第34話 季節外れの五分咲き
ただいまの時刻は午後5時。場所は
「いやぁ、海君もっと食いなぁ!」
「いやいや町会長さんこそもっと飲んでくださいよぉ」
「山さん? お酒控えてって言われてたんじゃないの?」
「まぁまぁ湯花、今日は特別特別」
「もう、お父さんもお父さんだよ」
俺は鶴湯町会の皆さんとワイワイガヤガヤしていた。
いやぁ、なんだろう? 昔からの知り合いのように話が弾むんだけど? むしろ一昨日の時点で結構馴染めてたし……そういう雰囲気作るのが得意なんだろうか? この町会の方々は。
「お疲れー」
そんな時、俺達の前に現れたスラっとした人影と透き通るような声。
ん?
思わずその方向へ視線を向けると、そこに居たのは、
「うおっ、なに海君。めちゃくちゃ馴染んでるじゃん」
湯花のお兄さんである透也さんだった。
「あっ、透也さん。お疲れ様です」
「お疲れ、大丈夫か? 親父達に無理矢理付き合わされてない? って、親父その空き缶は何だよー飲み過ぎだぞ? あっ! 山さんまで! お酒控えろって奥さんに言われてるじゃないですか!」
「ん? 何のかなぁ?」
「何言ってんだよ。兄妹で同じ言いやがって、こんなの飲んだうちにはいらねぇよ」
「ダメだよお兄ちゃん。こうなったら放置しかないよ」
「はぁ……」
「ふふふっ」
ん? 笑い声?
その時不意に聞こえた笑い声。でもぶっちゃけそれがどこから聞こえて来たのかはサッパリ分からなかった。けど、
「真白さんも何か言って下さいよー?」
真白さんって名前を湯花が言った瞬間、その人は透也さんの後ろからすっと姿を現す。正直湯花達とどんな関係なのかは知らなかったけど……1つだけハッキリしてることがあった。
なっ、何だこの人! めちゃくちゃ美人っ!
嘘だろ? 強いて言うなら水森さんの大人っぽい雰囲気+間野さんのおっぱいを足したような人じゃないか!
「君が海君かぁ。初めまして、
「はっ、初めまして」
しかも喋り方と声は日南先輩みたいな癒し系! それでいて綺麗な黒髪ロングって……嘘だろ? こんな外見パーフェクトな人間がこの世に存在しているなんて、信じられないぞ?
「なかなかのイケメン君だね」
いっ、イケメン? いやぁお世辞でも桃野さんみたいな人に言われると、良い気分になるよ。
「いっ、いやぁそんなことないですよぉ」
「ふふふっ」
……なんでお前がそんなこと言うんだ湯花?
「海? 私かき氷食べたくなっちゃった。ついて来て?」
「えっ?」
はい?
何もこのタイミングで、しかも俺を連れていく必要はないのに、湯花はそう言うと俺の手を引っ張って行く。
「おっ、おい。わかったからそんなに急ぐなって」
そんな急な行動に、俺もとりあえず従うしかなくて……慌てるようについて行った。
ったく、借りた足袋履いてなきゃヤバかったぞ? それにしてもいきなりかき氷? 我慢でもしてたのか?
なんてことを考えていると、しばらくして突然湯花は歩くのを止め、
「海ごめんね? いきなり連れ出しちゃって。なんかあんまりお父さん達に付き合わせちゃって、そろそろ迷惑かなって思ってさ?」
そう口にしながらこっちを振り向いた。
ん? 確かに結構打ち解けた感じで話はしてたけど、別に大変ではないぞ?
「別に迷惑だとは思ってなかったけど……」
「そう? ほらお父さんも山さんもお酒入るとどんどんしつこくなるからさ?」
「そうなのか? そんな感じには見えなかったけど」
「ふふっ、急にくるんだよぉ?」
まじか? 確かに結構話しやすい感じだったけど、急にくるってあれ以上ってこと? ってなると……助かったのか? にしても、折角のお祭りで俺なんかの為に気を遣わせちゃったのは事実だよな。よし、
「そっか、ありがとう。じゃあお礼にかき氷おごるよ」
「えっ? いっ、いいよぉ」
「まぁまぁ遠慮するなって。俺がおごるなんて言うの滅多にないぞ?」
「そっ、そう? ……じゃあ私も海にかき氷おごってあげる」
「ふっ、なんだよそれ。意味ないじゃんか」
「ふふっ、いいの。私がおごるなんて滅多にないよ?」
なんだよそれ。でもまぁ……本人がいいならいっか。
「じゃあ……おごってもらおうかな?」
「了解。これでおあいこだね?」
それから結局、立ち並ぶ他の出店の誘惑に負けた俺達は……なんだかんだで結構な時間フラフラしてた。
しかも山車に戻ったら、俺の代わりに透也さんが町会長さんや自分のお父さんに絡まれててさ? それを見て笑っている桃野さんに、心底嫌そうな透也さん。その光景が面白くて俺と湯花も他の皆も笑ってたっけ。
そしてそんな良い雰囲気のまま……今年最後の合同運行を迎えた。
――――――――――――
「よっし、お疲れ様ぁ!」
一昨日と同じ町会長さんの言葉。それは今年の合同運行を終える合図でもあった。
ふぅ……今日もあっつ。でも表彰式はやっぱ審査日と違うなぁ。掛け声も沿道の人達をターゲットにしてる感じだったし、終始台車回して山車がグルグルだったし。俺も初めて山車回したけど楽しかったなぁ。あっ、でも湯花のお父さん大丈夫かな? いきなり俺と透也さん呼んで、
『ほら、若いスポーツマン! 今日で終わりなんだからグルグル回して沿道の人達に山車見せてやれ。いいか? 俺についてこい!』
なんて言うもんだから、結構回しちゃったけど……途中でどこか行ったよね? 結構心配なんだけど……湯花に聞いてみるか。
「海ーお疲れ。山車回すのも決まってたね?」
おっと、噂をすれば……
「お疲れ。初めてだったけど良かったかな? それはそうとお父さん大丈夫? 途中でどっか行ったみたいだけど……」
「平気平気。太鼓の山車に座ってたよ。ホント現役スポーツマンの体力に勝てるわけないのにねぇ」
「いやぁ雰囲気に興奮しちゃって、ついつい張り切り過ぎたよ。元気そうなら良かった」
「ふふっ、お兄ちゃんと海に変わってから尋常じゃないくらい回ってたもんね? 沿道の人達も喜んでたよ」
「それは嬉しいな」
とにかく沿道の人達、めぶり祭りを見に来てくれた人達を楽しませる為。審査日との違いはここだよなぁ。
やっぱ「いいぞ」「回して回してー」なんて声聞いたら、応えたくなるもん。本当に楽しかった。
「あっ、海? このあとなんだけど……予定は?」
「ん? 特にはないけど?」
「じゃあさ……一緒に花火見に行かない?」
花火? あっ、表彰終わってから花火大会始まるんだったっけ。すっかり忘れてたよ。結構玉数も多いし綺麗だし……断る理由なんてないな。
「いいね。行こうか」
「本当? 良かった」
「じゃあ、何処で見る? 河川敷の方行くか?」
花火は駅から少し先にある河川敷で打ち上げられる。だからその近辺や橋が絶好の観覧スポットなのは当然だ。
「ふふっ、実はね? 私良い穴場スポット知ってるんだ」
「穴場?」
「うん。そこでも良いかな?」
確かに河川敷とかは見栄えもいいけど、その分人も多くてごちゃごちゃしてる。だったら、今年は湯花のお勧めスポットとやらのお世話になるのも有りかな?
「もちろん。お願いします」
「へぇー確かに穴場だわ」
「でしょ?」
湯花に連れられ、足を止めた場所。そこには人の姿はなく、それでいて河川敷の様子を見下ろすことができる。
「山車待機場所の隣にある更紗公園とは……まさか戻って来るなんて考えもしなかったよ」
「ふふっ。表彰式のゴールは石白駅の近くだから、皆どうしても河川敷の方へ行っちゃうんだよね? けどちょっと戻ってみれば、ここは少し小高いから河川敷も線路も少し見下ろせる。もちろん花火もバッチリなんだ」
「まさに遮るものもないし……絶景だな」
湯花の言う通り、俺達が居る更紗公園の端は少し小高くなっていて、周りには遮れるような高さの建物もない。フェンスに手を置いて眺める先に現れるのは……花火だけ。
ヒュー
そんな話をしていると、聞こえてきた花火の上がる音。
「あっ! きたぁ」
「だな」
そんな声を上げた瞬間、
ドーン!
目の前に広がる綺麗な菊のような形と、赤青黄色とカラフルな光。その大きさとその迫力に思わず、
「すげぇ」
「綺麗……」
そんな言葉が口から零れる。
いやいや湯花、ここヤバいな? 確かに河川敷で見た時より少し小さく見えるけど、花火全体が見れて凄く良い。
「湯花、サンキュ。この場所すげぇわ」
「本当? ……良かった」
そして俺達は、そんな大迫力の花火をただただ見つめていた。
花火かぁ。そういえば去年……てか中学校入ってから、俺はこの光景を……叶と見てたんだよな。河川敷に2人で座って、出店で色々買って……2人で笑ってた。
あぁ、そう考えるとまだ8月入ってないのに結構色々ありすぎじゃない? もちろんその半分以上はあれで決まりだけどさ?
……てか普通だったらめぶり祭りすら見に来なかったかも知れない。しかも花火見に来るなんて絶対無理だったと思うし。
けどなんだかんだで、俺はめぶり祭りに参加してるし、こうやって良い場所で花火を見て……楽しんでる。それに隣に居るのが湯花なんて、去年の俺に言っても絶対信じないぞ? 仲は良かったけど、だからってこういうのを一緒に見るって感じじゃなかったし。
でも、現に今隣で一緒に花火を見てる。そう考えると……不思議だよなぁ。ん? 湯花のやつめちゃくちゃ真剣に見てるじゃん。
「おっ、湯花あれ凄いな」
「次はデカっ!」
「今度は枝垂れみたいだ」
あれ? 反応なし? いやいやいくらなんでも真剣に見過ぎ……
それは突然だった。それまでじっと花火を見ていたはずの湯花が、ゆっくりと俺の方へ顔を向ける。その口元は笑っていて、その表情は今まで見たことがない優しさというか……言い表せない何かを感じる。
そして俺は、いつになく艶やかに見える唇が動くのを、ただただ見ていることしかできなかった。
「ねぇ、海?」
「あなたのことが……好き」
その言葉を耳にした瞬間、心臓が何かで撃たれたかのような衝撃を受ける。途端にドックンドックン波打って、それこそ湯花にさえ聞こえてるんじゃないかってくらいだった。
それに、頭の中では
えっ、いっ今なんて言った? すっ、好き? 好き!? 嘘だろ? 聞き違いだろ? あり得ないあり得ない。とっ、湯花だぞ? 絶対あり得ないってこれは悪戯だ、俺を騙す悪戯だ。そうだろ? そうだろ?
そんなことがグルグル駆け回り、なんて答えて良いのかわからなくて……
「はっ、はは。何言ってんだよ。あり得ないって、湯花が俺のこと好きになるわけないって。だって何もかも普通だし、タイプでもないだろ? それに好きになるようなことなんて1個もしてないし、心当たりもない。絶対ありえないって、ありえ……」
「好きになるのに理由なんて……ないんだよ?」
そう言って、俺を見つめる湯花。
その顔は花火の淡い光に照らされて、見惚れるほどに……
綺麗だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます