#67 犬となれ

 シュウトとアイレンのふたりは町の中心から離れた裏山に近い辺りに来ていた。彼の記憶を頼りにペットを保護した場所を何か所かめぐってみたが、これといったものは見つかっていない。

「うーん。ここにもありませんね、手がかり」

「そうだな。怖いものなんて見当たらない」

 いつもとなんら変わらぬ街並み。人々は当たり前の日常生活を送っている。もしも動物たちの恐れるなにかが付近にあるとしたら、聞き込み調査の時点で情報を得られたはずだ。

「あっ! わたし、わかっちゃいました!」

 パチンと手をたたくアイレンの姿に、シュウトは既視感を覚えた。彼女は自信満々のようだが、先ほどはずたろうに期待を裏切られる結果となってしまった。今度は大丈夫だろうか。

「なにがわかったんだ? イヌには聞けないからな」

「ふっふっふっ。ワンちゃんからお話を聞く必要はなかったのですよ、シュウトさん」

 アイレンは不敵な笑みを浮かべた。

「じゃあ、どうするんだ?」

「わたしがワンちゃんになればよかったのです!」

 相づちも打てずに固まってしまったシュウト。突飛な発言に理解が追いついていない。アイレンは構わずに続ける。

「お話を聞いて教えてもらうことはできませんでした。それなら、わたしがワンちゃんになって、ワンちゃんの気持ちを考えればよいのです!」

「ふむ、なるほど…………なるほど、なのか?」

 シュウトは納得しかけた自分に待ったをかけた。勝利を確信した嬉々たる表情で語るアイレンの勢いに流されそうになってしまったが、よくよく考えてみれば、いや、ふつうに考えてムリがあるのではないだろうか。

「物は試し、ですよ。やってみればわかります」

 そう言って、アイレンはお座りのポーズをしてキャンキャンとイヌの鳴きまねをして見せた。

 なかなか様になっているな、とシュウトは感心した。人懐っこいアイレンはどこか飼い犬っぽさがあり、シッポがあれば楽しそうに振っていることだろう。

「で、なにかわかったか?」

「いえ、まったく」

「だろうな。もうやめておこう」

 シュウトはアイレンにイヌの真似をさっさとやめさせてすぐにでも立ち去りたかった。このような場面を人に見られるとどうなるか分かったものではない。アイレンは自分の意思でノリノリでやっているのだが、あらぬウワサが立つことは間違いないだろう。真昼間からいたいけな少女にペットプレイを強要する変態男の烙印を押されることは想像に難くない。世間体を気にしない彼でもさすがにこたえるというものだ。

「まだまだこれからです。わたしはまだワンちゃんになりきれていません。シュウトさんがワンちゃんを保護したときのことをもっと詳しく教えてください」

「状況を再現するということか。現場検証みたいになってきたな。たしか、あっちのほうから走ってきたんだ」

 裏山の方角を指さして言った。

「なるほど、わかりました!」

 アイレンは四つん這いになって歩きはじめた。

「裏山か……」

 いたって真剣にイヌを演じるアイレンをよそに、シュウトは考え込んでいた。ここ以外にもいくつか現場をまわったがどこも裏山に近い場所だった。そして思い出せる限りみんな裏山のほうから走ってきたはずだ。ということは、ペットたちの恐れるなにかがそこにあるのではないだろうか。

「アイレン、いくぞ」

「はい? どこへですか?」

「裏山だ」

 そう言うとシュウトはそそくさと走り出した。まるで恐ろしいものから逃げるかのように。ウワサ好きのおばちゃん、ご近所さんの情報ネットワーク、世間体。

「シュウトさーん! まってくださーい!」

 アイレンはいまだに四足歩行を続けていた。さすがの彼女でも四つん這いではまともに走れないようだ。

「もうもどってもいいぞ、人間に」

「あ、そうですね」

 と言うと、アイレンは過程をすっ飛ばして一気に二足歩行の人間へと進化した。

 ふたりは住宅街を抜けて裏山までやってきた。ゆるやかな山道を登っていくあいだ、シュウトは自分の推測を説明した。

「なるほど、それで裏山なのですね」

「きっとなにかあると思うんだ」

「そうですね。でもシュウトさん。こわーいものが本当にいたらどうしましょう。話し合いで解決できるとも思えませんし」

「……ああ、考えてなかったな」

 うかつだった。原因を突き止めることしか頭に無く、解決策までは考慮していない。もしも動物たちの恐れるなにかが猛獣の類であったとしたら、丸腰のふたりに打つ手はない。

 こんなことならずたろうを連れてくるんだった、と一瞬だけ後悔しかけたシュウトであったが、すぐに考えを改めた。ずたろうが動物と会話できないことはすでに判明しているし、警察犬や猟犬のように戦えるとはとても思えない。

「まあ、なんとかなるだろう」

 原因さえわかればあとはお役人に任せればいい。そう楽観的に考えていると、山奥のほうから獣の吠え声のようなものが聞こえてきた。

「ほんとにいたな。よし、ここらで引きかえ──」

「あっちですね。行ってみましょう!」

 アイレンはシュウトが制止しようとするまえに走り出した。

「あっ、ちょっと──」

 なんとかなる、と言ったのは失敗だったか。アイレンをひとりで行かせるわけにはいかない。シュウトも猛獣がいるかもしれないほうに急行する。

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