ゾンビに言われたい昼

第13話「ゾンビに言われたい昼 その一」

「何やってるんだっ!! バカモンっ!!」


 泥と血で汚れたシャツで遅刻ギリギリに駆けつけた、梅野 亮哉うめの りょうやは開口一番に上司から叱責を受けた。


「あ、こ、これはゾンビに襲われていた子供を助けようとして……」


「うるさいっ! いい訳するな。さっさと着替えて来い! あと5分で本番だぞっ!!」


「は、はいっ!」


 体格は良いが、どこか気弱な印象を見せる亮哉は、急いでシャツを取り換え、青いエプロンを身に着けると、スポットライト煌めくスタジオへ。


「王様に言われたい昼~~っ!!」


「こんにちは! 今日もよろしくお願いします」


 テレビ番組のタイトルコールのあと、ぎこちない笑顔で、スタジオであいさつする亮哉。彼の仕事は、通信販売員。

 本来、テレビでの営業は別の者、亮哉の先輩が行っていたのだが、その先輩は家族が亡くなったからと言って唐突に辞表を叩きつけ辞めていってしまった。

 そんな急な欠勤者が出た為、直属の後輩である亮哉にお鉢が回ってきたのだ。

 入社4年目にしてこれは自分を売り込む最大のチャンスと気合を入れたはいいが、どうも空回り気味で、緊張が全身を支配する。


 いまは、テレビで自社の商品を説明するところで、司会の方々にあいさつしつつ、商品の紹介へと入る。


「それでは梅野さん、本日はどういった商品なんですか?」


 司会の女性タレントが営業スマイルを浮かべて進行を始めた。

 様々な場所で見る熟練の女性タレントは緊張とは一切無縁とでもいうようにスラスラと台本通りのセリフをこなす。

 その様子に亮哉の緊張感はさらに高まる。


「さ、さて、本日の商品はこちら! 万能包丁です」


 緊張のあまり、会話なんかぶつ切りで、とにかく台本にあるセリフを口から発する。


「万能包丁ならウチにもありますけど、従来のものとは違うんですか?」


 司会が台本通りの返しをする。


「は、はい。こちらは職人が丹精込めて一本一本作ったものです。ですからその切れ味は格別で。見てください」


 トマトをまな板の上へ乗せ、万能包丁を当てていく。

 手元がアップで映されると、誰が見ても震えていると分かる程であり、案の定。


 ――ぐしゃ!


 見事に、トマトが潰れた。


「カット! カット! カット!!」


 撮影中断の声が掛けられ、


「ちょっと! そこはしっかり切らないと! トマト潰すのは誰でも出来るし、包丁の良さが全く生かせてないよ。というか、その包丁そんなに切れ味悪いの?」


 試しに司会に包丁を渡して切ってもらうと、トマトはすんなり切れた。


「いや、すごく良い包丁ですね。むしろ、なんで潰せるんですか?」


「すみません。すみません。ちょっと緊張しちゃって」


 嫌な汗を拭きつつ、平謝りする。

 何度か深呼吸し、体の力を抜いてから再びトマトへと向き合い、包丁を入れていく。


 今度はキレイに切れたが、テレビにも関わらず露骨にほっとした表情を浮かべ、その後の説明を続けた。

 緊張のあまり何をしゃべったのか記憶にないが、収録が終わったあと、上司にめちゃくちゃ怒られたことから、亮哉はうまく営業できなかったのだと自覚した。


「はぁ、なんで上手く出来ないんだろうなぁ」


 普段、スーパーなどで営業する用に、自宅のアパートで万能包丁の練習は腐る程した。トマトを潰さずに切るだなんて朝飯前と言ってもいいくらいだったのに、大切な大切なテレビでの本番に限って失敗した。 


 そして、そんなに練習した万能包丁でも失敗した亮哉に上司は、新商品の宣伝を命令する。


「最近、ゾンビに対しての法律が変わったのは知っているな!」


 亮哉はそうだったのか!? と呆けた表情をしていると、それを察した上司はため息交じりに説明を加える。


「今の総理がこの前、憲法改正を出しただろ。新聞とまではいかなくてもニュースくらい見ろ! それで、ゾンビになる、もしくはそうなりそうな死体に対しては断頭もしくは脳の破壊については死体損壊罪に問われないというものだ。そこでわが社はどこよりも早く、そのニーズにあった商品作りに取り掛かった。それがこれだ!」


 上司はタブレットを取り出すと、デカデカとその商品の企画書を見せ、まるで自分が先見せんけんめいを持って商品を作り上げたかのように説明する。

 そして、上司はその商品を来週送るから、届いた翌日テレビで紹介するよう無茶ぶりをしてきたのだった。


「いや、クビにされなかっただけありがたいし、またテレビに出させてもらえるのは嬉しいんだけど……。上手く出来るかなぁ?」


 亮哉の頭にはいつもテレビで活躍している先輩の姿が浮かんだ。

 きっと先輩ならばこの新商品でも上手く営業するんだろうなという考えが頭を支配する。

 慌てて頭を振るがその不安が消えることはなかった。


 仕方なく、亮哉は改めて上司から送られたデータに目を落とした。


『ゾンビをカット! 断頭ギロチンカッター!!』


 という商品名がでかでかと踊る。


 企画書の説明によると、最近起きたコンビニでのゾンビ事件から、不意の急死に対する懸念が高まってきているそうで、多くはすぐにゾンビ化はしないし、交通事故などなら四肢の損傷から仮にゾンビ化してもそこまでの危機はなく警察の到着を待てばいい。脳梗塞などでの急死は脳の損傷のためゾンビ化しない。しかし、それ以外の急死や自殺、殺人などの予見できないものもある。


 病院へ行ければ問題ないかもしれないが、すぐに行けない状況というのもあるし、コンビニの件みたいにすぐゾンビ化する可能性もある。

 そういった不安を払拭するために考案されたのが、本商品。


 実物が届くまでデータだけで想像し、狭いアパートでリハーサルを行ったが、いまいちしっくりこないなと自覚していた。

 不安がうずまく中、収録前日になり、とうとうアパートに実物が届いたのだが、


「で、デカイ……」


 1メートル四方は優にある大きな段ボール。付属品なども多く、亮哉の狭いアパートでは開けるのがはばかられた。そこで電車で40分の位置にある実家に2か月ぶりに顔を出して、商品を開けさせてもらうことにした。


 電車での移動中、最近話題のネット小説、『ワタシと僕と紫の花言葉恋の芽生え』を読み時間を潰す。

 

 電車から降りると、少し田舎チックな風景が広がるのだが、たかだか2か月ぶりなので特に懐かしさも感慨深さもなく亮哉はもくもくと家路へ着いた。


「ただいま~。ちょっと仕事の荷物広げさせて」


 家の鍵は掛かっていなかったから不在ということはないだろうが、実家からは誰の声も返ってこなかった。


「ん? おかしいな。鍵の掛け忘れか? お~い。母さん。いないの?」


 亮哉は声をかけながら無遠慮に入っていく。

 いつも通りの中流階級の家。

 玄関には謎の置物に、籐の小物入れ。クツもしっかりと揃っている。

 そのまま廊下をすたすたと歩いていくと、扉の隙間から居間の電気すら点いていないことが垣間見える。


「こりゃ、本格的に鍵の掛け忘れだな。母さんも父さんももう還暦近いからな」


 そう独り言を呟きながら居間へとつづく扉を開けると、亮哉はギョっとした。


「と、父さん。居たの? 居るなら返事くらいしてよ。それに電気も点けないで」


 壁にかかる電気のリモコンのスイッチを押すと室内に煌々こうこうと明かりが灯る。

 大きな商品を置きながら、「母さんは?」と声をかけるが、父親はなんの反応もなく、抜け殻のように一点を見つめている。


「えっ、父さん、本当にどうしたの? も、もしかして」


 普段は快活な父がここまでぼぉーとしている理由は亮哉には1つしか思い浮かばなかった。


『認知症』


 そう頭をよぎった亮哉は急いで母親へ電話をかける。

 母はこの事態を把握しているのか、そして受診なりなんなりの対応策は講じたのか?

 それらを一刻も早く聞き出そうとしての行動だったのだが。


 ――ピロリロピロッロ。ピロリロピロッロ。  


 なぜか寝室の方から母親のスマホの着信音が聞こえてくる。


「母さん、寝てるの? もしかして具合が悪いとか?」


 寝室の扉を開けると、そこには確かにベッドに横たわる母親の姿があった。

 具合が悪いのなら起こすのも可哀想かなと亮哉は考えたが、すぐに、父さんがあんな状態ならば病院までの足にも苦労するだろうから、自分が動ける今、声を掛けなくてはと思い直した。


「母さん?」


 どれだけ呼びかけても返事がない。

 それどころか、何の反応もないように見える。


「か、母さんっ!!」


 布団を剥ぎ取り、呼吸を確認する。


「……死、死んでる?」


 胸部の動きも見られず、息を引き取っているかに見える。

 亮哉は震える手で、首元に手を当てて見様見真似みようみまねで脈を探った。

 初めて行う行為に果たして正しいのか自信はなかったけれども、脈なんて探せなくても、その手に触れる、とても生き物とは思えないほど冷めた体温。強張った首筋。

 生物として認識できず、本能でも知能でも、母親の死を悟った。


「死、死んでから、どれくらい経ったんだ?」


 ここ最近、常にゾンビのことを考え、ゾンビ関連の商品を受け取ったこともあり、亮哉の頭にはまずゾンビが浮かんだ。


「と、父さん。母さんはいつ死んだんだ!」


 半分問い詰めるような語気になりながら、質問をするが、やはり父親はぼぉーっとしていてまるで生気がない。

 先ほどまでは認知症を心配していたが、今なら理由が分かる。


「父さん……、母さんのこと大好きだったもんな」


 亮哉は死後どれだけ経過したのか分からない状況。いつゾンビ化するのか?

 不安に押しつぶされそうになり、今すぐに逃げだし警察やレスキューに駆け込みたかったが、父親を見捨てる訳にはいかない。

 その使命感から、気がついたら、『断頭ギロチンカッター!!』を箱から出していた。


 大きく場所を取る付属パーツは、急なゾンビ化対策に死体を押さえつける手枷、足枷、首枷だった。

 それに地面を傷つけないような鉄板。その鉄板の端はクリップ式になっており、市販の吸水シートが挟めるようになっている。

 箱の中には初回分として吸水シートが1枚ついていた。

 さらには血液飛び散り防止のビニールシート。

 そしてメインのギロチンだ。

 全長60センチはあるギロチンは、刃の部分は切断のしやすさと手入れのしやすさからダマスカス鋼が使用されており、独特の波を打ったような文様が怪しい雰囲気をまとう。


 亮哉は早速、拘束具を取り付け、安全を確保してから母親の死体の下に吸水シートつきの鉄板を入れ込む。

 そしてギロチンをセットし、ビニールシートをかぶせた。


「ふぅぅ~」


 一回、深呼吸を深く行う。

 ギロチンの刃を覆うカバーを取り、本体の安全弁|ルビを入力…《ストッパー》を外す。

 処刑に使われるような大掛かりなギロチンではないので、自身の体重を思いっきり掛けて切断しなくてはならない。


「ふぅ~」


 もう一度深呼吸。


 そして――。


 ダンッ!!

 


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