第十八話 高熱と優しさ
柊真は、先程の体調からは考えられないほど快調な体を揺らし、自転車をかっ飛ばしていた。目指すは薬局。恐らく今の心亜には水が足りていない。それを鑑みると経口補水液を飲ませることが効果的だ、と考えたのだ。
家から薬局までは自転車で三分ほど。とにかく早くあの体を回復させなくては……!!!
◇ ◇ ◇
来た道を引き返し、家の鍵を開け、階段を駆け上がる。とにかく急いだ。
「咲良!!」
部屋の扉を開けながら柊真が叫ぶ。寝転がっている咲良は息を切らしており、症状は先程と同じか少し悪化しているように見えた。
柊真はこの様子によりいっそう焦る。まずは咲良の口に経口補水液を入れ、半ば強制的にごくごくと飲ませる。
「大丈夫か……?」
「う、うん……大丈夫だよ」
黄色の瞳をした少女は強がったようにうなずいた。柊真はその様子を見て、不安そうな顔を浮かべ、美宙の額に手を置く。
「さっきよりも熱……あるんじゃないか?」
「そ、そんなことは無いんじゃないかなぁ」
柊真はそんなことを言っている美宙の脇に体温計を突っ込む。美宙は突然の柊真の行動に驚愕し、更に顔を赤らめる。
「八度二分……かなり出てるじゃん」
デジタル画面を見た柊真は不安を強め、眉をしかめる。
「そんなの数値的なものさ……ボクは大丈夫。表面上には熱があっても、体の中のどこにも毒素はないさ」
「そんなわけないだろ!そんな強がりしないで、ちょっとは彼氏に何か頼むとか……!熱があるんだからもっと頼ってくれよ……」
「……」
柊真は尚も強がる美宙に語気を強めてしまう。美宙はそんな柊真を前にして少し下を見て俯く。柊真は罪悪感のようで、少し違う、胸を締め付けられるような感覚を覚えながら座った。
「……じゃあさ、ボクと一緒にいてよ」
「え?」
美宙が涙混じりに柊真に言った。
「む、無理してる訳じゃないよな…?あんな強く言ったから……泣いてるし……」
「違うよ〜、卑屈になりすぎっ」
美宙は若干苦しそうな顔の中に笑顔を交えながら、柊真の膝を軽くデコピンしながら言った。
「もしかして、ボクが君に怖気付いたから泣いたと思った?」
「う、うん」
「ちっちっち、違うんだなぁ……」
美宙はわざとらしく息を吸い、タメを作ってから言った。
「ボクは、キミが好きだから泣いてるんだよ?好きなのに頼れない自分の情けなさに、さ」
美宙は先程までのおどけとは全く違う表情で涙をぽろりとこぼす。柊真はその様子に首を振る。
「そんな事言うなよ……俺まで情けなくなるだろ……」
美宙はもらい泣きしそうな柊真に、「寝転んで」と指示をする。柊真はそれに従い、美宙の目の前にゴロンと寝転がる。
「……やっぱり綺麗な顔してるね。男の子に見えないかも」
美宙が柊真の瞳を見つめながら言った。
「それって褒めてる?」
柊真があどけなさが少し残る顔でムッとする。
「褒めてるよ!可愛い顔してるのに体は結構ガッチリしてるしさ、なんで彼女がいなかったのか不思議なくらいだよ」
「勇気も好きな人もなかったんだよ。下手したら恋したこともなかったかも」
「ふーん。じゃあ、ボクは本当に運命の人……だったのかも……ね」
美宙はうとうととしながら受け答えした。その後、意識が無くならないうちに柊真の右頬に優しく「チュッ」とキスをして、「口でするのはは病気治ってから、だね」と言いながら口だけを弛めて笑った。
◇ ◇ ◇
キスの余韻残る昼下がり。美宙はあの後、泥のように眠ってしまった。柊真は、料理をする気力も生まれないこともあり、お湯だけでできるカップ麺をすすり腹を満たす。
そうしていると、突然電話がかかってくる。
『おい黄金の血!今日はなぜ休んでいるのだ!まさか家で長良咲良を監禁しているのではあるまいな!?!?』
「そんなことしてるわけないだろ……!でも、ナイスタイミングかも……?」
柊真は監禁といえば監禁……なのかも?と意味不明な思考を回すが、吸血鬼に詳しいはずのぐみに単刀直入に聞いた。
「あのさ、咲良が高熱なんだ」
『なんだと!?そいつはやばいな……よし、すぐにでも向かおう!』
「え、授業あるんじゃないんですか!?」
『あ、そうだな……ちょ、すまん、やっぱ今のなし!放課後まで待ってくれ!』
「あ、はい分かりました……失礼します」
『じゃ!』
スマホからツーツーと音が鳴る。柊真はけたたましく、勢いのあるぐみの声を思い返しながら、不安と安心感で口元が緩んだような、強ばったような、ちょっとした動きを感じていた。
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