208.進展


 ギルディーラが立ち去ってから数分。

 今度こそ誰の気配もないことを悟り、俺は『ブック・オブ・アカシック』を開いてページをめくる。


 「サンディラス国……いや、水神騒動が終わったがこれで良かったのか?」


 誰にともなく呟くと、白紙だったページに文字が浮かび上がってくる。俺がここへ来ることに対して渋っている節があったものの応えてくれるらしい。


‟……終わったか。

 水神は消えて一件落着か? 『魔神』が居たのだ、それくらいは余裕だろう。見ているだけで終わったのではないか?”


 やけに楽勝だっただろうという感じで尋ねてくるのに違和感を覚える。

 ここへ来てからどういう経路を辿って今に至るのかを説明してやった。


 ‟……そんなことがあったとはな。『魔神』は健在しているということか”

 

 「やけにギルディーラを気にするなあ。水神とやりあっても負ける要素はないよ。で、今後は黒い剣士を倒すためウチの屋敷に常駐してくれることになった」

 

 ‟そうか。……まあ、問題はないだろう。黒い剣士を倒すなら『英雄』が居るのは好都合。良い味方を手に入れたならサンディラス国へ来て正解だったということか”


 「そう思うよ。なんで行かせたくなかったのか分からないくらいだ。で、これからどうするべきかなにか予言はあるか?」


 予想外、という言い方だな……。俺がここへ来ることにあまり色よい返事をしていなかったからそもそも『この結末は有り得ない』と言っているような――


 ‟今のところ脅威は無い。……いや!? 来るぞ、奴が”


 「来る? ……まさか……!?」


 ‟そのまさかだ。黒い剣士が動いていると天啓が来た、いよいよお前の悲願が果たされることになるかもしれんな。ばらまいた情報が伝わったようだな”


 マジか……。

 しかし文字の浮かび上がり方から嘘では無さそうだ。しかし天啓とはどういうことだ? この本自身に意思があるのはこれまでの経緯から分かっているけど、こいつもどこかからか受信している?


 「いつごろ来るかは?」

 

 ‟そこまでは……不明だ。幸い味方も多い。ライクベルンに集めておけば勝機はあるだろう。そこまで苦労するとは思えん”

 

 「それは無いだろ、あいつは味方も居たし戦闘力は――」


 ‟あの場では戦いの経験が浅い者しかいなかったからだな。アルベールが居ればまかた変わっていたはずだ。そしてお前自身も強くなっていて『英雄』であるギルディーラがついているなら勝てないはずは無いだろう”


 「……そうか、そうだな」


 ‟いよいよ悲願が果たされる……”


 「あ、おい、待てよ他にはなにかないか? 俺のスキルについてとか」


 ‟……血を吐いた件か。魔力を調整すれば身体に負担がかからないはずだ。まさかここで使うとは思わなかったが”


 「どういうことだ? 俺が他で使う予定でもあったとでも言いたいのか?」


 ‟……リンカを戦わせなくて済むな、しっかり守るのだぞ”


 「おいって! ……くそ、だんまりかよ」


 都合が悪くなるとこうなるのは仕様なのか? 後、リンカを気にしすぎだろ……。

 それからはさっぱり返事が無く、俺は仕方なく本を閉じてから空を仰ぎ、考える。


 黒い剣士がライクベルンへ来る、か。

 確かに『ブック・オブ・アカシック』の言う通り戦力は以前に比べて多く強力だ。戻れば爺さんの元部下もいるからな。


 「さて、そういうことなら相応の準備をするか……向こうから来るとは好都合だしな。リグレット」


 さりげない感じで声をかけてみたが返事は無かった。こいつもよく分からない存在だが……声をかけて出ないのであれば俺ができることはない。

 

 「……戻るか」


 明日は出立だし、さっさと寝てしまうのがいいか。長丁場にならなくて良かったと城を見あげながらそんなことを思うのだった――



 ◆ ◇ ◆



 「……水神騒動に関わったことでまた変わってしまったか。エリベールが生き残っただけでここまで変わるとは思わなかったな」


 暗闇の中、ベッドの横に備え付けられた簡単な椅子に腰かけてそんなことを呟く男。


 「そして『魔神』ギルディーラがライクベルンへ行く、と。黒い剣士を殺すにはちょうどいいが、後で牙を剝かなければいいが。

 それでも最終的に笑うのが俺であればなんでもいい――」


 そういって男はベッドに寝そべる、人物の手を取って握りしめる。

 骨と皮になってしまったその手を――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る