五十八 騙す側へ
「へへへ……驚いた?」
腰を抜かして三人を見上げる僕に、手前にいた桜花がはにかんで白い歯を見せた。
驚いたなんてもんじゃない。
深夜、人気のない倉庫に呼び出され、何事かと思ってドアを開けると、そこに同級生の首吊り死体がぶら下がっていたのである。
空中でニヤニヤ笑う彼らを見ても、僕はまだあんぐりと口を開け腰を抜かしたままだった。自分が情けない悲鳴をあげていたことに気がついたのは、それから数秒後だった。
僕たちは今、林間学校として県外の山奥のキャンプ場に来ていた。
僕を「肝試し」して喜んでいた三人は、僕と同じ班のメンバー達だ。この「首吊りごっこ」の言いだしっぺは一番高いところで首を吊っている坂田。お調子者で、誰かをからかわずにはいられないコイツらしい悪戯だった。
「ひえっへっへっへぇ……いてえ……まだ横腹収まんねぇ……!」
僕は落ち着きを取り戻して暗闇に目を凝らす。テントからかなり離れたところにあるこの倉庫は、もう誰も使っていないかの有様だった。明かりもない暗がりの倉庫で、天井から紐に吊られた人間が笑う姿は何とも不気味だった。だが坂田の容赦ない笑い顔を見ると、僕はさすがに恥ずかしくなってきて、眉をしかめて彼らを睨んだ。
「……いたずらにしては不謹慎すぎるぞ。ホントに首吊ってんのかと思っただろ」
「ごめんごめん、でも京ちゃんがこんなに驚くとは思わなくて……」
桜花が顔の前で手を合わせた。普段真面目な彼女までこんな手の込んだいたずらに参加するとは思ってなかった。おかげで僕はだいぶ信じかけてしまった。
「案外簡単にできるんだよ。紐の通し方教えてやるから京介もやってみ?」
一番奥でスマホの明かりに顔を照らしながら、永井が僕に声をかけた。首吊り死体に見える紐のトリックを考え出したのは彼に違いない。
「は? なんで俺も……?」
「決まってんだろ。うちの班の、いやうちの学年の高嶺の花、藤崎さんにもこれを見せてやるんだよ」
坂田が空中でスマホを弄りながら、ニヤニヤ笑った。どうやらターゲットは、僕だけじゃないらしい。僕は照れ隠しも兼ねて大げさにため息をついた。
「ごめんね京ちゃん。でもね、私だって騙されたんだから。もう、ほんっとにびっくりした!」
「お前の叫び声もすごかったよな! ありゃまるで女の子みたいだった」
「ちょっと、それどういう意味?」
「分かった分かった。やるよ。僕だって、騙されっぱなしじゃ悔しいもんな」
「さっすが!」
二人の茶番を聞き流しながら、僕は永井の言うとおりに紐を体に巻きつけた。首だけに負担が行かないよう、きっちりと腰や脇にも二本目の紐を通す。二本目を服の下に隠せば、前から見れば首吊り死体にしか見えないという訳だ。そのあいだに坂田がスマホで同じ班の藤崎さんを呼び出していた。僕は永井に促されて一番奥にある踏み台に登った。
正直僕は、藤崎さんのことがちょっと好きだった。端正の整った彼女の驚く顔が、僕はちょっと見てみたかった。とても不謹慎ないたずらをやっているとわかっていながら、僕は妙に興奮していた。
天井からぶら下がる紐と輪っかを見ながら、僕はごくりとつばを飲み込んだ。台から一歩足を踏み出すのにはやはり勇気がいった。だが目の前には先ほど見事に僕を騙してくれた級友たちが、のんびりとぶら下がっている。まるで大きなてるてる坊主だ。
「早くしろよ。藤崎が来ちまうぞ」
坂田の声に後押しされて、僕は意を決して足を離した。 ……大丈夫。首は痛くない。だけど足が地面につかないのは不思議な気分だ。遠く離れた暗い地面を何秒か食い入るように見つめたあと、僕はようやく顔を上げた。
「あっ!」
僕がそう声を上げた瞬間、先にぶら下がっていた三人がくるりとこちらを向いた。
三人とも、血の気がなかった。
暗がりの中で青白く苦悶に歪んだ三人が、僕を睨んでいた。なんて事はない、僕は最初っから騙されていたのだ。
僕の腰と肩に巻いていた二本目の紐が、するりと解けていった。
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