第8話 シゲノリ視点
『あ、シゲノリー? 今から出て来られる?』
資産家の娘の鼻にかかった甘い声が耳にまとわりつく。
「悪い。まだバイト中なんだ」
『ざぁーんねん。今ならあのダサい女が醜く泳ぐ姿が見られるっていうのに』
すぐにミカのことだと直感した。おれは、スマホを握り直す。変な汗が出てきた。
「どういうことだ? ミカをどうしたんだ!?」
『あの子なら、川で泳いでるかもよ?』
川っ!? あいつ、泳げないのにっ。電話が切れて、すぐ振動する。芸人仲間からだ。
「もしもしっ!?」
今、悠長に話なんかしている場合ではない。
『悪い、シゲノリ。おれ、あの女に弱み握られてて、これからミカちゃん、手足を縛られた状態で川に落とさなきゃいけなくなった』
「場所はっ!?」
バイトなんか捨てて、走り出していた。駆け足だけは速い方だが、手足を縛られたミカが川で浮いていられる時間なんてかぎられている!! おれは、芸人仲間に教えてもらった川へと全力で走りつづける。こんなに走ったのは、久しぶりだ。
ミカ、お前はいつも、ぼんやりしすぎているんだよ。だからこんなことに巻き込まれて。
いや、ちがう。これは、おれがこれまでミカに対して曖昧な態度を取りつづけたおれへの罰だ。
「ミカーっ!!」
叫びながら橋の下をのぞきこむ。暗くてなにも見えやしない。
「シゲノリ!!」
芸人仲間の姿を見るなり、頭に血がのぼって、殴っていた。
「ぐっ。今はミカちゃんを!!」
おれは、そいつが指差した方向に目を凝らした。かすかながら、水音がする。あれ? でも、あそこ結構浅瀬なんじゃ?
とにかく、橋を渡って川に入って行く。
「ミカーっ!!」
アザラシのようにもがいていたミカが、おれを認める。
「ミカ、大丈夫?」
おれは、水を含んで重くなったミカをお姫様抱っこした。橋では、そんな一部始終をスマホで撮影している一般人がいた。芸人仲間は去って行ったようだ。
おれは、ミカを岸辺にあげて、手足を縛っていた粘着テープをやっとのことで切った。
「ミカ、大丈夫?」
繰り返すけれど、意識がない。
「だれか、救急車を!! それと、この動画をおれにもコピーしてくれないか?」
あの女のせいでこんなことになった。証拠は残しておいた方がいい。
ぐったりしたミカを抱きしめながら、これなんの撮影ですか? と聞いてくる一般人を睨みつける。
「これは事件だっ!!」
けれど彼らはにやけるばかりで、おれの言葉を本気にしてはいないようだった。
つづく
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