第35話 それまでの私

 



 石白駅から山に向かって走ること車で15分。自転車だと40分ぐらい。

 立ち上る湯気と硫黄の匂いに、見渡す限りの自然。そんな田舎の温泉地鶴湯が私の地元。


 そんな温泉地だからこそ、町内に住む人のほとんどが何かしらのサービス業に従事していて、それは私の家も例外じゃなかった。

 宮原旅館……それが私の家。


 お爺ちゃんにお婆ちゃん。お父さんにお母さんにお兄ちゃん。そして年の離れた妹。そんな家族と、昔から旅館で働いてるおばさん達に囲まれた我が家。

 その毎日はかなり騒々しいけど、みんな明るくて元気だから楽しいんだ。まぁ小さい頃からそんな環境だった私にとって、それが世間一般的な家庭だと思ってたけどね? 

 保育園入った辺りで、他の友達の家と違うって気付いた時には、なんか嫌で泣き散らしたこともあったなぁ。皆にはいいなぁ旅館なんて言われたけど……まっ、そんな反抗期も2、3日でどっか行っちゃったっけ。


 今思えば、その頃には今の私の原型が出来上がりつつあったのかもしれない。だって毎日旅館には色んな人が来るんだよ? 口ずさむ都会の話や海外の話。色んな場所の話が楽しくて楽しくて、お兄ちゃんと一緒に手当たり次第に聞いてたら、人と話すのに躊躇するなぁんてこととは無縁になっちゃった。


 おかげさまでこんな性格の出来上がり。小学校入ってからは友達も増えてさ? それがたまらなく嬉しくて、純粋に学校が好きだった。笑い合える友達が好きだった。毎日笑顔が見たくて仕方なくて、みんなにあだ名なんて付けちゃって……そしたら完全に今の私完成だよね?


 それにその頃かな? バスケを始めたのも。元々お兄ちゃんがやってたからなんだけど、その流れでミニバス入って、その楽しさに惹かれちゃった。人数はギリギリで、男子のミニバス部はなくなっちゃったけど、それでもみんなでやる練習は楽しかった。


 あっそういえば、海が居た小学校と距離はそこそこ近かったけど、私のところは男子のミニバス。海のところは女子のミニバスがなくって、練習試合とかしたことなかったんだ。けど1回だけ地区大会で偶然海達が試合やってるのを見たっけ。


 印象に残ったのは、ひと際声出して素早いドリブルから何度もシュートを決めるキャプテンの4番。名前は分からなかったけど、私も足の速さとかドリブルには自信あったからさ、その姿見た瞬間燃えちゃったよね? 同じ中学に入るのは知ってたから尚更。

 そして中学に入学して、教室入った瞬間に遭遇したんだよ。そのキャプテンにね? それが海だった。 

 ふふっ、話し掛けた時の反応は面白かったなぁ。 


『もしかして森白小のミニバス部でキャプテンやってた?』

『えっ! あっ、あぁ……』


 まぁ名前も知らない人にいきなり声掛けられたら、誰だってそうなるよね? でも、結構焦ってて面白かったよ。まっ、それから同じバスケ部に入って自然と仲良くなっていったんだけどね。


 あと、叶ちゃんとは1年生の時隣の席だったっけ。綺麗な顔で、可愛くてキラキラしてて……


『私宮原湯花。よろしくね?』

『私は皆木叶。こちらこそよろしくね?』


 あの笑顔は、女の私でも好きになっちゃいそうなくらいの破壊力だったね。しかもそんな容姿にもかかわらずノリも良くて、仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。


 海とは部活のライバルとして、叶ちゃんとは友達として仲良くなった私。だからこそ、2人の関係に気付かない訳がなかった。2人で話している時の幸せそうな表情や、一緒に登下校する姿。誰もが認めるように……お似合いだったよ。


 そしてあっと言う間に3年生になって、私と海はバスケ部のキャプテンを任された。その頃には、もはや普通に冗談言い合える仲になってたよね。嫌な顔しつつも、なんだかんだでしっかりツッコんでくれる海とのやり取りは楽しかったぁ。


 叶ちゃんはより一層綺麗になってたけど、海のことあだ名で呼んでも良いって言ってくれたり、変わらず仲良くしてくれてさ? 学校も部活もめちゃくちゃ充実してたんだ。


 だからこそ、最後の大会で負けた瞬間は悲しくて悔しくてボロボロ泣いちゃった。

 卒業式でも、みんなと離れちゃうって泣いちゃった。


 でも、海は違った。

 最後の試合で負けても、泣いてるみんなの肩叩いて声掛けて……笑ってた。

 卒業式でも、


『絶対大会で戦おうな? 約束だぞ?』


 って、みんなに笑ってた。


 言われてみれば、海が悲しい顔してたり、泣いたところ見たことなんてない。キツイ練習の時も、常に声出してみんなを鼓舞し続けてたし。


 そんな姿が羨ましくて、何度そんな風になりたいって思ったかな? 知らず知らずの内に私は……海に憧れを抱いていたんだ。


 だから、同じ黒前高校に進学するって聞いて嬉しかった。今度こそ海に追い付いてみせるって気合いしかなかったし、高校でもあんなやり取りができると思うと楽しみで仕方なかったよ。 

 叶ちゃんは看護師になりたいって夢の為に、専攻科のある聖涼女子を選んだけど、


『高校は違ってもすぐ近くにいるようなものだよ? 絶対遊ぼうね?』


 そう言ってくれたおかげか、そこまで悲しくなることはなかったっけ。だから、


『うん。叶ちゃんも看護師の夢に向かって頑張って、私も全国行けるように頑張る!』


 叶ちゃんとは笑顔でお別れできた。


 そして4月、入学式を終えた翌日。

 これから3年間続く列車での通学、新しい高校生活に気合十分な部活動。その全てが楽しみだった。


【湯花ちゃんおはよう。湯花ちゃんなら心配ご無用って安心なんだけど、海どんな様子かな?】


 朝早く送られてきた叶ちゃんのストメに、どんだけ朝からラブラブなんだよー。リア充めっ! なんてニヤニヤして、心も弾んでワクワクしてたんだ。そう、



 あんな海の姿を……



 目にするまでは。



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