第79話 ミスリルの性能
「皆さんは下がって!!絶対に出て来ないでください!!」
「あ、冒険者様!?」
「何をっ!?」
イチは堀の中に落ちたゴブリン亜種を追いかけ、破壊された策を潜り抜けて堀の様子を伺う。ゴブリン亜種は丸太に下敷きにされる形で倒れていたが、怒りの表情を浮かべて丸太を両腕で掴み上げると、恐るべき力で丸太を投げ飛ばす。
村人が10人がかりで運び出した丸太をゴブリン亜種は軽々と空中へ放り込み、草原の上に丸太が叩き付けられる。その様子を見てイチは冷や汗を流し、丸太は直撃したはずだがゴブリン亜種に損傷は見られない。
(腕力も耐久力もホブゴブリン以上か!!)
丸太を放り投げたゴブリン亜種は上から自分を見下ろすイチを睨みつけ、警戒したように唸り声をあげる。その様子を見てイチは堀の中に自らも飛び降りると、改めてゴブリン亜種と向かい合った。
(こいつを倒すには生半可な攻撃は通じないな……なら、あれしかないな)
イチは両手を構えるとゴブリン亜種は先ほどの短剣や丸太が再び射出されるのかと警戒したのか、両腕を組むようにして顔面を隠す。しかし、その行動を見てイチは笑みを浮かべる。
(こいつ、俺の魔法を警戒している……でも、避けようとしない当たりはまだ油断しているな)
これまでの攻撃でイチはゴブリン亜種に決定的な損傷は与えられず、そのせいでゴブリン亜種は攻撃を弾く事はあっても避ける素振りは見せなかった。10メートルから発射された短剣を弾き返す程の反射神経と身軽な動作を持ち合わせながら攻撃を躱そうとしない当たり、まだゴブリン亜種はイチの力を舐めていた。
ゴブリン亜種はホブゴブリンよりも強い事は間違いないが、イチの方もホブゴブリンと戦った時よりも収納魔法も巧みに扱い、装備の方も強化していた。そして遂にイチは黒渦から魔法金属のミスリルで構成された短剣を射出した。
「喰らえっ!!」
「グギャアアッ!?」
堀の中でゴブリン亜種の悲鳴が響き渡り、黒渦から発射されたミスリル製の短剣が見事にゴブリン亜種の腕を貫く。先ほど発射していた鉄製の短剣とは比べ物にならない切れ味を誇り、ゴブリン亜種は悲鳴を上げて腕を振り抜く。
並の熊よりもゴブリン亜種は耐久力と防御力を誇るが、魔法金属製のミスリルは鋼鉄よりも遥かに硬度も高く、しかもイチの短剣を作り出したのはニイノでは名工で知られている鍛冶師である。その切れ味は素晴らしく、鋼鉄でさえも容易く切り裂ける。
「まだまだ!!」
「グギャッ!?ギィアッ!?」
続けてイチはゴブリン亜種に目掛けて短剣を連続で放ち、隙だらけのゴブリン亜種の肉体にミスリル製の短剣が次々と突き刺さる。反射的にゴブリン亜種は自分の爪で短剣を弾こうとしたが、逆に爪が破壊されてしまう。
「グギィイイッ……!?」
「……終わりだ!!」
イチはゴブリン亜種に逃げられないように足元に目掛けても短剣を撃ち込み、遂にゴブリン亜種は膝を着いた。右腕、腹部、両足に短剣を貫かれたゴブリン亜種は痛みのあまりに悲鳴を上げ、この状態では碌に動く事もできない。
動けなくなったゴブリン亜種の姿を確認してイチは安堵するとゆっくりとゴブリン亜種の方へ歩み寄る。まるで勝利を確信したかのように自分に近付いてくるイチに対してゴブリン亜種は怒りを抱き、この時に短剣の攻撃から免れた左腕を振りかざす。
「グギィイイッ!!」
「っ……!!」
左腕の爪を振りかざしてきたゴブリン亜種に対してイチは右手を構えると、この際に黒渦を発動させ、反対の腕でゴブリン亜種の顔面に手を伸ばしてこちらも黒渦を展開する。
その結果、イチに目掛けて放たれたゴブリン亜種の左腕は右手の黒渦に飲み込まれ、左手の黒渦から出現して自分の顔面を爪で切りつける形になった。異空間転移を利用した反撃方法であり、この戦法も二か月の間に新しく覚えた。
「グギャッ……!?」
「終わりだっ!!」
自らの爪で顔面を斬りつけてしまったゴブリン亜種は悲鳴を漏らし、そんなゴブリン亜種に対してイチは右手の黒渦を解除すると、今度は腰に差していた短剣を引き抜く。
この時にイチはゴブリン亜種に向けて踏み込み、狙いを定めて右手で握りしめたミスリルの短剣を「拳撃」で放つ。右手の魔紋を肘先に移動させ、肘の部分に黒渦を展開させてその反動で短剣を握りしめて右手を突き出す。
「喰らえっ!!」
「ッ――――!?」
反発によって弾かれた右腕がゴブリン亜種の眉間を貫き、ミスリルの刃がゴブリン亜種の頭を貫通した。その結果、ゴブリン亜種は声にもならない悲鳴を上げると、ゆっくりと地面に崩れ落ちた――
――結果から言えばイチはゴブリン亜種との戦闘で相手の攻撃を一度も受けず、無傷で勝利する事に成功した。しかし、当の本人は戦闘を終えた途端に緊張感から解放された事で腰を抜かし、大きなため息を吐きながら夜空を見上げる。
「勝った……」
絞り出す様にその一言を告げると、イチはそのまま背中から地面に倒れ込み、自分の勝利とこんな怪物を倒したという成長を実感した――
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