短編作品7 ナンパした相手が……

 大手企業の部長という役職を持つ平仲悟ひらなかさとるはバチッとした高級ブランドのスーツに身を包み都内の娯楽街へと繰り出す。

 年齢は四十代後半なのに容姿は二十代と疑うほどのハリや艶のある肌の持ち主で顔も整っているイケメンの妻子持ち。

 娯楽街では複数の愛人を作っており、休日は妻に会社の出勤と嘘をついて愛人とのデートをしているクズ人間。

 蒸し暑い季節の中、今夜も新しい愛人候補を作りに夜の人混み賑わう娯楽街で自分の好みの女性はいないか詮索。

 マッチングアプリや出会い系サイトを普段使っているが、今回はナンパ。

 今のご時世ナンパはリスクはあるし成功率は極めて低い。

 だが、成功したときの達成感はマッチングアプリや出会い系サイトよりかは遙かにある。

 辺りを詮索していると目の前に歩いていると、小柄な白のフリルの着いたワンピースの栗色のボブカットをした若そうな女性に目に付き、悟の脳内にある愛人候補センサーに反応し、すぐに声を掛ける。


「君ハンカチ落としてないかい?」


 妻のハンカチをポケットから取り出して、あたかも相手のハンカチか尋ねるシンプルな戦法。


「えっ?」と目の前にいる後ろ姿の女性がこちらに振り向くと、お互い目を見開いて思わず驚きの声を漏らす。


久留里くるり?」

「パパ!?」


 まさか娘の久留里に声を掛けてしまう。

 娘の久留里は高校二年生の十六歳。

 こんな時間帯で娯楽街にいることに父親として心配と怒りがこみ上げてくる。


「久留里、どうしてここにいるんだ。未成年のお前がここに来る場所じゃない! 今すぐ自宅に帰るんだ!」


 娯楽街のど真ん中で言葉を荒げて叱ると、久留里が目をお染めて威嚇した猫のような眼差しを向けられた。


「ここの来てるパパに言われても説得力ないよ。それとわたしはここの近くのコンビニでバイトしてるから今その帰りなの。パパはどうしてここにいるの?」


 娘の質問に一瞬言葉を紡ぐ。


「ここの近くの居酒屋に飲みに来たんだ。いいからさっさと帰れ!」


 声を荒げた口調から一変、急に何かを隠すような狼狽えた表情を見せ、悟は目が金魚のように泳ぎ出す。


「今日が何の日かわかる?」

「えっ? 今日は…………」


 今日がなんの日か頭を悩ませていると、

「――


 眉尻を上げて頬を膨らませて怒りを見せる久留里に、申し訳なく目を伏せてしまう。


 妻の凜は再婚相手で歳も二十二ととても若く、年頃の凜とはとても仲が良く母親と娘というよりは仲の良い親友同士というほうが合う。


「もっちろん知ってるぞ。愛してる妻のことを忘れるわけないだろ。なにを言っているんだよ凜は。愛してる妻の誕生日や結婚式を忘れる旦那がいるわけないだろ(やべ……今日が凜の誕生日だったなんて覚えていなかった……)」


 ちなみに悟は妻である凜との結婚記念日などの様々な記念日は忘れている。なのに複数の愛人達の誕生日や初めて出会った日などはしっかり覚えているクソ野郎。

 じっと久留里は父親の悟に疑いの目を向ける。


「まぁいいけど、それともう一つ訊きたいことがあるんだけど……それ

「えっ? そっ、そっ、そんなわけないだろ。たまたま、偶然凜と同じハンカチが落ちてあったんだよ。今から交番に届けるから先に自宅に帰ってろよ、――あっ凜にプレゼントも買わないとな」


 ぶつくさ言いながらいち早くこの場を去ろうと歩き出す――だが、ここから避難しようとする悟の腕をがっちりと久留里は掴む。


「そのハンカチ凜ちゃんの名前が刺繍されてるよ」


 ハンカチを見ると『H・RIN』と刺繍されていることに気づく。


「あっ、もしかして凜がここに落としたのか、それとも同姓同名の人物かも」

「ねぇ、近くのファミレスで詳しく話を聞かせてよ」


 疑いの目を強く見せる久留里に目を背けることはできず、仕方なく悟は指示に従い、ここから近くのファミレスに向かう。


                ☆


 ファミレスのテーブル席で互いに座り、娘に今日のことを説明した。


「まさか久留里がこの場所にいるなんて思わなかった。父さんビックリしていたぞ。あまりこんなところにいるなよ――今日は好きな物頼んでいいぞ、今日はお父さんがおごってやる」

「凜ちゃんがごちそうを作って家で待ってるから飲み物だけでいいよ」

「そっ、そうか。なら父さんもコーヒー飲もうかな」


 震える声で店員にコーヒーとオレンジジュースを注文し、店員が去って行く。

 注文終え、悟は恐る恐る久留里の方へ目を向けると怒りを露わにした瞳をぶつけてくる。


「前のお母さんが離婚した理由はわかるよね?」

花純かすみのことか。それは……」


 娘の前で口が裂けても言えない。少しの間、沈黙するとしびれを切らした凜はため息交じりに口を開く。


「お父さんの女好きに愛想尽きて離婚したんでしょ」

 

 悟はキャバクラや風俗やマッチングアプリなど使って、女性達と遊んでいたことに前妻である花純はとうとう愛想を尽かし離婚し実家に帰ってしまう。

 最初は離婚に久留里は反対し猛反発したが、その当時はまだ小学生だったため、子供の意見に耳を傾けなかった両親はそのまま離婚。

 一人になった父親のことを心配になった久留里は母親の元へは行かず、父親と暮らすことを決意した。

 だが、その三日後に父親は新妻の凜を連れてきてスピード結婚。

 最初は父親に裏切りと絶望などしていたが、凜はとても優しく年も近いため、次第に心は打ち解け合い、母親としてではなく友人としての気持ちになっていく。

 一応前妻とは今もコソコソと連絡を取り合って、よく二人で出掛けたりもしている。

 

 話しは戻り、今回の件を凜に話さないように久留里を説得しようとするが首を縦に振ることはしない。


「そうだ久留里の欲しかったブランド物のバックを買ってやるから凜だけには!」

「三十万以上するよ」

「……わかった。買ってやろう」

「――そんなことしたら凜ちゃんを裏切ることになるから絶対にイヤ」

「そこをなんとか頼む!」


 娘に頭を下げるなんとも情けない姿を見る久留里は頭に手を乗せて呆れてしまう。


「今回だけ見なかったことにするから。それと今後は凜ちゃん以外の女性に関わるの禁止だからね。嘘ついたらこのこと凜ちゃんと花純お母さんにも報告するから」


 なんとか妻の凜に報告しないと約束してくれて、悟は安心感で肩の荷が下りた。

 自宅に帰ると久留里は約束を守ってくれたおかげで、女性関係の件は凜には知られていなかった。

 それから六号のデラックスホールのショートケーキを買って凜の誕生日を無事祝い、優雅でとても幸せな家族との一日を迎えたのであった。

 娘と新妻の笑顔を見た悟は、これからは女性付き合いをやめると決意し、新しい自分へと一新することを心に決める。

 だが、その決意はすぐに崩壊してしまうことをまだ悟は知らない。


             ☆


 翌日、会社を終えての帰宅途中、スマホの通知音が鳴る。

 妻からだろうとポケットから取り出して着信相手を確認すると相手は凜からではない。

 以前、マッチングアプリで出会った女性からだった。

 いつもの居酒屋で会えるか連絡をよこしてきた。しかし悟は娘との約束のため断りの連絡をともう二度と会わないことを伝えようとしたとき、メッセージの文面以外に画像が付いていたことに気づく。

 画像を確認するとそれは女性の豊満な胸がドアップで映されていた。

 その画像で悟の決意が揺らぎだし、ついつい居酒屋に行くことを約束してしまう。

 今日かぎりだと決意をし、悟は再び夜の娯楽街へと繰り出して行く。

 その光景を見た凜がいたのを気づかずに。



 待ち合わせの居酒屋に着いたが女性の姿はなかった。

 先に居酒屋で入って待とうとしたとき、背後から聞き覚えのある人物の声が聞こえた。

 血の気が引いた悟は後ろを振り向くと、そこにいたのは睨み殺すような眼差しの凜と久留里の姿。


「凜!? どうしてここに!? ――さては久留里お前が言ったんだな!」

「お父さん、お風呂入っているときスマホどこに置いていた?」

「確か……、リビングのテーブルに……あっ!?」


 額に脂汗が滲む。いつも浴室に持って行くのに、その日は持って行くのを忘れていた。

 その時、運悪く愛人からの着信がきていたのを妻の凜が確認をしてしまったのだ。


「詳しく聞きたいことがあるから自宅まで一緒に帰ろうか――あ・な・た」

「……はい」


 恐怖のあまり肩をすくめて悟は自宅へと帰路につく。


 自宅に帰ると同時に穏やか凜が初めて憤怒の怒りを悟にぶつけて、三時間に及ぶ説教の末、しばらくの間お小遣いを禁止と家事全て今後悟がすることとなり、妻と娘の奴隷生活を送ることになった悟である。

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