205.動き出す時
ギルディーラとマクシムスさん達は俺が気絶している間のことの話を始めた。
驚いたのは水神が倒されてから数時間であちこちの土地から水が噴き出し、砂漠を水浸しにしていったことだろう。
そこからすぐに草が生えて木が伸び、一部地域が緑のある大地へと変貌したとのこと。
恐らくだけど龍脈が水神によって寸断されていて、大地の『気』だか栄養が巡るようになったからだと思う。規模と成長速度を考えると【呪い】の類で、効果が切れたからとも考えられる。エリベールの死ぬ呪いがあっさり解けたこともあったしな。
で、水が噴き出してきたということであちこちの家屋に被害が出たうえ、城も水神の攻撃で破損。
しばらく建て直しが厳しいであろうということだった。
「……まさか100年近く自作自演に踊らされていたとは」
「目的が生贄を欲するということを考えれば回りくどいと思うのだがな」
「もう水神が死んでしまったから確認のしようがないけど、国を力で蹂躙すると是が非でも討伐をしようと人間が徒党を組むかもしれないというのが一つ。もう一つは国から人間が出て行ってしまう可能性ってところかな」
マクシムスさんとギルディーラの疑問に対して俺の予測を伝えると、確かにという呟きが聞こえてきた。そこでなぜか俺の手を握っているダーハルが口を開く。
「ああ、それはあるかもしれない。私が戦争を仕掛ける理由は土地の衰退だったからね。父上が居なくなって、枯渇していく資源に焦りを感じた末の決断だ」
「くすぐったいから止めて欲しいんだけど……」
「?」
「いや、いい……。ロレーナは対抗するなって。結局、加減とタイミングを見誤った水神の自滅ってことになる、か」
俺がそう締めくくるとギルディーラは腕を組んでからため息を吐く。
「そういう単純なことでもないぞ。たまたまお前が倒せたから良かったが、もしアルフェンが居なければ俺は間に合わず、ダーハルは食われて力を増した水神が見せしめに破壊を尽くす可能性があったんだから」
「あ……」
言われてみれば……。
『ブック・オブ・アカシック』はなんと言っていた? いや、行くなとだけ書いていて顛末なんかは無かった、か?
ギルディーラがあの場に居なかったのは爺さんを追っていたから往復の日程を考えると確かにギリギリ間に合うかどうか。
ただ、ダーハルが食われて力を取り戻したとしても『魔神』であるギルディーラが倒せないということはないはず。現に地底湖で俺達は結構追いつめているからだ。
「ギルディーラ、あまり食われたかもと言ってくれるな。ダーハルが怖がる」
「む……そうだな。だいたい貴様が黙って出て行くからこんなことになるのだ」
「手紙は置いて行ったぞ」
「あれじゃ分かりませんよ父上。とりあえず戦争については撤回をするよ。資源が返って来たし、お詫びも誠心誠意させてもらうさ」
相変わらず俺の手をぐりぐりと揉むダーハルが瞳を潤ませながらそんなことを言う。……あまり良くない状況だと思い、ロレーナとダーハルの手を振りほどいてベッドから降り、話を続ける。
「俺の身体についてなにか調べた?」
「血を大量に吐いていたが、医者によると健康だそうだ。内臓にダメージがいったと思ったがそんなことはないらしいぞ」
「そうですか」
もしあれが【呪い】なら水神を倒すだけじゃダメだったのかもしれない。ほら、よくある呪詛返しってやつだ。あれを受けたのかもしれない。
身体は調子いいし、イルネースが回復させてくれたとかか? なんにせよ懸念点だった戦争が開戦せずに済んだことを喜ぶべきだろう。
「それじゃ俺達はもうここに居る必要もねえか。アル様、体調が良くなったら帰りましょうや」
「そうね。わたしもオーフを追ってジャンクリィ王国へ帰るかな? アルフェン君と離れるのは辛いけど……よよよ……」
「わざとらしい……。ちょっとマクシムスさんに頼みごとがあるからその交渉が終わったら、かな?」
「交渉? 娘の婿になってくれるのか?」
「違うよ!? それは――」
◆ ◇ ◆
――ライクベルン城――
「ふむ、よもやアルフェンが解決するとは思わなかったな」
「恐れ入ります。我が孫ながらとんでもない力を持っておるようでして、書状に書かれている蛇の化け物程度なら倒せると確信しています」
ライクベルン会議室。
ここで各騎士団長と将軍が顔を突き合わせてサンディラス国について話をしていた。
だが、出兵のことではなく事態が解決し、戦争は無かったことにして欲しいという内容の書状が届いたからだ。アルベール達将軍が山越えをするため集まっていたところに届き、持ち帰ったわけだ。
実にアルフェンが倒して五日後のことであった。
「私としてはアルベール様が将軍に戻ったことを嬉しく思いますがね。……そのままイーデルンを副官に置いていいんですか?」
「構わん。私も手は尽くしているからな。もし家族になにかあれば首が飛ぶだけだ。家庭をもつヤツだ、欲だけでそこまではすまい」
「左様ですか……。まあ、アルベール様がそうおっしゃるなら。それで陛下、サンディラス国に報復措置などは?」
「今回は貸しということにする。二度は無いが、サンディラス国側に国境を建設させてもらい牽制程度でいいだろう」
国王がそう言って締めると、場に居た全員が異議なしと頷く。
騎士や兵の撤収作業は念のため多少は国境付近の山に在中させるが王都へ帰還させることに決めた。
結局、この一連の騒動はなんだったのか?
ある者は安堵し、ある者は笑い話だと言い合うがその真相を知るものは誰も居ない。
だが――
◆ ◇ ◆
『……ふむ、サンディラス国の【呪い】も消えた、か』
「姫様!? どこでお怪我を!?」
『案ずるな、大した怪我じゃないさ。それでじいや、『ブック・オブ・アカシック』の行方は? 少しは分かったか?』
「ハッ……最近、旅の冒険者達の間でアルフェン=ゼグライトという者が持っている、という話は聞きます」
『……ゼグライド。数年前に襲撃した家がそんな名前だったな。ふふ、あの時の子供が持っていたか。そして……生き延びたのだな。再び同じ地に足を運ぶことになるとは思わなかったな――』
額から流れ出る血を舌で舐めとりながら口の端を凶悪に持ち上げて笑うのは、アルフェンの両親の仇、黒の剣士だった――
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