42.『ブック・オブ・アカシック』


 「えー、僕もお話を聞きたいよー」

 「王子、ご無理を言ってはいけません。アル君もミーア先生も困っておられます」

 「悪いけど、ここははずしてくれラッド」


 俺がラッドの肩に手を置いて声をかけると、少しだけ頬を膨らませて周囲を見渡した後、小さく頷く。よしよし、聞き訳がいい子は好きだぞ。


 「またねー!」

 「おう」

 「それじゃ、お話をしましょうか。『静寂なる空気で我を包みたまえ』<サイレンス>」

 「お……」


 ラッドとお付きの人(送り迎えらしい)が教室から立ち去るのを十分確認したミーア先生が部屋全体に防音の魔法をかける。

 指定した一部の空間、それも内側からの音を完全にシャットダウンする画期的な魔法だ。なんでかというと、ムフフなことをいつでもどこでもできるからだ。


 <今、いやらしいことを考えていましたね?>

 「……」


 黙秘だ黙秘。


 <沈黙は肯定とさせていただきます>

 「ごめんなさい」

 「どうしたのアル?」

 「あ、いや……あはは……」


 ――サイレント。

 邪な考えをしたが、実際に誘拐・拷問・強姦といった犯罪に使われる可能性が高いので、使える人間は相当限られているのが現状だったりする。カーネリア母さんは習得しているけど、よほどのことが無い限り誰かに教えることはないと宣言していた。


 さて、それはともかく婆ちゃん先生と二人きり。

 若いころは美人だったろうけど、心躍る状況でもない。

 が、この人の口から聞くことは多くある。

 

 そんな俺の期待に応えてくれるかのように、ミーア先生が口を開く。


 「まずはあの本からかね……。あの本の名は『ブック・オブ・アカシック』。……だと思うわ」

 「『だと』思う?」


 歯切れの悪い言葉に眉根を潜める俺に、困った顔で微笑みながら続きを話す。


 「……そのはず、というのも見たことが無いからさね。噂だけが流れて、実在するかどうかも分からなかった伝説とも言うべき本ってところだね」

 「ならどうしてその『ブック・オブ・アカシック』だって思ったの?」


 そんな伝説の本で誰も見たことが無い、いやさらに言うなら『それがその本だ』と認識できていない可能性が高いのにあたりをつけたのはどうしてか気になる。


 「それはその本の性質を知ったから。こんな話があるわ。『一つ、選ばれた主が死ぬか捨てる意思を見せない限り離れない。もし手放した場合は数時間で本人の下へ転移する。二つ、主の欲しい情報が記載される。三つ、未来予測はできない』」

 「ずいぶん具体的だ……」

 「やっぱり賢いねアルは。そう、やけに具体的……かつ、出所が分からない噂なんだよ。だけど、現存することが分かったから噂じゃなかった、というわけさ」


 むう、難しい話だ。

 ぶっちゃけ内容はどうでもいい。問題は出所が分からない噂、ということ。

 この様子だと知っている人は知っているという感じがする。


 話としては都市伝説が近いだろうか?

 みんな知っているのに、それに出くわした人間が居ないという点がだ。

 誰がなんの目的でこの『ブック・オブ・アカシック』を作ったのか……?


 「そういう本だったのか……便利だけど」

 「アルにはそうなのね? 一部では呪われた本と言われていて、持った人間が不幸になるらしいんだよ。だからアルの本当の両親が殺され、この国に来たのは不幸中の幸いだと考えているよ」

 「……!?」


 俺の頭に手をそっと乗せながらミーア先生がそんなことを言い俺は目を見開いて驚く。この人、事情を知っているのか……!?


 「ど、どうして……」

 「あなたがライクベルン式の型を見せた日にゼルガイドを城に呼んで陛下と三人で事情を聞いたのさ。困った顔をしていたけど、全部聞かせてもらった。……『ブック・オブ・アカシック』を持った人間と王子を一緒にしておくわけにもいかないしね」


 ああ、そういうことか。

 別の国から来た人間が不幸を呼ぶ本を持っている、それに王子が懐いているなんてことになったら俺でも対策するだろう。


 「なら、ラッドは?」

 「一応、すぐクラスを戻すというのは本人が嫌がるし不信感を持つだろうから陛下から説明が終わったら入れ替える予定だよ。朱鳥の月に連休があるから、恐らくそこでだろうね」

 「そっか」


 朱鳥の月というのはいわゆる夏のことで、暑い日は氷魔法で部屋を冷やしても集中力が無くなるため休みなのだそうだ。

 長期休暇の間に会うことは無いだろうし、その後なら受け入れやすいと考えたか。


 「あっさりしているね。ラッド君……いや、王子はあれだけ懐いていたのにさ」

 「……知っているなら話は早いかな。元々、友人は必要ないつもりで先生に個人授業をお願いしたんだ、今更だよ。むしろありがたいくらいさ」

 「アル……」

 「そんな顔しないでよ先生。俺は生き残った、目的を果たすことができる。それで十分だ」


 俺が笑うと、ミーア先生はそっと俺を抱きしめてから涙を流す。


 「先生?」

 「子供がそんな考え方をするなんて……よほどのことですよ……」

 「……」


 優しい人だ。

 俺は婆ちゃん先生の背に手を回してポンポンと軽く叩く。


 「あれ? ということは学校は退学にならないの? 国外追放くらいあると思ったけど」

 「陛下は王子に影響が無ければ良いとのことでしたよ。ゼルガイドの手前もあるでしょうしね。授業は引き続き私が教えます」

 「うん。ありがとう、先生」

 

 退学になれば家で訓練でも良かったけどな。

 ……まあ、事情が知られたのだからゼルガイド父さんとカーネリア母さんに迷惑がかからないようさっさと出て行くべきなのだろう。

 

 だけどまだ無理だ。せめて金を稼げるようになるまでは――

 家に帰ったらゼルガイド父さんに謝らないとな、そんなことを考えていると、


 「そうだ、アル。あなたが大事に抱えている黒い剣。あれもかなり目立つわ。見たことが無い形をしているし、ライクベルンの武器かしら?」

 「あ、うん、そんなところ」

 「なら、収納魔法を覚えなさい。放課後で良ければ私が手伝ってもいいし、カーネリアから教えて貰っても。『ブック・オブ・アカシック』とその剣は人目につかないところに収納しておいた方がいいさね」

 「なるほど……」


 自重はしないでいいと言われていたが、どうやらたった一週間程度で状況は一変したらしい。

 いいさ、俺はそれくらいでちょうどいい。

 懐いてくれたラッドには申し訳ないので、休みに入る前に略式詠唱のコツくらいは教えてやろうかな。


 そして――

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