲するのか、強さは? などだな。まさか王女が黒幕などとは思うまい、仕方ない』


 ギルディーラもこういうことはあると肩を竦めて気にするなと言ってくれた。

 どちらにせよ、やることは一つか。

 人質となった王都のため、全力を尽くそう。


 「よし。なら、王都へ向かおう。早い方がいい。爺ちゃん、捕虜はなんだって?」

 「ああ、奴らは国ごと引っ越してきたと言わんばかりに人間を連れてきているらしい。王都の周りに迎撃用の兵士を駐留させているそうだ」

 「外にかい? そりゃ大軍団だな……」

 「逆に言えば掻い潜ることさえできれば中は楽かもしれねえ。ただ、本命の王女さんが強いけどよ」


 王都の周りは草原だ、掻い潜るのは容易ではない。

 ひとまず作戦を練るため俺達は屋敷へ戻ることにした。


 ……『ブック・オブ・アカシック』はこの戦いについてなにか語るだろうか?

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