再会で再開?-5 ミーコ
あたしは、敵に止めを刺さんと絞り出せるだけの妖気を四肢に集め、次の行動へと備える。
後のことは考えていない。呪火を絞り出した段階で、自分の身体に何が起こっているのかは理解していた。
あたしは……もうダメね……
妖気を封じられた状態で、無理矢理呪火を絞り出すときに、足りない妖気をあたしは無意識の内に『命』で補ったのだろう。
しかし不思議と恐怖は無い。むしろあたしの中にあるこの感情は……歓喜……。
遠くであたしの名を呼ぶ裕太の声が聞こえる。
「ごめん……裕太……」
ごめん……あたしはもう……あたしはもう自分自身への憎しみを止めることが出来ないよ……。
そうなのだ……。
あたしは化け物である自分に……無限に近い寿命を持つ妖怪の身体に、既に憎しみすら抱くようになってしまっていた。
化け物である以上避けられない現実。戦いで命を落とさない限り確実に裕太の方が先に逝っていまうと言うこの現実。
あたしには、もうそれが耐えられない!
自分が半分とはいえ妖怪である限り、裕太と共に刻んでいける『刻』はない。あたしにはその資格がないのだ……。
妖怪であるが故に!!
普段は裕太といることの幸せの方が勝っていて表に出てくることの無かったこの自分自身への憎悪が、命の瀬戸際に立たされたことで溢れ出てしまっていた。
それ故の歓喜。
そして潜在的にあたしの中にあった死ぬ事への憧れ。
『せめて、あたしは裕太よりも先に死にたい……』
その想いが自分への憎悪を加速させる。
だけど……ただでは死なない!
死ぬなら少しでも裕太の負担を軽くして死んでやる!!
「!!!!!」
あたしはためていた力を一気に解放して雪女に向かって猛然と飛びかかる!
もう技や術を繰り出す余裕などないあたしに残された攻撃方法は一つだけ。
特攻してこの拳を叩き込む!!
「喰らいなさい!!」
あたしは呪火を身に纏い、獣のように四肢で大地を蹴って雪女への特攻を敢行する。
「ニャァァァァァ!!」
アストラルデーモンの魔力で強化された氷壁に遮られ、あたしの拳は雪女に届かない。
でも……
「ニギャァァァァァ!」
右でダメなら左の拳だ!!
呪火が一気に噴き上がり、氷壁と一緒に雪女も吹き飛ばす。
しかし雪女も……いや、この場合憑依しているアストラルデーモンも、デーモンの名を冠するだけあって生命力は並じゃない。あたしの決死の特攻を、吹き飛ばされながらも何とか直撃は避けている。
一度でダメなら二度! それがダメでも倒すまで何度でもやってやる! この命と引き替えに!! 絶対裕太には手出しせない!!
あたしは、再度大地を蹴った……が、その突進を無謀にも遮る一つの影。
「っ!! ダメぇぇぇぇぇ!!」
あたしはあわてて急ブレーキをかける。しかし、疲弊したあたしの四肢では完全に止まることなど出来る筈がない。
「ニャギィィィ!」
「ウベシッ……」
そしてあたしは人影……つまりは裕太と激突してしまった。
体当たりを受け止めた裕太は、激突する際の衝撃を上手く逸らしながら、こっちのブレーキが幾分か効いていたこともあって何とか突進を無傷で止めることに成功する。
でも……それだけじゃダメ!
「逃げて裕太! 体当たりを止めても呪火は消えない! あたしじゃもう制御できないの!!」
立ちこめる肉が焼け焦げる匂い……呪火が裕太を焼いてるんだ! 今はまだ裕太の護符が効いてるから何とかなってるけど、そう長くは保たないわ!
「早く……逃げて!!」
なんとか呪火を制御しようと全精力を傾けながらあたしはそう口を開く。
「うる……さい……」
「あたしのことはもういいから!」
「だまれ……」
「あたしはどう考えてももう無理! せめて裕太だけでも……」
「だから黙れって言ってるだろ! 呪火は俺が何とかするからミーコさんはさっさと獣人化を解けって!」
「この傷じゃもう助からないって言ってんのよ! だからせめてあいつを道連れに……」
「違うだろ!」
「何がよ!!」
「傷や呪火云々じゃない……ミーコさん自身が生きることを諦めてる事が問題なんだよ! 誰がそんなこと許した!!」
「っ!! もういいのよ……あたしは妖怪であなたは人間……あたしのことは放っておいて裕太は裕太の
「やっぱりそんな事考えて……いいか聞け! ミーコさんは俺の女で俺はミーコさんの男だ!! 人間だとか妖怪だとか、んな事この際どうでもいいんだよ!!」
「どうでもよくない! あたしはこの先、あなたが先に死んじゃうことの恐怖に耐え続けられるほど強くない!!」
「アホか! 極端なんだよ! 今すぐ死ななくてもまだまだ先の話でいいだろう!!」
「アホって何よ! あたしは今まで……」
「アホ! アホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアホアフォォォォォ!!」
「アホって言うなぁぁぁぁぁ!!」
「あ、やべ……そろそろ限界……」
こめかみに汗を垂らして目を反転させかける裕太。
「ちょ、ちょちょちょっとタンマぁぁぁぁぁ!」
焦ったあたしはなんとか裕太を引き剥がそうともがくが、あたしにはもう既にそれが出来るほどの体力も残っていない。
「ダメ……ダメ裕太! 寝るなぁぁぁぁぁ!!」
耳元で叫ぶが、実はそれすら重労働になりつつある。
「……ま、いいか……」
突然我に返ったように裕太そんな事を口走る。
「はぁ?!」
「いや、だからここで死ぬのもまぁいいかって。ミーコさんと一緒ならそれもありかなって」
な、何を言い出すんだこの男は! 今までの前振りは一体何だったんだぁぁぁぁぁ!!
「あんたあたしに『生きるのを諦めるな』って言いに来たんじゃなかったの?! あんたまで一緒に諦めてどうすんのよぉぉぉぉぉ!!」
「いや、もう無理そうだし。どうせ死ぬならミーコさんと一緒の方がいいし」
「この……この根性なしがぁぁぁぁぁ!! 何とかするって言ったのはあんたでしょうがぁぁぁぁぁ!!」
突然あたしの両肩を掴んで裕太はがばっと身を離すと、あたしの目をじっと見つめてまたとんでもないことを言い放った。
「ミーコさん……一緒に死のう?」
「アアアアアアホかいあんたは! あんたが死んでどうする?! 裕太は死んじゃダメなの! 裕太は生きなきゃダメなの! 裕太が死ぬなんてこのあたしが許さないんだからぁぁぁぁぁ!!」
そしてあたしの中で何かが弾け、急速に呪火が治まっていく。
それに伴ってあたしの姿は見る見る内に元の半妖の姿へと戻っていった。
その最中、ふと見上げると、優しく微笑みかけてくれている裕太の顔。
しまった……まただまされた。
そう思ったけど決して悪い気はしない。我ながら単純な女だと思う。
元の姿に戻ったあたしの身体を裕太が優しく地面に寝かせてくれる。さすがにこの一連の出来事に疲弊したであろう身体を持て余した裕太は、隣に大の字になって大きく息を吐いた。
無意識だろうか、軽く触れたあたしの右手を、裕太が左手でギュッと握ってくれた。裕太の左側はあたしだけの特等席なのだ。
あたしの視線を感じたのか、裕太はこちらに視線をくべるとニヤリと笑みを浮かべて肩を竦めた。
「バカ……」
いつものように悪態を吐こうとしたけれど、自然と頬が緩んでいくのを自覚して顔が熱い。
裕太にクスリと笑われてしまった。だけど裕太は直ぐに、何かを思い出したかのように表情を改め、開いた天井を見上げながら口を開いた。
「一つだけ言っとく」
「……うん……」
「あんまり心配かけないでくれる?」
「……うん……ありがとう………」
裕太の言葉であたしの心の奥底がポワッと温かくなる。
素直に嬉しい。
他にも言いたい事が有りそうだったけど、裕太は苦笑を浮かべて口を噤んでくれた。
しかし裕太は、直にそれを引っ込めてキリッと表情を改めると、疲弊した身体に鞭打って起きあがり、あたしの傷の具合を確かめはじめた。
……やっぱり……まずい状態だよね……
傷は全身至る所に点在し、内臓にまで至っている。正直生きているのが不思議なくらいの致命傷なのだ。
一刻の猶予もないことを悟った裕太は、無言で回復の術式を立ち上げる。
呪符を貼り付けた結界針を投げ放って作った裕太特製、即席回復術式魔方陣だ。
「符よ……汝は全ての命の源たる、母なる大地の御使いなり……集精陣」
この術は、確か大地の精霊の精(気のようなもの)を集めて、自己回復能力を極限まで高める回復系の符呪魔術の一つな筈だ。裕太が扱える他の術だと、受け手の霊気や妖気を回復力に還元する術が多かったので、裕太が持ってる術の中では唯一今の状況に見合った術な筈なんだけど……。
「くそっ……これでもだめかなのか……」
回復が遅々として進まない。既に自己回復能力そのものが壊れかけているんだ……。
でも今はこの術でなんとかするしか
治癒に関わる術式は、裕太との相性が悪すぎて後回しにしちゃってたって前に言ってたし。
するとその時、突如として黒い靄が凄まじく濃い瘴気を放ちながらあたし達を……と言うより、どう見てもこのあたしを取り囲んだ。
「逃げなさい猫女! 『アイツ』の本当の狙いは貴女よ!!」
響いてきた声に驚き視線を向けると、さっきまであたしと凌ぎを削っていた雪女が、苦痛に顔を歪めながらもこちらに注意を促していた。よく見ると、魔族であることを示す紅い瞳が、雪女本来のものであるサファイアを思わせる蒼い瞳に戻っている。
そんな雪女の呼びかけを合図にしたかのように、周囲を取り囲んでいた黒靄が一気にあたしの元へと収束してくる。
「くっ!」
裕太は慌てて呪符を構えるがその瞬間、ふと何かを思い付いたかのようにピタリと動きを止める。
同時にあたしも天啓のように1つの思惑が脳裏をよぎり、あたし達二人はハッとお互い見つめ合った。思い至ったアイデアはきっと同じものな筈だ。
裕太はとっさにカモフラージュのためだと思われる呪符を黒靄に向かって投げつける。思惑通りそれはあっさり弾かれた。
すると急速に『あたしの中』へと入り込んでくる黒靄。
「ウグッ……ニギャァァァァァ!!」
激しい苦痛が全身を駆け巡り、脂汗が頬を伝う。
裕太はそれを、唖然とした表情を装って見つめているのだった。
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