荷物役編

第13話 《煉瓦の大迷宮》

「――おい、大丈夫か?意識はあるか?」

「うっ……こ、ここは!?」

「おっ、目を覚ましたか。ここが大迷宮だよ」



イチは意識を取り戻すと、自分と先輩冒険者達がいつの間にか煉瓦で構成された迷宮のような場所に存在する事に気付く。一瞬にして本当に見知らぬ場所に移動した事にイチは驚き、すぐに天井の異変に気付く。



「あれは……」

「光石と呼ばれる魔石だ、常に光り続ける魔石だな。お前も見た事はあるだろ?」

「一応は……」



煉瓦の迷宮の天井には光石と呼ばれる魔石が嵌め込まれ、そのお陰で迷宮内は明るい事が判明した。改めてイチは自分が大迷宮に入った事を意識し、緊張してしまう。


大迷宮では外の世界の常識は通じず、非常に危険な場所であるという話はイチも講習で習っていた。しかし、実際に訪れてみると自分が未知の場所に訪れていると実感し、興奮を隠しきれない。



(ここが煉瓦の大迷宮か……確か、この階層にはゴブリンが現れるだっけ)



煉瓦の大迷宮は階層ごとに別々の魔物が生息し、この階層にはゴブリンと呼ばれる魔物が出現する。ゴブリンはイチもまだ見た事はないが、講習で魔物の死骸の解体を行った時に死体だけは見た事があった。



『こら、イチ君!!目を反らさないの!!しっかりと見て解体の手順を覚えなさい!!』

『うっ……!?』

『大丈夫、この魔物は死んでいるのよ。怖がる必要はないの、だから私の解体作業を見ておきなさい!!』



普段は優しいエストだが、講習の際は厳しく、彼女はイチの目の前でゴブリンと呼ばれる魔物の解体を行う。ゴブリンは人に近い姿をした魔物だが、身長は1メートル程度しか存在せず、緑色の皮膚をしており、顔面の方も肉食獣を思わせる恐ろし気な風貌をしていた。


解体作業場の机の上に置かれたゴブリンの死骸に対し、エストは顔色一つ変えずに死骸の解体を行う。解体と言ってもゴブリンの場合は素材としての価値は低く、講習で利用されたゴブリンは牙は虫歯だらけで足と手の爪も欠けており、解体を終えた後は死体を焼かれる。



『討伐系の魔物の場合は必ず死骸の一部を採取するのよ。もしも討伐しても素材を持ち帰れなければ討伐の証を証明する事も出来ないんだから、そこは気を付けなさい』

『は、はい……』



笑顔でゴブリンの血に塗れた状態で説明を行うエストを見てイチは内心では恐怖を覚えたが、今回は自分が魔物を解体する場面が訪れるかもしれず、他の冒険者に離れない様に注意する。



「いいか、ゴブリンを見つけたら真っ先にお前は俺達の後ろに隠れていろ。相手が軟弱なゴブリンだからといって油断するなよ」

「は、はい……」

「そう怖がるなよ、ゴブリン程度は俺達でぶっ倒してやるからな」

「お前は俺達の荷物と倒した魔物の解体だけに集中すればいいんだよ……おっと、出てきやがったな」



会話の際中に冒険者の男の一人が前方の通路に視線を向け、手にしていた剣を構える。すると、通路の奥からゴブリンが現れ、その手には刃毀れした剣が握りしめられていた。



「ギギィッ……!!」

「はっ、たった1匹か……を使うまでもないな」

「あれが……ゴブリン」



通路の奥から現れたのは身長が1メートル程度の緑色の皮膚に覆われた人型の魔物であり、イチは初めて生きているゴブリンを生で見た。思っていたよりも迫力は感じられず、他の冒険者も全く怯えていない。


ゴブリンはイチ達を発見すると、警戒したように武器を構える。どうしてゴブリンが武器を持っているのかとイチは不思議に思うが、恐らくは大迷宮で死んだ冒険者の装備品を奪ったのだろう。



「おい、こいつ武器を持ってるぞ」

「へっ、こいつはいいな!!売れば少しは金になるだろ……俺がやってやる」

「油断するなよ」



イチ達の中では一番の年長者である冒険者が前に出ると、彼は真剣な表情を浮かべて剣を構える。先ほどまではふざけていたが、いざ魔物と対峙すると戦闘に集中する。



「ギギィッ!!」

「甘いんだよっ!!」

「うわっ!?」



不用意に跳びかかってきたゴブリンに対して男は剣を振り払うと、見事にゴブリンの頭部と胴体が切断され、悲鳴を上げる暇も与えずにゴブリンを始末した。


切り離された頭部と胴体が床に転がり込み、その様子を見たイチは顔色を青くするが、他の冒険者達は顔色一つ変えずに笑い声をあげる。



「はははっ、びびったか?安心しろ、ゴブリンなんて一般人でも余程油断しなければ負ける事はねえ。お前も戦いに慣れればこんな奴なんかすぐに倒せるようになるさ」

「そ、そうなんですか……?」

「それよりもさっさとそいつを解体しろ、ちゃんと講習は受けたんだろ?頼むぜ、んだからそれぐらいはやってくれよ」

「えっ……あ、は、はい!!」



他の冒険者に言われてイチは急いで転がったゴブリンの死骸の元に赴き、エスト習った通りに解体を行う。だが、冒険者の何気ない言葉にイチは引っかかり、やるせない気持ちを抱きながらも作業に集中した――

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