206.繋がる線


 「これを向こうに掛け直せというのだな?」

 「ええ、この向こうには俺の育ての親と婚約者が居るんですよ。ジャンクリィ王国を通って船で戻るよりここからの方が明らかに早いですから」

 「こんにゃく者……」

 「オレはあれ苦手なんだよな」


 水神騒動から五日ほど経った今、俺は南のイークンベル王国を繋ぐ大橋の近くに滞在していた。理由は単純で水神にとどめを刺したお礼として、大橋の修復に尽力して欲しいという旨を話したからだ。ロレーナは無視した。

 

 マクシムスさん、もといマクシムス王は当然ここにはおらずあの時に居た側近、ベッカードさんが一緒だったりする。

 

 『しかし、向こうの国がなんていうかわからんだろ』

 「大丈夫だよギルディーラ。一応、父さんが騎士団長だし陛下の息子とは……友人だから手紙は届くと思う。城や町も修復しないといけないし、ここに着工するのはまだ先だろ? だから間に合うよ」

 「開通の暁には来てもらうがな」

 「そうだね。そのころには黒い剣士を倒せているといいけど」

 「黒い剣士、ですかな?」

 「ああ、まあちょっとね。橋が出来たら必ず来るよ」


 ベッカードさんの言葉にもちろんと頷き交渉成立。ラッドを友人として説明するとはあのころには考えられなかったことだ。


 ……まだ一年程度だけど、対岸に見える大陸を懐かしく感じるな……。

 完成まで数年かかるとのことだから首を長くして待つつもりだ。


 「元気かな、みんな」

 「んー、婚約者のお姫様?」

 「エリベールのこともだけど家族もね。双子の兄妹が可愛いんだよ」

 「アル様の婚約者って……お姫様なのかよ!? あのリンカって子じゃねえの?」

 「リンカも大事だけど、今のところ婚約者はエリベールって感じかな」

 「なんつーか、殺さなくて本当に良かったなあ……」


 ディカルトがしみじみと空を仰ぎながらそんなことを口にしてため息を吐く。強者との戦闘は望むところだが国を相手に無双をしたいわけではないらしい。

 俺とロレーナが顔を見合わせて肩を竦めているとベッカードさんが恐る恐る尋ねてきた。

 

 「……アルフェン殿の婚約者はお姫様と伺ったが、一体どこの……」

 「え? ああ、向こうの大陸にあるシェリシンダ王国だよ。俺より二つ年上だけど、色々あって婚約することになった」

 「へえ……」


 顔色が悪くなっていくベッカードさんがいかつい顔の割に間の抜けた声を出して俺達三人は訝しむ。

 しかしベッカードさんは視線に気づいてすぐに咳ばらいをすると踵を返して近くの町へと戻ると言ってラクダへ飛び乗ったので俺達もそれに続く。


 「見事に生い茂って来たなあ……」

 「ずーっと砂、砂、砂だったのに今じゃちょっとした森もあるしね」

 

 たった五日だが成長速度が速く、今までのうっ憤を晴らすかのようにあちこちで緑が増えていたりする。生態系が変わりそうだなと思うんだけど、魔物もそれに合わせて進化するのだろう。


 「それじゃ、王都に戻ったらそれぞれの国に帰ろうか」

 「そうだね。アルフェン君とお別れはちょっと寂しいけど」

 「ま、会えないわけじゃねえだろ。ジャンクリィ王国との国交は悪くねえし」

 「まあね。オーフに頼んでまた遊びに行くよ!」


 平和になった道のりをこれまた平和そうな顔をしたラクダに乗って町へ。


 「そういやずっと同じラクダに乗ってるけど、お前って戦闘になったりしてもあんまり動じないよな」

 

 俺の問いに『ブルベェェェ』と甲高い声を上げて応えてくれたがさっぱりわからん。

 が、この呑気な顔をしたこいつはちょっと気に入ったな……連れて帰りたいけど、向こうじゃ荒事や遠征があった時に世話できないしなあ。


 そんな感じで近くの町で一泊した後、俺達は王都へ戻り、そろそろ帰るかと荷物をまとめるのだった。迎えは無くても問題ないだろうし。


 ◆ ◇ ◆


 ――サンディラス国――


 「むう……まさかもう婚約中で他国の姫君とは……」

 「シェリシンダの姫だそうです」

 「な、なんてことだ……私がもらうつもりだったのに……パパ、なんとかならないの?」

 「先に王族と婚約しているところに割り込むのは難しいを通り越して無理だ。そりゃ私もあの才能と強さは欲しいと思ったものだが……」

 

 夜、ベッカードがマクシムスとダーハルの親子へアルフェンについての報告を行っているところだった。

 あわよくばアルベールに打診してみようとまで考えていたのだが――


 「なんでもシェリシンダ王国の姫と婚約しており、さらにライクベルンの家にももう一人いるとか……」

 「そっちは平民なのかい?」

 「そこまでは……」

 「まあ、あれだけイイ男なら寄ってくるだろうね。命がけって感じの助けられかたをしたら惚れるよ」


 ダーハルが口を尖らせながら顔を赤くしてそんなことを言うが、すぐ真顔になってマクシムスへ目を向ける。


 「……水神はいったいどういう流れで生まれた存在なのかさっぱり分からないんだけど、パパはあいつのところにいたんだしなにか聞いていない?」

 「聞いていない……と、言いたいところだが気になることを口にしていたな。水神は元々あれほどの力は無かったらしい。それを何者かがあれほどの力を与えた、と」


 マクシムスが水神と交渉している最中にその強さのわけを語ったという。

 そんな命知らずな真似をした父親に抗議をしたくなるが、自分のためにしてくれたことだと思えばあまり大きなことも言えない。

 ダーハルはそんなことを考えつつ、黒幕について口にする。


 「なら、そいつが私達が報復する相手ってわけだけど百年も前からだし生きていないか……」

 「水神が言うには黒ずくめの鎧を着た人間だったということだがな」

 「怪しさ大爆発だね」

 

 そこでベッカードが顎に手を当ててから呟くように言う。


 「そういえば……アルフェン殿が黒い剣士を倒す、といったようなことをおっしゃっておりましたな。子孫、でしょうか……?」

 「それは本当か? アルフェン君に話を聞いてみるか――」

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