第20話 最後の選択
魔王が封印されている荒野に到着して、作戦通り魔王の封印を解く。
王女が封印を解きながら俺に聖属性を付与することは出来ないので、今はまだ俺の攻撃に聖属性は乗っていない。
「ぐはぁ」
魔王の封印が解かれた瞬間、俺は当然のように不意打ちを仕掛ける。
前回も不意打ちしたわけだけど、今回の方がレベルも高いからか避けられることなく、魔王の体を深く斬り裂く。
真っ二つにするつもりだったけど、そこまでは出来なかった。
魔王は目覚めてすぐ攻撃されたことに動揺し、体制を立て直そうとするが、今回の不意打ちはこれだけでは無い。
王女が封印を解くタイミングを見計らって笹原君に魔力を溜めておいてもらった。
その結果、魔王の足元からペキペキと凍りだす。
笹原君の使える魔法の中で1番威力の高い魔法は火魔法だ。
前回は火魔法と風魔法で攻撃してもらっていたけど、傷を与えた所で回復してしまうので、無駄ではないけど効果は高くない。
なので、動きを阻害する魔法を放ってくれるように頼んである。
氷魔法と土魔法がメインになるだろう。
俺は魔王の攻撃が俺以外に向かないように、連続で攻撃を仕掛ける。
封印もそうだけど、巫女の術式には時間が掛かる。
神に祈りを捧げるという行程が含まれるからだ。
術式が完成して発動するまで時間を稼ぐ必要がある。
魔王を疲弊させながら時間が稼げれば尚良い。
笹原君のおかげで魔王の足は凍り付いて地面から離れない。
同じミスはしないように、常に魔王の尻尾は斬り落としている。斬った所で時間が経つとくっ付くけど、すぐにまた斬り落とす。
星野さんが俺の傷は回復してくれるので、防御をあまり考えずに攻撃に集中することが出来る。
致命傷を与えられないようにすればいいだけだ。
魔王は苦しみ、悶えているが、前回同様に首を落としてももちろん死ぬことはない。
大分押している所で遂に王女の術式が完成した。
俺の剣が白く輝く。
「や、やめろ……」
魔王も気づいたようだ。
だけど、もう遅い。
俺は魔王の首を斬り落とす。
「ぐぎゃあああ……」
魔王が今までと比べ物にならない程苦しみ出す。
先程と違い、傷が塞がりはしない。もちろんくっ付きもしない。
ただ、頭と体が離れても死ぬわけではない。
頭だけになっても声を発するし、体は動いている。
俺は動けなくなるまで、魔王をバラバラに斬っていく。
傷が塞がっている状態でも押していたので、当然ここからは一方的な展開になった。
魔王だった破片はビクビクと動いているが、元の人型に戻る気配はない。
こんな姿になっても生きていることには驚きだが、もう攻撃する手段はなさそうだ。
俺はしばらく様子を見て、本当に再生しないのか確認する。
問題なさそうなので、俺は星野さんを呼ぶ。
「嫌な役回りをさせてごめん」
「……大丈夫です。任せてください」
バラバラになった魔王の破片の1つに星野さんが聖属性魔法を放つ。
破片は塵も残さず消滅したように見える。
俺には斬ることしか出来ないので、どれだけやってもこの結果は得られない。
星野さんに残った破片も同様に消してもらう。
目に見えないレベルで粉々になっていれば、例え動くことが出来たとしても、レベルの低い人相手にも危害を加えるは出来ないだろう。
「ふぅ…………よっしゃぁーー!!」
破片が残ってない事を確認して、張り詰めていた空気が緩和する。
俺は一息吐いた後、感情が込み上げて声を張り上げた。
王女は緊張の糸が切れたようにペタンと地面に尻を付けた。
「……勇者様、ありがとうございました。おかしいですね……死ぬ覚悟を小さい時からしていたはずなのに、こうして生きていることがこんなに嬉しいなんて」
王女は頬を濡らしながら言った。
「今までがおかしかったんだ。それにまだ小さいだろう。これから今までの分も楽しめばいいんだよ」
俺は王女の頭をポンポンと叩きながら言った。
「はい!」
王女は笑顔で返事した。
この笑顔を犠牲にせずに済んでよかったと心から思う。
「これで元の世界に帰してくれるんですか?」
笹原君が王女に聞く。
「もちろんです。既に送還の儀式の準備は出来ていますので、城に戻り次第いつでも帰ることは出来ます。少しお時間を頂けるなら、城で魔王討伐を祝してパーティを催す予定です。その程度しか御礼が出来ませんが、楽しんでもらった後に儀式を行うつもりでいます」
「……ありがとう。楽しませてもらいます」
「笹原君はすぐに帰りたいみたいだけど、何か理由があるの?言いたくなければいいんだけど……」
俺は気になったので笹原君に聞いてみる。
「……病気の妹がいるんだ。医者からは今の医療では治す手立てはないと言われている。元の世界に帰った時に1年経っているのか、こっちに来た日に戻るのかは分からないけど、こっちの世界にいる間に妹が死んでいたなんてことにはなってほしくない」
「ごめん、嫌なこと聞いた」
「いや、いいんだ。妹の余命が短い事は前から聞いていたから覚悟は出来ている。出来る事なら代わってやりたいんだけどね」
この話を聞いて、笹原君が自分の命よりも優先して願った望みがわかった。
「世界を1つ救ったんだから、神様にはそのくらいの奇跡を起こして欲しいものだな」
「そうだね」
笹原君の担当女神が妹の病気を治してくれるはずだ。
星野さんの望みも同じような感じなのかなと思ったけど、あまり土足で踏み込んで良いことではないと笹原君と話して思ったので、聞かないことにする。
城に戻った後、王女が言っていた通りパーティが開かれた。
今までも今回同様パーティは開かれていたけれど、城にいる人の表情が全然違う。
作り笑顔ではなく、心の底から喜びが溢れているようだ。
パーティは予定していた時間を過ぎても続き、送還の儀式は翌日される事になった。
俺が部屋で休んでいると王女がやってきた。
「勇者様、少しお時間を頂いてもいいですか?」
「なんだ?」
「ずっとお聞きしたかったのですが、何故この世界の為にここまでしてくれたのですか?勇者様にとっては見ず知らずの世界のことなのに、ここまでしていただける理由が思い当たりません」
「それは前に言っただろ?俺が後悔せずに元の世界に帰るためだ。子供を犠牲にすることを受け入れられなかった。ただそれだけの理由だ」
「それだけではない気がするのです。いくらなんでも、そんな理由であそこまで命を削ることは出来ないはずです」
「見ず知らずの異世界人の為に悪役を演じた王女様には言われたくないな。王女様が本当に悪人だったら結果は変わっていたかもな」
「……勇者様は明日帰ってしまわれるのですよね?」
「ああ、そうだな」
「この1年私の側にはずっと勇者様がいました。寂しくなります」
「王女様には城のみんながいるだろ?悪役を演じるために喜んで隷属される奴なんて普通はいないからな」
「……クス。そうですね。おかしな事を言ってすみませんでした。おやすみなさい」
王女は少し笑った後、寂しそうに出て行った。
翌日、送還の儀式が執り行われる。
「勇者様、賢者様、聖女様。この度は世界を救って頂き誠にありがとうございました。御三方には感謝しても感謝しきれません」
王女がかしこまって言う。涙が流れないように我慢しているのが見ていてわかる。
「……俺は帰らない。笹原君、星野さん、2人のおかげでこの1年辛いながらも楽しかった。ありがとう」
「え……宮島さん、何言ってるんですか?」
星野さんが驚き聞いてくる。
「勇者様、私が昨夜言った事を気にしているなら忘れてください。無理を言ったのはわかっています」
王女が慌てて昨日の事を無かったことにしようとする。
「無理はしていない。昨夜王女様が出て行った後に考えたんだが、元の世界に戻った所で社畜に戻るだけだなと思ってな。両親は既に事故で他界しているし、結婚もしていない。俺が帰らなくても本当に悲しむ奴はいないだろう。それならこっちの世界で暮らした方が楽しそうだ」
本当は両親は他界していない。
俺が帰らなければ悲しむだろう。
だけど、俺は笑って嘘を吐いた。
「本当によろしいのですか?召喚の儀式と送還の儀式はセットです。今を逃すと本当に帰れなくなってしまいます」
「ああ、問題ない。2人だけを帰してやってくれ」
「わかりました」
王女が祈りを捧げ、水晶に魔力が注がれる。
俺は2人が帰る所を見届けようとしていたのだが、ドン!といきなり背中を押されて魔法陣の中に入ってしまった。
後ろを振り向くと王女が泣きながらこっちを見ていた。
「勇者様は私と違って演技が下手ですね。悲しむ人がいるなら私のことは気にせずに帰ってください」
魔法陣から出ようとしたけど、間に合わず、見慣れた白い空間に来てしまった。
「勇者様、世界を救って頂きありがとうございます。やはりあなたを信じて間違いありませんでした」
女神クロノア様が出迎えてくれるが、少しニヤけているように見えるのは気のせいだろうか……?
「ああ、クロノア様の期待に添えることが出来たのは良かったがな」
「ふふ、最後の最後にまた巫女様にしてやられましたね」
「放っておいてくれ」
「そんな勇者様に良い知らせがあります」
今度は微笑しい笑顔をしている
「なんだ?」
「最高神様から勇者様に褒美として望みを叶えるように仰せつかっております。同じ世界を救うでも、封印と討伐では意味が異なります。最高神様の残り少ない神力を使う為、叶えられる望みは小さくはなってしまいますが、勇者様は何を望まれますか?」
「それは良い知らせだな。願いは悩むまでもない。負けっぱなしは癪だからな。俺を元の世界ではなく、さっきまでいた世界に送ってくれ」
「勇者様の願いを叶えましょう。しかし、これだと元の世界に送る力を使うだけで事が足りてしまいます。なので、余ってしまった神力であなたの両親に手紙を送って差し上げます。悲しませることにはなるでしょうが、息子が元気にしていると伝えた方が良いでしょう」
「クロノア様、ご配慮ありがとうございます」
俺はクロノア様から紙とペンを借り、両親に宛てて手紙を書く。
行方不明よりは良いかもしれないが、親不孝であることには変わりないだろう。
クロノア様に手紙を渡した後、再びあの世界へと降り立つ。
「王女様、何か悲しいことでもありましたか?」
俺は泣いたままだった王女に話しかける
「え……なんで?」
王女に聞かれる。
「女神様にお願いしてこっちの世界に戻してもらいました」
「そういうことを聞いたんじゃないわ。元の世界に大事な人がいるんでしょう?」
「王女様もしってますよね?犬は離れても主人の元へと帰ってくるのですよ。責任を持って最後まで面倒を見て下さい」
――――――――――――――――――
後書き
この物語はこれで完結です。
最後までご愛読頂きありがとうございました。
他の作品も投稿していますので、宜しければ読んで下さい。
やりなおし勇者は悪役王女を救いたい こたろう文庫 @kotarobunko719
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