40.アルの三年間
「おはよう二人とも。しっかり掃除をしていますね」
「もう慣れたもんだよ先生」
柔和に微笑みながら俺とラッドの頭を撫でる。
授業中は鬼教官みたいなミーア先生だが、この婆さんは子供の喜ぶツボを心得ていると言えるだろう。褒めるときはちゃんと褒めるのだ。
「掃除が終わったら今日は魔法の授業から行うからよろしくね。特にアルは『ハイ』クラスまで使えるから興味深いわね。何度も倒れたんじゃないかい?」
そのあたりはやはり先生。わかっていらっしゃる。
「ですね、カーネリア母さんからきつく言われてたから、慎重にマナを成長させてたかな」
「そんなにやってたの?」
「ああ、死にかけたこともあるぞ」
「アルはそんなに強くなってどうするんだい? ……まさか僕が王位を継いだ時に側近になってくれるの!?」
「図々しいな!? こら離れろ……! 別にいいだろ」
「……そうですよラッド君、アルにも言いたくないことはあります。ラッド君にあるでしょう」
「う……ごめんねアル」
しっかりしているのはこういうところもで、ミーア先生は王子相手でも容赦なく窘める。
シュンとしたラッドは気の毒だが、余計なことを教えても仕方がない。
先生はライクベルン式の型を見せたあの時に察してくれたと考えて良さそうだ。助かる。
「いいよ。変に詮索しなければ……」
「『詮索』ってどういう意味!?」
「急に元気になるな!?」
結局いつものラッドだった。
◆ ◇ ◆
というわけで着替えてから例の競技場のような場所へとやってきた。
剣術はグラウンド、魔法は競技場という感じである。
「さて、ようやく魔法を撃てるなあ。家の庭は広いけど、でかいのは撃てないし」
「ウチの庭でやる? 結構広いよ」
「被害を出した時に取り返しがつかなくなるから止めとくよ」
「ちぇー」
どうしても城へ呼びたいらしいラッドが口を尖らせて頭の後ろで腕を組む。
この国の人間じゃないことは別にいいんだけど、あんまり顔を覚えられるのは得策じゃない。
あの黒い剣士がこの国の人間だった場合、手段を選ばない可能性は十分にある。
まして異世界だ、魔法もあるし法も違う。
人質を取って逃亡するとか……あるかな?
少し先の未来を考えつつ準備運動をしている中、別の場所に他クラスの生徒が集まって来た。
「お、あいつらも魔法の授業か」
「みたいだね。あ、先生が来たよ」
「お待たせ。準備運動はいいかい?」
俺達は深く頷いて腕を伸ばす。
「では、分かっているとは思うけど基本的なおさらいからね――」
ミーア先生は属性やランク、詠唱についてなどを話してくれた。
とはいえ、言う通りほとんどカーネリア母さんから教えてもらっているものばかりだったので、俺はほとんどの質問を返すことができた。
「さすがにカーネリアから教わっているだけあるねえ。剣は他武器を教えられるけど、魔法はあまり役に立てないかもしれないね」
「そう? 神の魔法とか合成魔法を教えてもらえるかと思ったんだけど……」
「それは上の学年になったら教えてもらえるんじゃなかったっけ?」
ラッドが顎に指を当てて『なるほど』なポーズをして俺に言うと、ミーア先生が告げる。
「そうね、ただ神の魔法である‟ベルクリフ”は神様に選ばれていないと使えないから、上級生になって検査を受けてからだよ。とりあえず下級生は基礎を確実に使えるようになるところからだね」
ミーア先生の視線の先には他クラスの生徒たち。
小さな女の子やラッドみたいな男の子が元気に魔法を放っていた。
「さ、俺達もやろうぜ」
「うん!」
……っと、ついラッドを誘導してしまった。
こいつ人懐っこいからつい相手をしてしまうが、もっと突き放して元のクラスに帰ってもらった方が結果的にプラスに働くと思う。
主に人脈とかな。
ゼルガイド父さん曰く『結婚相手狙い』や『城で将来働くツテ』を作るよう親に言われているパターンもあるのだとか。
まあ、そこはなんとかするとして今はマナを鍛えることにしよう。
「『風の囁きよ我が声に応えて荒れろ』<ウインドカッター>!」
ラッドが的に向かってミドルクラスの魔法を放つ。
これくらいの魔法なら余裕か。
先生がいいんだろう。
「やるねラッド。でも、それならこれでもいけるぞ『風よ刃と化せ』<ウインドカッター>!」
「あ!」
俺はラッドの使った魔法を『略式詠唱』で撃ちだす。
威力は俺の方が高い……というより、風の刃の枚数が違った。
「えー、僕より簡単に撃って威力が大きいの? ずるいよ」
「これはマナの力が高いからってカーネリア母さんが言ってた。後は目標に対してどういう効果を求めているかのイメージが大切らしい」
「へー! 凄い凄い!」
相変わらず輝いた目で俺を讃えてくれるラッド。
「鍛えるとこういうのもできるぞ。<アクアフォーム>」
「え!? い、今、詠唱しなかった……よね?」
「そうそう。アクアフォームは昔からよく使っていたし、最近だと双子と遊ぶときに使うんだけど、詠唱するのが面倒臭くなってさ」
せがまれるとやらざるを得ない。特にルーナがこの魔法を気に入っていて、泡の中に入れてやると物凄く喜ぶのだ。
「もっと鍛えるかイメージができれば……」
「わ、なにも言ってないのに小さい泡が出た……」
「黙って出せるようになるんだ。魔法ってどうしても詠唱が必要だろ? 今後戦う際に奇襲できるようになるかなって……先生?」
褒めてくれるかと思ったが、終始無言だった先生に振り返ると、険しい顔で俺を見つめていた。
あれ? 大した技術じゃなかったか?
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