第33話 お祭り衣装の破壊力
すっかり夕暮れだって言うのに、外は涼しくなるどころか夏特有のモワっとした雰囲気に包まれる。
いつもなら息苦しくて嫌になるところだけど、今日に限れば全く問題ない。まずは晴れたことを喜ぶべきだし、どうせ祭りが始まれば汗だくになるんだから。
そんな外を眺めながら、俺は早速今日の祭りの準備を始めた。
確か半纏は山車のところで渡すって言ってたよな? じゃあとりあえず笛か?
机の上に置いてある黒い竹笛。湯花に言われてから数年ぶりに袋から出してみたものの、思いのほか綺麗なままで安心したっけ。ちょっと吹いてみたけど、音もちゃんと出たし……何とかなるか。あとは財布持って準備は完了っと、じゃあ湯花に……
【今から家出るよ】
【了解!】
返事早っ! でもこれでバッチリだな? それじゃあ山車の待機場所まで行きますか。
めぶり祭りはどこの町会でも大体1週間程度行われる。期間中は自分の町会はもちろん、近隣の町会を回って、少しばかり気持ちという名の小銭を貰う。この辺りに住んでる人達ならもはや当たり前だし、この時期には玄関に小銭を用意しておくのが風物詩になっている。
そしてその祭り期間の中でも特に盛り上がるのが、審査日と表彰式に行われる2回の合同運行。石白市内の山車が一挙に集まって駅前を練り歩く姿は雄大で、どちらも運行のコースが若干変わるのも面白い。
沿道で見ている人の熱気に、電灯に照らされた山車、そしてそれを引っ張る子ども達に綺麗な音を奏でる囃子組。それが盛り上がらない訳が無い。
久しぶりの参加に心なしかワクワクしていると、視線の先に見えてくる空き地に無数の山車の姿。次々に横切る光景も凄いけど、やっぱりたくさんの山車があるって光景も男心をくすぐられる。
やばいなぁ。今日はゴール地点が家の近くだから歩いて来てるけど……段々と近付いて行くって感じかがして凄いな。久しぶりの参加ってのもあるか? 沿道に集まってる人が多くなってくると、尚のことそう感じるよ。
っと、そんな訳で入り口前に到着したけど……ストメしとこう。
【番号何番?】
えっと、今年は58台だっけ? その順番によって待機してる場所違うんだよなぁ。
ヴーヴー
おっ、返事来た。
【35番だよ。海今どこ?】
【空き地の入り口らへん】
【あっ、私近くに居るから迎えに行くよ】
【本当か? 頼む】
【了解ー!】
迎えに来てくれるって結構ありがたいよな。あくまで知らない町会だし、待機場所行ったところで湯花居なかったら君、誰? 状態で気まずいし……とりあえず湯花待ちますか。
そんな待ち時間を利用して、俺は目の前に並ぶ山車に目を向ける。それこそ、その町会や団体によって作るものの題材や形は自由。そんなめぶり祭りのトップバッターを務めるのは、毎年変わらず市役所。今年は無難に干支である丑を持って来た辺り……なんとも保守的な部分が垣間見える。
なんだかなぁ。去年は確か姉妹都市の特産品だったっけ? もっとこうデカくて格好良いのにしないのかな? 例えば龍とか……
「海っ! お待たせ」
そんな愚痴っぽいことを考えていた時だった、不意に後ろから声が聞こえた。その声は俺も良く知っている声。だからこそ後ろに居る人物も誰なのかは分かる。
ん? この声……意外と早かったなぁ。
そうしてゆっくりと振り返ると、そこに居たのは間違いなくいつも通りの湯花…………じゃなかった。
「来てくれてありがとうね?」
正直、湯花がなんて言ったのかなんて覚えてなんてない。むしろ覚えてろって言う方が無理だと思う。俺が想像していたのは、去年の合同運行で見た時と同じくTシャツ短パンに半纏を羽織った湯花の姿。けど今目の前に居るのは全く別人。
まてまて湯花、それは色々とヤバイ、その格好はヤバイ。なんですかその……サラシ1枚の格好はっ!
半纏を羽織っているとはいえ、胸から上は丸見え。それに初めて見る鎖骨のラインはとても綺麗だし、その姿全体がいつもとは違う湯花の雰囲気を漂わせている。しかもその白い短パンも短かっ!
うっわぁ、色々と目のやり場に……困るんですけどぉ?
「ん? どしたの海? あっ、高校生になったからサラシ解禁になったんだよ? どうかな?」
どうかなって……そんなストレートに感想聞かないでくれよ。どう答えて良いか分からんぞ!
「そっ、そうなのか。去年はTシャツだったもんな?」
「そうなんだよぉ、お父さんが許してくれなくてさ……もしかして変?」
いや変じゃない変じゃない。っと、良いか海? 落ち着け落ち着け。これは祭りの衣装。一種の祭りの衣装なんだ、決していやらしくない。正装。心を落ち着かせて、良く見て……そしてちゃんと答えよう。
「にっ、似合ってるよ」
「本当!? 良かったぁ」
あぁなんか、この衣装でそんな無邪気に笑われると……お祭り補正かな? その……やっぱいつもより女の子っぽく見える。
「ん? 何か言った?」
「いっ、言ってないよっ!」
そんな動揺する気持ちを抑えながら、俺は湯花に連れられて山車の待機場所へと案内される。しかし後ろ姿とはいえ、顔を上げればうなじが、俯けば真っ白な太もも。その祭りの格好と雰囲気にどうにもこうにもいかずにいた。
とはいえ、到着するや否や湯花のお父さんや町会長さんにめちゃくちゃ歓迎されたのは嬉しかった。挨拶を済ませると、焼きそばやおでんにジュースをこれでもかと手渡され、
「海君よく来たなぁ、食え食え!」
「湯花と一緒にバスケやってるんだって? だったらもっと食わないと体力つかないぞ?」
「こっ、こんなには無理ですって!」
同じバスケ部ってことで、湯花のお父さんとは顔見知りだし、話もしたことはある。ただ、他の町会の方達の様子は正直気になっていたけど……皆気さくな人達ばかりで、そんな雰囲気に少し身構えていた緊張も次第になくなっていた。そして、
ドーン、ドーン、ドーン
空に響く花火の音。それを合図に……めぶり祭りは幕を開けた。
ところどころから聞こえる囃子の音に、沿道で見て居る人たちの拍手と歓声。そんな一面の光景を見ながら吹く笛は、やっぱり最高だ。その熱気に額からは汗が零れたけど、その汗ですら気持ちいい。隣では湯花が笛を吹いてて、たまに目が合うと笑みを浮かべたり。最初は一緒に笛を吹いているなんて、なんかちょっと変な感じだったけど、時間が経てばそれも当たり前のような感覚になって……ただただ楽しかった。
――――――――――――
「はい、お疲れー」
そんな町会長さんの声を合図に、俺達囃子組は演奏を止める。時間にして約1時間。長いようだけど、終わってしまえばそれはあっと言う間だった。
ふぅ……あっつ。汗はダラダラでTシャツもびしょびしょ。けど……めちゃくちゃ楽しかったぁ。
「海、お疲れ様」
「あぁお疲れ」
「いやぁ暑かったね? 体調とかは大丈夫?」
「現役バスケ部舐めんでくれよ」
「ははっ、ごめんごめん」
そういっていつもの笑顔を見せる湯花。でも、そのいつもの表情も祭りの衣装と雰囲気でやっぱりどこか違って見える。
汗かいてる姿とか、部活で見てるはずなのになんだ? 鎖骨辺りに流れる汗とか妙に……色っぽい? はっ! 何考えてんだ俺!
「ねぇ海?」
「なっ、なんだ?」
うおっ、あぶねぇ。変なとこ見てたってバレてないよな?
「楽しかったかな?」
楽しかったかぁ……そんなの言うまでもないよ。
「めちゃくちゃ楽しかった」
「喜んでもらえて……嬉しい」
「ありがとな湯花。誘ってくれて」
「全然だよぉ。あっ、じゃあさ? もしよかったら、明後日の表彰式の時もまた……参加しない?」
「えっ?」
表彰式も? むしろ良いのか?
「あっ、用事とかあるなら……」
「いやいや、ありがたいよ。むしろ良いの? 俺なんかがまた混じっちゃって」
「全然良いよ! それに、終わったら花火大会もあるし……」
あっ、そうだった。毎年表彰式の合同運行終わった辺りで花火大会スタートだもんなぁ。
合同運行に参加して、さらに花火大会……ふっ、なんか昔の気持ち蘇っちゃうよ。やっぱりめぶり祭りは参加した方が楽しいってさ。
「どうかな?」
だったら、答えは1つしかないでしょ。もちろん……
「じゃあ、今日みたいに楽しませてくれるか?」
「うっ、うん。もちろんっ!」
参加でっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます