第28話「ゾンビの政 その三」
『黒河総理、反社会的勢力と繋がりが!?』
そんな文字が新聞の一面を飾るのは、そう遅くはなかった。
事実、黒河は反社会的勢力と繋がりがあり、お互いがお互いを利用する関係にあった。
そんな繋がりはないようにお互い振る舞っていたが、どうやら、この前のゾンビの宿泊療養施設の件で足がついてしまったようであった。
しかし、黒河総理は抜け目なく、そして、どうすれば社会の目から逃れられるかを熟知していた……。
もともと予定されていた、ゾンビ宿泊療養施設の視察を終えると、前回の竣工式とは真逆に万雷の罵倒を浴びる中、総理専用車両の中へ逃げるように入り込む。
本来ならば、温かな声援に包まれていただろうと思うと目頭が熱くなる。
(私をこのような窮地に追い込んだものには必ず、必ず
半ば呪詛のような誓いを立てつつ、おもむろに隣に座る秘書の岩倉へ声を掛けた。
「さて、岩倉よ。この落とし前、どうつけてくれる?」
突然のセリフに、岩倉秘書は普段の冷静さを欠いた受け答えをする。
「ほえっ? な、何を突然言っているんですか総理?」
「わかっている。君が反社会的勢力と繋がりがあるんだろう。その罪を私に被せようとしている。その証拠に、私から反社会的勢力にお金が渡っているというが、その口座の名義は岩倉、君になっているんだぞ」
「ま、まさか、総理、僕を切り捨てて生き延びようと……」
「何を言っているのかわからないな。だが、まぁ、これまで私の秘書として尽くしてくれた礼として、君が責任を取るのならば、君の家族の今後の保証はしようじゃないか。確か、奥さんと生まれたばかりの子供がいたね」
絶望で岩倉の顔は血の気が引き、まるでゾンビのようであった。
「総理、そんなことをして、いつか地獄に落ちますよ」
「もう一度言おう。何を言っているのかわからないな。だが、政治家で地獄に落ちない者は一人もいないとだけは言えるな」
岩倉は一人車を降りると、ぼんやりと焦点の合わない目でその場に佇んだ。
※
1週間後。
港近くにある廃倉庫の中に不審な車が停まっているという通報を受けた警察が調べると、それは岩倉の物であり、車中には一通の遺書がしたためられていた。
遺書の中身は、反社会的勢力との繋がりや金のやりとり。そして、何をしてもらったかが事細かに書かれ、最後に、総理の指示ではなく独断で行ったこと。さらには告発したであろう者に鉄槌を下す恨む節が書かれていた。
死体が発見出来なかった当初、警察は本当に自殺なのかを調べるため、ドライブレコーダーを確認すると衝撃の事実が映し出されていた。
おもむろに倉庫の中で車が停まると、「ハァハァア」と荒々しい息使い。そしてナイフがフロントガラスに反射し、見えたかと思うと血しぶきが飛んだ。
そこで車内、車外ともに動くものがなくなったのか映像は一回切れ、次に映像がついたときには、4日後になっていた。
カサリッ。
最初は小さな音と揺れだった。
それに反応したドライブレコーダーが起動し、車外をフロントガラス越しに映し出す。
次第に揺れは大きくなり、音もゴトゴトと暴れるようなものへと変化する。
ときどきフロントガラスに乾いた赤黒い血がついた手がバンンバンと当たり、中にゾンビが居るのだと誰しもが理解する。
再びドライブレコーダーが切れ、次の場面には車外にいつの間にか一人のスーツ姿の人物が横たわる。
足を縛られているようだったが、それ以外は特に外傷もなく健全そのものだった。
よくよくその人物を見ると、野党として活躍する政治家の一人であった。
「おい。なんだここは!? 悪ふざけも大概にしろっ!!」
イタズラだと思ったのか強気に怒声を上げる。
――ピピッ!
遠隔操作で、後ろのドアがゆっくりと横開きに開いていく。
車中からはゾンビ化した岩倉と思しき男がゆっくりと這い出し、周囲を探るように首をコキキッと鳴らしながら右へ左へと動かす。
「おいおいおいおいおいおいおいおい! ウソだろ! なんで、ゾンビが……。やめろ! オレを喰っても美味しくないぞ!!」
そして、獲物を見つけると、じわりじわりと這いより、一切の逡巡もなく、皮膚の薄い首元に噛みついた。
ドライブレコーダーは、ゾンビの食事シーンを余すことなく捉え続けた。
唯一の栄養を前に、ゾンビは骨と内臓以外を全て平らげる、名残惜しそうに骨に付いた僅かな肉までむしゃぶりつく。
――かりっ。かりっ。
不格好に骨についた肉も噛み、こそぎ落とし一片すら無くなると、そのまま新たな獲物を求め倉庫内を歩く。
今度はひたすらにゾンビの徘徊シーンを撮っていたかと思うと、ゾンビは唯一の出入り口を見つけるとそのまま外へ。
そして、次の瞬間には、ボチャン! という海へ落ちた音と水しぶきが微かにドライブレコーダーに入り込み、そこで映像は終了となった。
その映像を確認した警察は近海を捜索し、肉がはげたスーツ姿の男性の遺体を発見。映像と同じ衣服、そして持ち物から岩倉本人と断定した。
※
「すべては秘書がやりました。私は一切関与しておらず、まさか彼がこんなことをしていたなんて、寝耳に水の思いです」
記者会見で黒河総理は沈痛な面持ちで述べる。
「ですが、彼も私の為にやっていてくれたことだと理解しています。私の政策を通す為に、このような行動を取っていたとは……。彼の行動の責任の一環は私にあると考え、この場で謝罪させていただきます」
黒河総理は深々と頭を下げ、謝罪の意を伝える。
そして、ゆっくりと顔を上げると、次のように続けた。
「彼が私に危害が加わること、そして自分自身が社会的信用を失うことを恐れ、まさか自殺という安易な道をとったことは遺憾でなりません」
国民も政治家も誰もが黒河の言葉を信じなかったが、しかし、黒河が反社会的勢力と繋がっているという証拠は秘書の岩倉を通してしか見つけることが出来ず、岩倉が独断で自分の名を語り行っていたと言われたらそれ以上反論の余地はなかった。
支持率は落ちて行ったものの、決定的とまではいかず、いつしかこの不祥事は忘れ去られるようになっていきそうだった。
そんなときさらに忘れ去ることに拍車をかけたのは、黒河が無理矢理に建てさせた箱もの事業。ゾンビの宿泊療養施設において、HIVなどの難病に対しての特効薬が出来るかもしれないというニュース。さらにその難病の中にはゾンビ化のワクチンも入っており、現在アメリカ主導だが、そこに日本が協力する形で開発の体制が敷かれているという。
これにより国民の声は、黒河総理への称賛の声一色になった。
さらにさらに、元秘書の岩倉の妻から、岩倉が独自に残したとされる通称、岩倉ファイルの存在がほのめかされたが、これにも黒河はきちんと対応し、そのファイルを妻へと公開した。その中には、なぜかドライブレコーダーの映像もあり、岩倉が死んでまで復讐したい相手は野党の人間だったことも判明すると、岩倉の妻は謝罪し、むしろ自分たちに多額の慰謝料を払ってくれたことに感謝すらした。
黒河は、私室に入ると、新たな秘書に声をかけた。
「完璧だ。すべて完璧に私の為に世界が回っている。なぁ、そう思わないか岩倉、いや今は大久保だったか」
大久保と呼ばれた男は、二ッと笑みを浮かべると、一礼した。
なんとなく荒々しい印象を与える色黒の男。岩倉とは似ても似つかないのだが······。
「ええ、総理、気をつけてくださいよ。岩倉になったときも間違えて最初の頃はよく木戸とお呼びになられていましたし。今は岩倉ではなく、大久保です」
「ああ、すまない。すまない。どうも人の名前と顔を覚えるのは苦手でな」
「僕も何度も整形して名前変えていますからどれが本当かわからなくなっていますが、それをさせている本人が忘れちゃダメでしょう」
にこやかに雑談する2人。
「ですが、黒河総理の手腕にはいつも驚かされます。まさか、ゾンビの宿泊療養施設を建てたときからここまでの絵図を描いていたとは」
岩倉の死の偽装はすでにここから始まっており、視察でこの施設を訪れた際、彼らは岩倉に似た体躯のゾンビを見繕い、身代わりに仕立て上げていた。写りが不鮮明なドライブレコーダーではゾンビと岩倉の判別はつきにくく、警察も見事に誤認した。
もちろん、警察の上層部には圧力がかかっていたのは言うまでもないが。そのあと押しというやつであった。
「まぁな。あのまま、なぁなぁに政治をしていたら、たぶん、『見る首相』ではなく『見るだけ首相』と揶揄され、じりじりと確実に支持率は落ちていただろうからな。一度評価を落としてから一気に上げるのが重要だった」
「それにしてもアメリカの保健福祉長官のヤコブ氏と友人だなんて驚きましたよ。その頃から、ゾンビのワクチンをお考えだったとは」
「ああ、ヤッちゃんとはたまたまな。それが功を奏したよ。それに、ゾンビのハルオの成果が大きい。本当に持つべきものは、友とゾンビだな! ハッハッハッ!」
黒河は椅子に踏ん反り返ると高笑いを浮かべた。
(まぁ、
そんな自画自賛をする黒河総理の隣で、大久保秘書は、窓から照らす日の光に目を細めた。
「日本の未来は明るくなりそうですね」
※
「先日、アメリカの研究機関より、ゾンビ化を押さえるワクチンの開発に成功いたしました。現在臨床実験中で、早ければ来年の春には実用化される見通しです。また黒河総理の交渉により日本には優先的にワクチンが配られる予定となっております」
――プチッ
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