209.いつかまた来る日まで
「それじゃ俺達は行きますね」
「うむ、本当に世話になった。君が居なければ――」
「多分ギルディーラがなんとかしてたと思いますよ」
『ふん、どうかな。俺が到着した時にはお前が倒した後だったが、地底湖でマクシムスがやられてダーハルが食われていた可能性も否定できん』
「あ、確かに」
サンディラス国を発つため、出発前の見送りで町の入り口に集まっている俺達。
マクシムスさんが讃えようとするのを止めたが、ギルディーラ曰く救出できたのは間違いなく俺の功績だと言う。
確かに地底湖の時点で『すべてが終わっていた』かもしれないのはその通り。
戦争が先か、ダーハルが食われるのが先かという択が発生し、場合によっては最悪の事態になっていただろうと気づく。
……俺がサンディラス国行きを渋っていたらと思うと結構危ない橋だったんだなと背筋が寒くなる。
「また遊びに来てもいいぞ」
「色々片付いたら大橋の様子を見に来るよ。パパと仲良くな」
「……なっ!?」
顔を赤くするダーハルに苦笑する。願わくばいい人を見つけて結婚して欲しいところだ。
「ギルディーラ、すまなかったな。私の不在に無理をさせた」
『気にすんな。あんたと俺の仲だろう。ただ、俺もすぐ離れるからなにかあっても助けてやれないが』
「水神が居なくなればなんとかなるはずだ。黒い鎧の人物も『英雄』クラスでなければ、な」
不安は残るが後は自分たちでなんとかすると握手を交わしてサンディラス王都を後にする。
「どうしよっかなー。オーフに連絡を入れてないけどこのままライクベルンに行こうかしら」
「ウチは別にいいけど、心配するんじゃないか? それに報告もしないと」
「あ、そっか」
戦争回避をしたという報告をしないと準備を進めているかもしれないので、ロレーナは別にジャンクリィ王国へ帰る必要があることを告げる。
すると――
「お、向こうから来るのはオーフじゃねえですかい?」
「ありゃ、本当だ。おーい!」
ラクダに乗ってやってくる一団の中にオーフを見つけ、大声で手を振ると向こうもこちらに気付いたようで駆け足で近づいてきた。
「おう、アルフェンにロレーナ! どうしたこんなところをほっつき歩いて」
「ああ、それなんだけど――」
ここまでの顛末をオーフに語ると、最初は難しい顔をしていたものの戦争が無くなったことを知ると仲間と一緒に歓喜する。
「おお……! やるなアルフェン、やっぱ俺の見込んだ通りの男だ。状況を偵察しに来たんだがまとまっていて良かった」
「トンネルを塞がれていたんじゃないの?」
「そりゃお前……蹴散らすに決まってんじゃねえか」
「あー……」
とはいえ、酷いことはしておらず捕虜として軟禁した程度らしい。
とりあえず解放と報告をするため、ここでロレーナとはお別れのようだ。
「んじゃ、一部を見ていたわたしも一旦帰るわね! リンカちゃんによろしく言っておいて。また行くからって」
「うん、気を付けて」
「そっちも……って『魔神』がいれば全然余裕か。じゃあな、改めて礼をするためライクベルンへ向かうぜ」
「ああ!」
「またな、オーフにロレーナちゃん」
「ディカルトも……死ぬなよ?」
「ハッ、オレは強いヤツと戦うだけだ。死ぬかどうかはその時次第だ」
ディカルトが不敵に笑ってジャンクリィ王国の使者たちを見送り、俺達は再びライクベルンに向けて進み始める。
「一気に静かになったなあ」
「ここに来るまでの行軍と帰りの俺達だけって状態なら仕方ないよ。代わりにギルディーラがいるし、これはこれで心強い」
『戦いしかできんがな』
「お、そうだ! 向こうに行ったらアル様の屋敷に住むんだよな、オレといっちょ戦ってくれよ」
『構わんが……死んでも知らんぞ』
ギルディーラが口をへの字にしてディカルトを見る。
結構な威圧感を醸し出していたがあいつは『楽しみだ』とアホなことを言うばかりで話にならず。
「なあ、なんでそんなに強い奴と戦いたいんだよ」
「うん? ……あー、まあ……やっぱ最強に憧れるだろ、男ならよ! それよりありゃ凄かったな、やっぱアル様とも戦いたいぜ」
「……?」
一瞬、考えた様子を見せたディカルトに違和感を覚えたが変な絡み方をしてきたので聞く機会を失いそのまま町へと入った。
山の麓の町に使者が少し残っていたが爺さんが連れて帰ったようで、もう誰も居なかった。とりあえずここで一泊したら山登りをして帰れる。
宿で一人になったところでリグレットを呼ぶがやはり返事が無かった。
いったいどうしたというのか……。
とりあえず俺は聞きたい……最後に『お兄ちゃん』と叫んでいたよな、と。
そしてその日も反応は無く、翌朝に出発することになった。
「陛下から聞いているよ、あんたたちが通るのは。ありがとよ、おかげでつまらねえ戦争なんかで死人が出ずに済んだぜ」
「こっちとしても丸く収まって良かったよ。っと、そんじゃ今までありがとな」
国境で兵士とそんな話をしながらラクダから降りて撫でてやる。
王都まで帰してくれるらしいので、ずっと乗っていたこいつにお礼を言って山へと向かう。
「じゃ、元気でな!」
『山登りとは久しぶりだな』
「行きより人が少ねぇから楽だな。ラクダはいねえけど! ぶははは!」
ディカルトがくだらないダジャレで一人笑っていると、背後に気配を感じて振り返る。
するとそこに――
「うわ!? なんでついてきてるんだよ!?」
「ラクダ居た!?」
――ラクダが眠そうな顔でついてきていた。
「おーい! こいつ逃げてるぞ!」
「おお、連れていくんじゃないのか? なんか坊主を気に入っているみたいだからそのまま連れていけよ」
「いいのか?」
まだ声が届く距離なので兵士に声をかけるが、物凄く自然に歩いていったからそういうものだと思ったらしい。
「お前だけだと寂しいだろ? ほら、仲間のところへ戻れよ」
俺が押し返そうと思ったところで、ラクダは急に声を上げる。
「ブルブルベェェー」
「うるさっ!? ええー……」
「ははは、特に問題無ければ連れて行ってやってくれ」
大きな声を上げた瞬間、ディカルトとギルディーラが乗っていたラクダもこっちに歩いてきた。どうやら一頭だけだと寂しいという部分で仲間を引き入れたようだ。
『動物にも好かれるのか、面白いなアルフェンは』
「よく分からないけど、まあウチにはもう飼っているヤツがいるからいいけどな。……行くか?」
「ブルブルベェェー」
行くらしい。
俺は苦笑しながらため息を吐き、ラクダを引いて山登りを始めるのだった。
新しい仲間にしちゃ呑気なやつだが、リンカとクリーガーは喜ぶかもしれないし、いい土産話になるかもな。
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