第8話 冒険者の階級
「ふうっ……これで掃除は終わりかな」
「お疲れ様、イチ君」
「あ、エストさん……どうも」
午前中の掃除を一通り終えたイチは声を掛けられ、振り返るとそこに立っていたのは受付嬢のエストという女性だった。エストは20年以上もこの冒険者ギルドに努めているが、彼女はエルフなので外見は若々しい。
ちなみにエストの実年齢を知る者はいないが、少なくともギルド内でも彼女よりも年上の女性はいないはずである。噂ではエストの年齢を尋ねた冒険者は行方不明になると言われており、誰も彼女に年齢の事は尋ねない。
「何だか今、悪意を感じたわね……」
「えっ!?どうしたんですか急に!?」
「あっ、ごめんなさい!!イチ君に怒っているわけじゃないの!!」
エルフであるエストは外見は20代前半の女性であり、金髪の髪の毛を肩まで伸ばし、顔立ちの方も人形の様に整っていた。受付嬢の中でも一番人気が高く、彼女目当てで冒険者を志した者も多い。
最も本人は恋愛には興味はなく、交際を求められても全員断っている。なんでも昔に婚約を約束した男性に裏切られた経験があり、その一件から彼女はもう恋愛はしないと誓う。
「おかしいわね、誰かに乏しめられている気がするわ……」
「あの、大丈夫ですか?」
「ううん、体調は悪くないの。それよりもイチ君、今日もお疲れ様。これ、持って帰っていいわよ」
「あ、これ……お菓子ですか?」
「そう、私が作ったの。皆には内緒よ」
エストはお菓子作りが趣味で有り、よく自作のお菓子を職場にも持ち込んでいた。そして彼女は子供ながらに真面目に働くイチの事を気にかけており、皆が見ていない時に彼にお菓子を上げてくれた。
今の生活ではお菓子なども買う余裕がないため、エストの好意をイチは有難く受け取り、お菓子が入った籠を受け取る。エストのお店のお菓子にも負けないぐらいに美味しいため、イチはお礼を言う。
「ありがとうございます!!じゃあ、一旦に宿に置いてきますね!!」
「ええ……掃除も大分上手くなったわね。これからも頑張ってね」
「は、はい!!」
エストの励ましにイチは胸が暖かくなり、そんな彼にエストは笑顔で頭を撫でる。しかし、その様子を密かに覗き込む男がいた。それは先ほどイチに絡んできた男性であり、気に入らなそうな表情を浮かべる――
――それから数分後、イチは宿に一旦戻ろうとした時に男性冒険者に絡まれてしまう。エストから受け取った籠を奪い取られ、建物の裏手で蹴りつけられる。
「調子に乗りやがって、このガキ!!」
「がはっ!?」
いきなり蹴りつけられたイチは地面に転がり込み、苦痛の表情を浮かべる。彼を蹴りつけた男の名前は「ゴズ」と呼ばれ、彼の胸元には鉄製のバッジを付けていた。
このバッジは冒険者の証でもあり、鉄製のバッジは冒険者の中でも一番階級が低い「鉄級」を示す。ちなみに冒険者の階級は「鉄級」「銅級」「銀級」「白銀級」「黄金級」の5つに分かれている。
鉄級のバッジを身に付けているゴズは一番階級が低い冒険者であるが、彼の場合は実績はあっても問題行動を起こすせいで昇格できず、そのせいで普段から不貞腐れていた。そんなゴズがイチに絡んできたのは彼が自分と同じ階級である事、そして彼が目に付けているエストと仲が良い事が気に喰わなかった。
「くそっ、くそっ……何でお前みたいなガキにエストの奴はこんなもんを!!俺が声を掛けても無視する癖に!!」
「ぐふっ!?」
幾度もゴズに蹴りつけられ、イチは苦痛を覚えながらも我慢できず、咄嗟にゴズの蹴りつける足を掴んで止めようとした。
「このっ……」
「うおっ!?てめえっ……離れやがれっ!!」
「うわぁっ!?」
しかし、ゴズは信じがたい事にイチが組み付いた状態の右足を振りかざし、彼の身体を数メートル先まで吹き飛ばす。ゴズの外見は瘦せていてとても子供とはいえ、人を数メートルも蹴り飛ばすような力があるように思えない。
ゴズの格闘家の適正があり、しかも普段から身体を鍛えたり、魔物を相手に戦い続けている。冒険者となった人間は一般人とは比べ物にならない力を誇り、鉄級の冒険者であるゴズでさえも今のイチには敵わない。
「舐めた真似をしやがって……こんな物っ!!」
「あっ!?」
エストから受け取った籠をゴズはその場で踏み潰し、それを見たイチは折角彼女が作ってくれたお菓子を踏みにじったゴズに怒りを抱く。
「この野郎!!」
「ちっ、うざいんだよ!!」
我慢できずにイチは地面にある砂を掴み、ゴズに向かう。ゴズは面倒そうに彼に手を伸ばすが、そんなゴズに対してイチは右手の砂を放つ。
「喰らえっ!!」
「うぎゃあっ!?」
目潰しでゴズの視界を奪ったイチは相手が見えない間に踏み潰された籠を拾い上げ、逃げる前にゴズの股間を蹴りつける。
「喰らえっ!!」
「おごぉっ!?」
股間を蹴り上げられたゴズは目を見開き、いくら強くなろうと急所を蹴りつけられては無事では済まず、ゴズは血走った目を浮かべて膝を着く。その様子を見てイチは鼻を鳴らし、逃げ出した――
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