第32話 あつい夏がやってくる

 



「はーい、じゃあ皆いい?」


 少しざわつく教室に響く、佐藤先生の声。次第に落ち着きを取り戻しつつあるものの、皆の顔はすぐにでも帰りたくてウズウズしてるのが分かる。


「明日から夏休みだけど、体調気を付けて、お巡りさんのお世話にだけはならないで下さいねー。以上終わり!」


 あの熱戦に幕が下ろされてからも、俺達の高校生活は以前とさほど変わり映えはしなかった。

 まぁその間に体育祭はあったけど、それ以外は学校来て、勉強して、部活しての繰り返しで……けど、総体を目標に頑張ってきた時に比べると、その体感速度はだいぶ速かったのは間違いない。


 まぁ強いて印象深いことといったら、体育祭で谷地がコケて左手小指の骨を折ったこと? あとは……




「皆お疲れー。じゃあ早速夏休みのスケジュールを発表してもらおうかな? 下平キャプテン?」

「了解しました、監督」


 ウィンターカップにキャプテン達3年生の参加が決定したことかな?


「ゴホン、雨宮君と宮原さんの熱い要望で、キャプテン続投することになった下平です」


 うっ、キャプテン……いい加減その入り止めてくださいよ。その度に皆ニヤニヤしながら俺達の方見るんですよ! 


「とりあえず練習は基本的に月曜から土曜の9時から11時までかな。それと……8月に入ったら夏合宿やることになりました。詳しい日程とかは監督が考えてる最中なので、決まり次第発表するよ」


「おぉ」

「夏合宿なんて初めてじゃないか?」

「すごいね?」

「楽しみだねー」


 まっ、マジですか? 夏合宿決定? ふふっ、だったら尚更先輩達が残ってくれて良かったぁ。それもあの日、泣きに泣いたあの日に思い立ったことを……すぐ行動に移せたおかげかな。



 ――――――――――――



『あぁ……』

『今度はどうしたの? 海』


『いや、スッキリして冷静になった途端……現実を思い知ってさ?』

『現実?』


『うん。もうキャプテン達と試合出れないんだって、先輩達は……引退するんだって』

『あっ、そう……だね』


 そうなんだ。先輩達は俺を許してくれたとしても、負けたことには変わりない。そしてそれは……先輩達の引退を意味してる。


『もっと一緒に……バスケしたかったな』


 とりあえず練習には来てくれるかもしれないけど、一緒に1つの目標に向かって歩いてくれることはないんだよね。


『一緒にかぁ。まぁ女子はウィン……あれ? 海?』

『ん?』


『ちょっと疑問なんだけど、男子はウィンターカップ予選に3年生出ないの?』

『ウィンターカップ?』


 ウィンターカップって年末に行われる大会だったよな? 確か予選に出れるのは総体の予選でベスト16以上の高校。それに……3年生も出れるはずだ! そうだ、でもなんで最後にそんな大会があるのに、キャプテン達は総体に全てを賭けるって雰囲気だったんだ?


『そうだよ。さっきだって帰り際に立花先輩がウィンターカップに向けて気持ち切り替えて頑張ろう! って皆に言ってた。だったら……下平先輩達も出れるはずだよ!』

『そっ、そうだよな? だったら……』


『やるべきことは1つだね』

『あぁ!』


 そして次の日、列車の中で晴下先輩に聞いたんだ。ウィンターカップのこと。


『ウィンターカップ?』

『はい。最後の試合があるのになんでキャプテン達は総体が最後みたいな雰囲気だったんでしょう?』

『あぁ。たぶん毎年ウィンターカップには1・2年、いわゆる来年のメンバーで出てるからだな』


 毎年1・2年のメンバーで? その理由はなんだろう?


『でも晴下先輩? 女子は3年生も出ますよね?』

『まぁ宮原の言う通り、毎年女子は3年も出てる。去年もそうだったしな』


『だっ、だったら男子はなんで? 何か決まりでもあるんですか?』

『ないよ。でも、去年の様子を見る限りだと単純に……』


 単純に……なんだろう?


『高校総体の成績に満足したってのが原因だな』

『まっ、満足!?』


『あぁ。雨宮、お前も知ってるだろ? 黒前高校の男子バスケ部が頭角を現し始めたのは、今の監督が就任した6年くらい前。それまでも女子は強豪と言われていたけど、男子は全く。だから総体でベスト16に入れない時点で、3年生は引退。大学の受験勉強や就職活動に突入ってのがお決まりの流れだったらしい』

『受験や就職活動……ですか』


『確かベスト16に初めて入ったのは4年前。その時初めてウィンターカップの予選に出ることになったけど……当時の3年生は高校総体のベスト16って成績に満足で……』

『出られるにも関わらず引退したんですか?』

『あくまで俺の聞いた話だとな? まぁ、黒前高校は右肩上がりの進学率を売りにしてきたんだ。学校としてもスポーツに時間かけるよりは勉強にかけてくれた方が都合良い。だからその辺についても学校側は表立って口を出さなかったんだろう』


 確かに黒前高校はやたら進学率って言葉を前面に出してる。たぶん学校としては強豪として有名な女子は仕方ないとして、もしかしたらまぐれで勝ちあがった男子部員にまで影響がくるかもしれないって内心ヒヤヒヤだったんじゃないかな? まぁ率先して部員がそれを望んでくれたから良かったんだろうけど。

 ……それにしても、晴下先輩やけに詳しくないか?


『そうだったんですか……でも晴下先輩、なんかその辺の話しやけに詳しくないですか?』

『詳しい……か。色々と聞いたもんでな?』


 色々……?


『じっ、自分で先輩達に聞いたんですか? どうして……』

『ふっ、恥ずかしい話だけど……俺も去年お前と同じこと考えて、先輩達に話しに行ったんだ』


『えっ? 晴下先輩も私達と同じこと考えてたんですか?』

『まぁ結果はこんな感じでさ? 満足したって当人達から言われたら……それ以上は何も言えなかったよ』


『そうだったんですか。あっ、その時にキャプテンは何か……』

『下平先輩だぞ? あの人は何より当人の意見を第一に考える。去年の時点でもそれは変わってなかったよ』

『なっ、なるほど……』


 でもマジか……晴下先輩も去年全く同じこと考えて、同じことしたのか。でも断られて、3年生は出ないって流れは変わらなかった。

 でも、俺はそれでも……諦めたくない!


『でっ、でも……』

『3年生の皆とウィンターカップ行きたいんだろ?』


『えっ……』

『お前の顔見たらそんなのすぐわかるさ。それに、昨日のこと少なからずまだ引きずってるだろ?』


 うっ、全てお見通しなんですか? 先輩。


『何度も言ったけどお前のせいじゃない。けど、考えてみろ? あの翔明実業に2点差だぞ? 今の俺達は間違いなく過去最高に強い。だから俺も……あと1回チャンスが欲しい。このメンバーでやれるチャンスを』

『えっ、先輩それって……』


『あぁ、去年の気持ち蘇ってきた。だから俺も一緒について行って先輩達説得するの手伝うよ』

『海っ! やったね?』

『晴下先輩……ありがとうございますっ!』


 おかげでキャプテン達の説得に見事成功して、監督からもお許し貰って……キャプテン達とウィンターカップ目指せることになったんだ。



 ――――――――――――



 ―――次は石白駅前~石白駅前です―――


 少し温かくさえ感じるようになった、夜の石白駅を出ると、


「晴下先輩本当にありがとうございました」

「まさか夏合宿までできるとは思いませんでしたよぉ」


 俺と湯花は練習を終えて、一緒の列車に乗ってきた晴下先輩に改めてお礼を言った。


「全然だよ、気にするな。俺はただ付き添っただけだよ。お前らの気持ちがキャプテン達に響いたって証拠だ」


 そうは言っても、晴下先輩だって結構キャプテン達に話してくれてましたよね? 本当に嬉しかったですよ?


「まぁ、やるからには絶対勝たないとな? 翔明実業に。じゃあ明日からも頑張ろう……お休み」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたぁ」


 そういって颯爽と帰って行く晴下先輩。その大きな背中はいつも以上に大きく見えて……頼もしかった。


「ふぅ、本当に良かった」

「ふふっ、だね?」


 でも晴下先輩もだけど、湯花があの時ウィンターカップのこと言わなかったら、こんな上手いことなってなかった気がする。そういう意味では、俺は1番湯花に感謝しないといけないんだよなぁ。


「湯花もありがとうな? 一緒について来てくれて」

「何言ってるの? そんなのお安い御用だよ」


 それこそ、こんな言葉じゃ足りないくらいにね。


「はぁ、それにしても夏が始まるねぇ」

「そうだな。一気に夏が来た」


「夏……あっ、そういえば海?」

「ん?」


「今年もめぶり祭り参加しないの?」

「めぶり祭り?」


 めぶり祭りか。毎年7月下旬にやってる、通称夏を呼ぶお祭りなんだよなぁ。石白市内の各町会や有志会が、戦国時代や三国志の武将を模った人型や武者絵の描かれた山車燈籠を作って引いて街を練り歩く。そして太鼓と笛と鐘が奏でる囃子、掛け声はまさに夏を呼ぶお祭り。それに一緒にやる花火大会も相まって、この辺りじゃ結構有名なんだよね。

 昔は俺の町内でも作ってたけど……人手不足でここ数年は祭りに参加してないなぁ。


「そうそう」

「今年も観覧者の予定だけど?」


「そっかぁ。でも海って囃子の笛やってたんだよね? なんかもったいなくない?」

「まぁ……見てると吹きたくはなる。とは思いつつ、ここ数年は全然吹いてない」


「ほほぅ、つまり今はフリー状態って訳ですか。なるほど……」

「なるほどって……」

「それを承知で海? ……提案というかお願いがあるんだけど、その……もしよかったらうちの町会のめぶりに参加してくれないかな?」


 はい? 湯花の町会に!?


「いやいや、俺の笛なんて雀の鳴き声程度だぞ? 大体他の町会の奴が参加して良いものなのか?」

「その辺は大丈夫。お父さんとか毎年、誰か知り合いで参加してくれる人いないかなぁ……なんて愚痴こぼしてるもん」


 あぁ……やっぱどこでも人手不足は変わりないんだなぁ。


「けど……」

「お願いっ! もちろん私ずっと隣に居るし、浮いたようにはしないからさっ」


 まぁ俺もめぶり祭り自体は好きだし、出なくなってからも毎年見に行ってる。それに湯花のお願いとなると、キャプテン達の件で十分借りを作っちゃってるし……


「いいのか? マジで期待するなよ? それでもいいなら……参加するよ」

「本当!? やったやったぁ。ありがとう海!」


 そっ、そこまで喜ばれると、めっちゃ緊張するんですけど? あのハードル上げないでくれます? ……ふふっ、でもまぁ夏はこうじゃないと、



 楽しくないよな?



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