第31話 和歌山毒物カレー事件
先日真犯人に関する新証拠を提出し、再審請求がなされたという報道を見たので、今後に注視しつつこの事件を振り返ってみたい。
ご遺族の方たちには衷心より哀悼の意を表したいと思う。
が、管理人の心証としてこの事件は早い段階から違和感を覚えていた。
管理人は作家として、作品のなかで犯罪を計画するとき、疑われないためにはどうするか考えるものだが、数々の詐欺事件を成功させた林眞須美被告にしてはあまりに刹那的で杜撰な犯行であったからである。
果たして読者の皆様はいかがお思いであろうか。
1998年7月25日夕刻。和歌山県和歌山市の園部地区で行われた夏祭りで、事件は発生した。
地区で行われた夏祭りにおいて提供されたカレーライスに毒物が混入され、カレーを食べた67人が急性ヒ素中毒になり、うち4人が死亡したのである。
毒物については当初、死亡した自治会長Aの遺体を和歌山県立医科大学において司法解剖した結果、心臓の血液や胃の内容物から青酸化合物が検出されたため、死因を青酸化合物中毒と判断。
また、事件発生直後の鑑定では、青酸化合物を使った農薬などの二次製品に含まれる他の物質は検出されなかったため、県警は混入された毒物を「純粋な青酸化合物」に絞り、県外も含めて盗難・紛失事件がなかったか否かを捜査していた一方、ヒ素など他の毒物の検査は行っていなかった。
しかし、A以外の死者3人の遺体からは青酸化合物は検出されなかった一方、Aの胃の内容物や、Bの吐瀉物、Cの食べ残しカレーからそれぞれヒ素が検出され、8月2日には捜査本部が「食べ残しのカレーからヒ素が検出された」と発表。
同月6日には「混入されたヒ素は、亜ヒ酸またはその化合物」と発表された。
これを受け、捜査本部から「死因はヒ素中毒だった疑いがある」と報告を受けた警察庁科学警察研究所が新たに鑑定を実施した結果、4人の心臓および自治会長以外の3人の心臓から採取した血液から、それぞれヒ素が検出された。
これを受け、捜査本部は10月5日、4人の死因を当初の「青酸中毒(およびその疑い)」から「ヒ素中毒」に変更した。
当たり前だが青酸化合物と亜ヒ酸は全く違う毒物である。
和歌山県立医科大学で検出されたという青酸化合物は、この後容疑者となる林眞須美被告の家では発見されていない。
また青酸化合物の入手経路などについて、その後の裁判は一切追及していない。
亜ヒ酸があったんだからいいじゃないかと言わんばかりの捜査なのである。
さらに林眞須美被告が保険詐欺を行っていたことが明るみになると報道は過熱。
当時の報道番組は彼女の逮捕がいつになるか、で24時間報道陣が詰めかけそのごみが社会問題化したほどであった。
結局彼女は逮捕されるわけであるが、裁判で争われた証拠があまりに心証に左右されすぎており、自白も一切なく、状況証拠しかない。
それでもなお2002年12月11日に開かれた第一審判決公判で和歌山地裁は被告人・林の殺意とヒ素混入を認めた上で「4人もの命が奪われた結果はあまりにも重大で、遺族の悲痛なまでの叫びを胸に刻むべきだ」と断罪し、検察側の求刑通り被告人・林に死刑判決を言い渡した。
疑問点1
カレーに混入された亜ヒ酸と林眞須美被告宅で発見された亜ヒ酸が同一であった。
→そもそも市販されている殺虫剤であり、付近住民のなかにも同一の殺虫剤を所持している人間は二十人以上いた。
さらに厳重な家宅捜索が行われたにも関わらず、3日目になってようやく発見されている。
林夫妻や子供たちはこのプラ容器に見覚えはないと証言している。
疑問点2
林眞須美被告が午後0時20分から午後1時までの間、1人でカレーを見張っており、カレー鍋に亜ヒ酸を混入する機会があった。
→林眞須美被告はずっと次女と一緒であった。
実際に、次女もずっと一緒だったと証言している。
林眞須美と見張りをバトンタッチした女性も、次女と林眞須美がガレージの中で一緒に並んで座って話をしていたと証言。
近所に住む女子高生は「午後0時から午後1時にかけて白いTシャツを着て首にタオルを巻き、髪の長い女性が1人でカレー鍋の周りを歩き回り西鍋の蓋を開けた。そして、その女性は林眞須美であった」と証言している。
しかし、林眞須美被告が着ていたのは黒のTシャツで首にタオルを巻いておらず髪も長くない。
にもかかわらず女子高生が見た鍋の蓋を開けた人物は林眞須美被告と認定された。
疑問点3
他の時間帯において、他の者が亜ヒ酸を混入する機会がなかった。
→原審判決は、林眞須美の場合以外はすべて複数の者がカレー鍋を監視していたことを理由に、林眞須美が監視していた時間帯以外に毒物を混入する機会はなかったとしている。
すなわち、人が複数いたから混入は不可能というわけだ。
カレー鍋は午後3時にガレージから会場に運ばれた。
そこでは夏祭りの準備が行われており、多数の人が出入りしていた。
そして午後5時からは蓋が取り払われ再度加熱されて入れ代わり立ち代わりがあり、木のしゃもじで1時間余りにわたってかき混ぜられた。
祭りの準備で忙しい最中、人が複数いたから毒を混入することは不可能とはあまりに短絡的ではないだろうか。
衆人環視のなか、堂々と行われた犯罪は星の数ほどある。
例えば制服を着て店の品物を持ち出す窃盗犯などはよい例であり、女性を酔わすために一時期流行した目薬を酒に混入するなどの犯罪も決して一人きりの現場で行われたものではあるまい。
疑問点4
そもそも林真須美被告には、動機が無い。
近所とのトラブルがあった、というが無差別殺人の動機がその程度で納得できるだろうか。
まして林真須美被告の次女はカレーを味見しているのである。
疑問点5
2012年、カレー事件を捜査していた和歌山県警科捜研主任研究員が、他の事件で証拠を捏造したとして証拠捏造、有印公文書偽造および行使容疑で書類送検されたことが判明した。
証拠を捏造した研究員が鑑定していたのである。
疑問点6
これは管理人の完全な心証になる。
一般に知能犯罪と言われる詐欺などの犯罪者は、自分がどうやったら疑われずに済むか考えている。
捕まってしまってはせっかく手に入れた金も意味がないからだ。
もちろん、ミスを犯して捕まってしまう犯人は多く、林真須美被告が無謬だとも思わない。
だが一人でカレーの見張りをしていた彼女が、はたしてそのカレーに毒物を混入するだろうか。
自分が疑われるのがわかっていて。
彼女が保険金詐欺で数億円を手にした犯罪者であり、モラルが不足していることは否定しない。
信ぴょう性はともかく、林死刑囚の夫・林健治によれば、逮捕された際捜査員より「眞須美はオトせない!頼むから眞須美にヒ素を飲まされたと書いてくれ!書いてくれたらあんたを八王子の医療刑務所に入れるようにしてやる」と言われたという。
彼女は無罪だ! と言うほどの確信はないが、本来疑わしきは被告の利益というのが日本の裁判の基本スタンスであるはずである。
そのためどうしても死刑判決には違和感を覚えてしまうのだ。
今後提出されるという新証拠の結論を待ちたい。
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