第25話 窮地 

「う、嘘っ……し、死んで……」

「ファイさん!?早く、魔法の準備を……でないとリルさんがっ!!」

「グギィイイッ!!」

「くぅっ!?」



ヒリンの亡骸を前にしてファイはへたり込み、そんな彼女にイチは声を掛ける。その一方でホブゴブリンを相手にリルは善戦するが、徐々に息が荒くなり、押されていた。


ホブゴブリンの怪力は尋常ではなく、仮にリルが一撃でも攻撃を受けたらケンのように戦闘不能に追い込まれるのは間違いない。それでもリルもホブゴブリンの大振りの攻撃を躱した後、反撃を行う。



「やああっ!!」

「グギィッ!?」

「やった!?」



彼女の突き出した長剣の刃がホブゴブリンの脇腹に的中し、血が流れる。だが、彼女が切ったのは皮だけであり、見かけほど損傷は与えていない。ゴブリンの頭部を貫く程の威力を誇るリルの攻撃を受けてもホブゴブリンには致命傷には至らない。



「グギィイッ!!」

「くぅっ!?」

「危ないっ!!」



自分を傷つけたリルに対してホブゴブリンは怒り狂い、棍棒を振り下ろす。それを見たイチが声を上げると、リルは咄嗟に横に飛んで回避した。


棍棒は地面に叩きつけられ、その際に砂利が飛び散り、リルの目に舞い上がった砂利が入ってしまう。彼女は視界を奪われ、反射的に目元を抑えた。



「うぐぅっ!?」

「リルさん、後ろに跳んでっ!!」

「グギィッ……!!」



イチの声を頼りにリルは咄嗟に後方へ跳ぶと、直後にリルを掴み上げようと伸ばしたホブゴブリンの腕が横切る。寸前でイチの言葉に反応しなければリルはホブゴブリンに捕まり、命はなかっただろう。


だが、リルを捕まえる事に失敗したホブゴブリンは狙いをイチに変更させ、彼は怪我をしたケンに肩を貸し、逃げようとした。



「ケンさん、早く立って!!」

「あ、足に力が……」

「グギィイイイイッ!!」



怒りの咆哮を放ちながらケンに肩を貸すイチにホブゴブリンは迫るが、直後にホブゴブリンの視界が赤い光に照らされる。驚いたホブゴブリンは振り返ると、そこにはヒリンの死体の前で涙を流しながら杖を構えるファイの姿が存在した。



「よ、よくも……ヒリンを!!」

「グギィッ……!?」

「死ね!!我が身に宿る魂の炎よ、敵を焼き尽くせ……!!」



砲撃魔法の準備を開始したファイは杖先に魔法陣を展開し、ホブゴブリンに狙いを定めた。しかし、彼女が詠唱を行う姿を見てホブゴブリンは本能で危険を悟り、手にしていた棍棒を振りかざす。



「グギィイイイッ!!」

「ファイアボ――!?」



完全に詠唱が終わる前にホブゴブリンはファイに目掛けて棍棒を投擲し、空中で回転しながら棍棒はファイの元に目掛けて放たれると、彼女の身体に衝突してファイは地面に倒れ込む。


ホブゴブリンの怪力で投げ飛ばされた棍棒をまともに喰らったファイは地面に倒れ込み、身体を痙攣させる。辛うじて生きている様子だが、杖は壊れてしまい、魔石が地面に転がる。


最後の希望であったファイの砲撃魔法さえも破られてしまい、その光景を見たイチは顔色を青ざめた。ヒリンは死亡し、ケンは叩ける状態ではなく、ファイも倒れた。残されたのはリルとイチだけであり、リルは目元の砂利を振り払うと、身体を震わせながらもイチに告げた。



「……に、逃げてください、貴方だけなら逃げ切れる可能性があります」

「えっ……!?」

「ここは……私が抑えます。だから、早く逃げてっ!!」

「グギギッ……!!」



ホブゴブリンに対してリルは長剣を構えるが、その姿は完全に怯え切っており、身体も震えていた。初めて自分の力が全く及ばぬ魔物と対峙し、彼女は震えていた。


その一方でホブゴブリンの方は棍棒はなくしたが、怯え切っているリルと怪我人を抱えるイチを見て笑みを浮かべ、勝利を確信した表情を浮かべる。しかし、そんなホブゴブリンの姿を見てイチは歯を食いしばる。



(こいつ、笑ってる……僕達を見下しているのか!?)



人を見下して嘲笑うホブゴブリンに対してイチは怒りを抱き、もう我慢は出来なかった。どうせ逃げた所で逃げ切れる相手ではない事は分かっており、イチは覚悟を決めた。



(やってやる……やるしかない!!)



肩を貸していたケンをイチは地べたに横たわらせると、改めてホブゴブリンと向かい合う。そんな彼の姿を見てリルは驚き、早く逃げる様に促す。



「何をしているのですか!!早く逃げて、貴方では勝てません!!」

「うるさいっ!!」

「なっ……!?」

「グギィッ……!?」



リルは心配して声を掛けたというのにイチは怒鳴り返し、その一方でホブゴブリンの方は急に自分に近付いてくるイチに疑問を抱く。ホブゴブリンの目から見てもイチは何の脅威も感じず、リルやケンのように武器の類すら身に付けていない。


ホブゴブリンに向けてイチはゆっくりと歩み、自ら距離を縮める。この際にホブゴブリンの動作を見逃さない様に集中し、両手を構える。やがてホブゴブリンは自分に向けて近付いてくるイチを怪しみながらも次の標的に定め、襲い掛かろうとした。




※しばらくは3話投稿にします。

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