第27話「ゾンビの政 その二」

 その後、ゾンビになる年齢が6歳以上60歳以下の人間のみと分かると、『GO to  火葬』をすぐに打ち切り、ゾンビ対策課の仕事内容を変更した。

 新たな事実が分かると同時に臨機応変に対応する姿に、『(国民を)見る首相』と言われるようになった。


 そして、次に黒河総理が手を付けたのは、ゾンビの収容施設、もとい、宿泊施設であった。

 箱ものは国民から嫌われる可能性もあったが、黒河は着手した。


 案の定、野党はそこをついてチクチク言ってくる。


「総理、どう考えても今回は野党に軍配が上がりそうです」


 心配そうにする岩倉秘書だったが、「ふむ」と顎を撫でる黒河総理を見て、覚悟を決めた。


 総理がこのポーズを取るときには、何か腹黒いことを考えているときで、今までに何度も岩倉はそれに付き合って来ていた。


「この宿泊施設は何が何でも通したい案件だ。私の支持者たちの願いというのももちろんあるが、この黒河の勘が、この施設は必ず建てなくてはいけないと言っているのだよ。さて、そこで岩倉、君に頼みがあるのだが、この事業を阻止しようとしている敵を正確に細かく調べてほしいのだ」


「調べたあとはどうなさるので?」


「それは君が知らなくてもいいことだ」


 岩倉は一礼すると、退室した。

 完全に私室から人が居なくなったのを確認した黒河は、スマホを取り出し、電話を入れる。


「ああ、もしもし、私だ。ヤッちゃんにまたお願いがあるんだよ。そうか、二つ返事とは嬉しいねぇ。それじゃあ、ちょいと後日送るデータの人物を脅してもらえればいいんだ。なに、やり方は任せる。金? 金だっていうのか? ふざけるな! 私とやっちゃんの仲だろう! 言い値で払うに決まっているじゃないか! いやいや、いいんだ。こっちこそ声を荒げてしまった。入金はいつもの口座からやらせておくよ。それじゃあ、これからも良き友人として」


 不穏な会話はそこで終了した。


 それから2か月後、反対していた野党の議員たちはことごとく静かになった。


 ゾンビの宿泊療養施設はもともと国民からもある程度の必要性を論じられていたこともあり、反発も少なく、さらに黒河総理は一部の心優しい人民の為に、ゾンビにはまだ人権があるという、キレイごとの大義名分まで付加してやったおかげで、すんなりと着工までこぎつけた。


 ゾンビ宿泊療養施設は、専門家の意見をふんだんに取り入れた完璧なものとして完成。ただし、専門家とはあくまで科学者としての専門家であったことは最後まで伏せられており、ゾンビに癒しを与える為の、人権を保障する為の施設ではなく、実験・観察・研究施設としての完成であった。


 竣工式に呼ばれた黒河は、岩倉秘書や護衛を引きつれ、テープカットを行い、施設の完成を祝った。

 万雷の拍手を受けながら、手をあげ応える。

 これから、施設の運営も上手く行き、支持率もうなぎ上りの順風満帆な未来を思い描いていると、突然見物客の間から悲鳴が上がった。


 何が起きたのか振り返ると、そこには一体、否、一人のゾンビが見物客を襲おうと掴み掛かっているところであった。


「我が国民は誰も傷つけさせんっ!!」


 総理という立場でありながら、黒河総理は誰よりも早くゾンビに向かって行き、袖と襟を掴むと足を払って投げた。

 ドシンと鈍い音を立てて、アスファルトにゾンビが沈む。


「私はこれでも柔道2段でね。ゾンビくらいならば容易に投げられるさ」


 スーツの乱れを直していると、その間に、ゾンビはむくりと起き上がり、新たな獲物として黒河総理に襲い掛かる。


「あーーっ!」


 大きく開かれた口が、黒河の首筋へ到達する瞬間。

 ガッ! と護衛の人によりゾンビは再び地面へと倒される。

 そして、複数名で取り押さえていると、カロリーが切れたのか、それとも地面へ倒れたときの打ちどころが悪かったのか、ゾンビは動かなくなっていた。


 このことは大大的に取り上げられたが、賛否両論であった。

 黒河 大くろかわ ふとしはあるところでは、市民を守ったヒーローとして。

 しかし、またあるところでは、ゾンビを殺したヒールとして世間で描かれた。


 だが、次第にヒールの側面を見る人間が多くなり出すと、黒河総理の裏側が暴露されるようになってきた。


『黒河総理の柔道2段ってやつ、自称らしい』とか。

『ゾンビの療養施設とかいいつつ、実験施設らしい。その証拠に、例年より研究費に税金使っているし』とか。

『なんでも後ろ暗い組織と繋がっているらしい』とか。


 どこまでが本当で、どこまでがウソか分からない噂が出回り、支持率はぐんぐんと下って行く。


「黒河総理、いかがいたしますか? このままでは支持率がどんどん下がっていきますよ」


「言いたいやつには言わせておけ。そもそも弁明したら弁明したで、ウソをついているとか言ってどうせ信じない。何を言っても否定されるのが、総理の性なんだよ。ならばその時間と税金を別のことに使った方が幾分かマシだ」


 静観を決め込みつつ、噂が静まるのを待っているとさらなる事件が世間を震撼させた。

 それは、コンビニで暴れたゾンビが実は死後数分しか経っていなかったというものであった。


「チッ! よりにもよってなんでこのタイミングでっ!!」


 明らかに不機嫌な黒河。

 それも、そのはずで、騒ぎが収まってから、ゾンビに関する憲法改定を試みようと思っていたのだが、その案はこのゾンビのルールが崩れたことによって一変してしまった。


「ふぅ、仕方ない。大切な何かを守るためには、何かを失う覚悟をしなくてはいけないようだ。岩倉、資料をまとめろ! ゾンビ及び死体の断頭をしても罪に問わない法を作るぞ!」


「総理、今、そんなことをすれば……」


「ああ、非難轟々ひなんごうごうだろうな。だが、これをしないと、すぐにゾンビ化するという恐怖から社会を守れない」


 もともとは死体やゾンビの拘束、正当防衛的なゾンビへの先制攻撃を罪に問わない法を作ろうとしていたはずだったのだが、即座にゾンビになるゾンビの出現によりバイオレンスでアグレッシブな方策を取らざる得なくなっていた。


 この断頭や頭部破壊を良しとする法案は、予想通り荒れに荒れる。

 野党だけでなく、与党からの反対の声があり、黒河の勢力以外からは総攻撃に合うという始末だった。しかし、黒河の勢力だけで過半数を占めていたことから、無理矢理にこの法案は通ってしまったのだった。


 このバッシングの波に乗った国民からも酷評の嵐だったが、それを救ったのが、『ゾンビをカット! 断頭ギロチンカッター!!』であった。

 これの宣伝をしているカリスマ販売員のおかげで、断頭への抵抗感が減ったのか、それほど大きな騒動にもならず、少しずつではあるものの支持率も回復してきていた。


「全く、人生何があるか分かったものではないな」


 だが、国民の為を思って成したことは必ず報われると黒河は信じていた。

 故に、黒河総理はこの法案の一件は実はそれほど心配はしていなかったのだ、黒河が真に危惧していたのは、この後に起きることであった。


 噂が本当だと世間に知られるように、与党・野党が動くという事態を。


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