黒い剣士、再び

207.『魔神』の行く先


 俺達が発つ最終日の前夜に晩餐会を行ってくれるということでご馳走になった。

 最初はダーハルが俺を婿にしたいと考えていたとか、恐ろしい話題だったけどな……。

 せめて赤ちゃんが欲しいなどと意味不明な供述をしているあたりまだ諦めていないようだから帰るまで油断できない。

 あの褐色眼鏡っ娘で隠れ巨乳という特殊な外観は好きな人は刺さる気がするから、人によっては誘惑されたら危ない。

 我儘娘っぽいイメージがあるし、戦争を簡単に決めてしまうあたり単純なヤツだろうなとも思う。


 まあそこは俺が気をつければいいだけなんだけど、この後の話で緊張が走った。

 それは水神を水神たらしめたのは『黒い鎧を着た者』の存在だということ。

 

 人間……かどうかは分からないのであえて『者』としているが、ン百年前にそういうことがあったのは間違いないらしい。

 

 「俺の両親の仇も黒い鎧を着た剣士でした。だけど、10年くらい前の話だし、人間ならそれほど長く生きているとは思えませんね」

 「うむ……やはりもう居ないと見るべきか」

 『いや、そうでもないぞ』

 「ギルディーラ?」


 俺の回答にその考えは早計だと口を開くギルディーラ。

 どういうことかと尋ねてみると、


 『それがエルフや俺みたいな魔人族なら今でも生きていてもおかしくはない。実際俺も人間より寿命が長いしな』

 「あー……そういやツィアル国で暗躍していたヤツもエルフで、長いことエリベールの一族に【呪い】をかけていたっけ」

 『そうだ。だからアルフェンの探す黒い剣士と同一人物である可能性も視野に入れていいかもしれん』


 なんとなく容姿がわからないと『人間』であるという勝手な判断をしたことを恥じる俺。

 しかし同一人物となると『ブック・オブ・アカシック』を手に入れようとした理由がよく分からない。水神という強者を創れるほどの能力を持っているなら本に頼らずともだいたいのことは出来ると思うのだが……。


 「まあ、今は憶測しかできんが、もし黒幕がアルフェン君の探す人物と同じ時は教えて欲しい」

 「いいですけど、多分出会ったその時には戦いになると思うので、結果だけになるかもですが」

 「……そう、だな。いや、それでも脅威が無くなったとわかればいい。またなにか仕掛けてくる可能性もあるのだから」

 「やった、アルフェンと会う口実ができた……!」


 ダーハルはスルーしてマクシムスさんの言葉に頷き、晩餐会は程なくして終わる。

 ……最近開く暇が無かったけど『ブック・オブ・アカシック』を使うか。

 それに語り掛けて来ないリグレットも気になる。


 少し一人になりたいと思い、俺はディカルトとロレーナを置いて庭へと足を運んだ。


 「……ふう、風が気持ちいいな」


 緑がある程度回復したものの、基本的には砂漠の気候と土地だ。

 故に‟砂塵族”と呼ばれているわけはそこにあるしな。

 庭に備え付けられたテーブルセット。その椅子に腰かけてから、さて本を……と思ったところで気配を感じて顔を上げると――


 「……こんなところになんの用だいギルディーラ?」

 『……』


 優しき巨人、もとい魔神のギルディーラが月明かりを背に立っていた。

 ここでの用事はお互い終わったはずなので俺に話すことがあるはずは無い……と思ったのだが意外なことを口にし始めた。


 『戻るのか?』

 「ああ、ここでの用事は終わったしね。どうしてそんなことを?」

 『俺も一緒に連れて行ってもらおうかと思ってな』

 「は!? いきなりなにを言い出すのさ」


 ここへ来て一緒に行きたいと言い出すギルディーラに俺は驚きを隠さずに声を出す。元々ここへはマクシムスさんを訪ねてきているはずじゃなかったっけか?


 「サンディラス国に用事があったんじゃなかったのか?」

 『マクシムスの様子を見に来たというだけだったからな。……水神も消えた今、この国に脅威は……しばらく来ないだろう』

 「……」


 しばらく、という言葉がやけに耳に引っかかる。

 晩餐会でそういう話をしていなかったわけじゃないけど、ギルディーラはある意味『またなにか起こる』と言っているようだったからだ。


 「それとウチに来ることの関連性は?」

 『マクシムスの言っていたようにお前の追う黒い剣士と黒い鎧の人物が同じ、という可能性が高い。あいつらがここを離れるのは難しいが俺は行けるだろ? お前だけに倒させるわけにはいかん』

 「そこまでしてあげるんだ」

 『まあ、色々あってマクシムスには恩があるからな、仇くらいはとってやるさ。どうだ?』


 魔人はグラディスのこともあるし、悪い種族ではないから信用できる。

 さらに腕も立つのでいざ戦いになれば頼りになるのは間違いない、か。

 あの屋敷の主人は俺ってことになっているし、爺さん達に了承を取る必要はないから後はどうするかだけ……。


 「オッケー、よろしく頼むよ。ウチの屋敷を警護するって名目で」

 『それで問題ない』

 

 そういって笑い合い握手をする俺達。

 

 「それにしても義理堅いなあ。グラディスって魔人族と知り合いだけど、あいつもいいヤツだった」

 『そういえば魔人族と知り合いと言ってたな。その男とも会いたいものだ』

 「橋がかかったら会いに行けるよ」

 『楽しみだ。俺は戻るが……お前はまだ居るのか?』

 「うん、ちょっと本をね」


 俺が本を掲げると目を悪くするなよと親みたいなことを言いつつこの場を立ち去って行った。


 ……さて、まさかのイレギュラーが参戦して戦力は申し分なくなったけど黒い剣士の情報はまだない。

 別の国へ行ったりして集めるべきか? でも爺さんが旅は許してくれ無さそうだしなあ。


 とりあえずそれも聞いてみるかと『ブック・オブ・アカシック』を開く。

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