第57話 レント=グリュースタイン
......兄上が、本当の、俺の「兄」......。
「母さん」は、俺に言い続けた。お前は拾われた子だ、って。
だから、この世に、俺の肉親は誰も居ない。
それは、殺し屋にとって悪い事じゃない。...むしろ、変なしがらみがあると、その分仕事がやりづらくなるから。
...「母さん」は、表情を一切変えずにそう言った。いつも通り、感情の籠らない声で。
その「母さん」が、ただ一度、死ぬ間際に自分の子供の事を思って、涙を流した。
「あんたはいずれ、本物の『レント』として、グリュースタイン家に行く事もあるかもしれない。......もし、そんな時があるなら......息子を......アーシュを、幸せに......」
そして、最後に「ごめんね」と呟いた。
俺には、何の愛情を注いでくれた訳でもなく、だから、別に「母さん」が死んだからと言って、何の感情も湧かなかった。
......「死んだ」という事には。でも......。
長年、俺を養い、暗殺者として育て上げ「母さん」とまで呼ばせた人が、死ぬ間際に、ずっと昔に別れた実の子供の幸せ「だけ」を願った時......何故だか、心臓がぎゅうっと締め付けられる感覚に陥った。
怒り?悲しみ?妬ましさ?寂しさ?......違う。そんな訳、ない。
分からないまま、殺し屋として独り立ちした。
その後、余計な感情で心が動く事は無かった。
特別指示がなければ、事故死に見せかけようが、完璧に他殺と分かろうが、要は俺が殺ったとバレねぇ方法で標的を殺せればいい。
......何度も、俺を欲望のままに抱く標的を、その最中に殺した。
俺の容姿に惑わされて無防備になった標的を、至近距離から撃ち抜くなんてのも、しばしば。
指令が出たから、殺した、以上。
それ以上でも、以下でもなく、従って感情も動かねぇ。
......でも、近頃おかしい。自分で「おかしい」と分かる程。
それがどういう事なのか、何でなのか、分からなくてイライラして、むしゃくしゃして、時には勝手に涙が出た。
やっと、分かった。
俺は、本当に兄上の弟になりたかったんだ。
俺を大事にしてくれ、無条件に愛してくれる、兄上の弟に。
でも、実際は違う。本当は、俺は偽物の弟だ。
だから、余計に......兄上が俺以外に優しくするのは、親しくするのは、......悲しくて、妬ましくて、寂しくて、怒りを覚えた。
だって、兄上は...俺の事を「本当の弟じゃない」って分かっているって、気付いていたから。2人して、「兄弟ごっこ」をしているだけだ。だから...。
...でも。
俺は、本物の「レント=グリュースタイン」だった。
俺は、本物の「ルーゴ=グリュースタイン」の弟だった。
何で今さらそんな事を知らなきゃいけなかったんだよ?
......あいつを探させたのは「ボス」だ。
ボスが俺に、真実を知るように仕向けた、って事か?
「......う......うぅ......!」
また、涙が溢れてくる。でも、この涙の理由は分かる。
無性に、兄上が恋しい。
今すぐ、兄上に会いたい。
涙と同じように溢れてくるのは、そういう感情だった。
狂おしい程に湧いてくる、兄上に対する「独占欲」。
兄上に近づく奴は、全員ぶち殺してやる。
だって、俺の兄上だ。本当に、俺の兄上だったんだ。
羊君も、ストーカー刑事も、皇太子だって!
......でも、誰より先に、俺は「兄上」を殺さなきゃいけない。ボスの指令だから。絶対だから。
俺が殺さなくても、ボスは俺を処分した後、誰かに兄上を殺させる。
だったら、俺が、兄上を殺してあげなきゃ。
丁寧に、今までで1番、丁寧に。
なるべく、苦しくなく、美しく。
...それが出来るのは、俺だけだから。
......決行は、明日。
最後まで、兄上には「僕の頼れる兄上」で居て貰う。
一緒に考えた「作戦」を、1つ1つクリアして。
これまでみたいに、兄上からバトンを渡して貰って。
兄上に今すぐ会いたいのに、足が屋敷に向かわない。
きっと、兄上の顔を見たら、泣いてしまう。
......見なくても、もう既に、涙が止まらないってのに。
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