第12話 嫌疑

 教会本部の礼拝堂。


 セバスが、神エヒカの銅像の前で、両膝をつき、手を合わせて、静かに祈りを捧げていた。そんな静寂の場所に、慌ただしく、神聖騎士団の一人が、扉を開けて入ってくる。


「教皇様! 大変です!」

「騒々しいですぞ。神への祈りをする間、誰も近づけるなと申したでしょう」


 セバスが、祈った状態で、部下に語気を強めて言った。


「急を要する要件だったので。申し訳ありません」

「急な要件とは?」

「はい。実は異世界人の中に魔族がいました」

「なんですと。それは本当ですか?」

「はい。現に闇魔法を使ったとか」

「ふむ。それが本当なら、ゆゆ式事態です」

「証人もおります」

「ほう。誰ですか? 直ぐにここに連れて来なさい」


 真とクラスメイト達は訓練場で、ワルドからしごかれていた。ちなみに、勇と孝太はまだ万全の状態ではないので不参加だ。


「素振りが甘い! もう一度だ!」

「はい!」


 ワルドの声に、雫は気合いを入れる。すると、そこに慌ただしく神聖騎士団達が雪崩れ込んでくる。


「何事だ?」


 ワルドが、神聖騎士団を見て、表情が曇る。


「渡部真はどこだ!」

「俺ですけど」


 真は、手を上げる。神聖騎士団が真を取り囲む。


「国王暗殺を目論んでいるとの情報が入った。教会本部までご同行願おう」

「国王暗殺だと? 何かの間違いじゃないのか?」

「これはセバス教皇の命です」

「渡部真は勇者を守るために魔族と必死に戦ったのだぞ。そんな彼が国王暗殺を企てるはずがないだろ!」


 ワルドが、神聖騎士団にそう言ったが、うてあわなかった。


「さあ、一緒に来い!」


 真は、両手を差し出す。神聖騎士団の男が両手に縄をかける。神聖騎士団に縄を引かれ連行されていく。遠目から心配そうに見つめる伊織と雫。ワルドの表情は、納得していなかった。


 真が連行された頃、富崎は、訓練をサボって、取り巻きらと共に、庭園に寝転がって、メイドの下着を覗こうと暗躍していた。


 富崎が、取り巻きらに洗濯物を干しているメイドを指差して、賭けを提案する。


「おい、あのメイドの下着、何色か当てようぜ。ちなみに、俺は青だ」

「乗った。俺は白だ」


 官田が、ニヤニヤと笑い、そう言った。


「俺は、黒だ」

「俺は、赤だ」


 川村と古池が、ニヤつきながらそれぞれそう告げた。


「よし、出揃ったところで、確認しに行くぜ」


 富崎の言葉に促されて、富崎を先頭に取り巻きらは体を地面に這いつくばらさせて、軍隊のようにほふく前進する。着実にメイドに近づいていく富崎ら。メイドは、洗濯物を干すのに夢中で気づかない。


 そうこうするうちに、富崎らが、メイドのパンツが見える距離までたどり着く。


 荒い息を吐きながらメイドのパンツを見上げる富崎ら。


 官田が、パンツを見て、ガックリと肩を落とす。


「くっ、青か。くそっ、負けたぜ」

「やりぃ。当たったぜ」


 富崎が、嬉しそうにはにかむ。


 メイドが、富崎らのはっしゃぐ声に気づき、視線を下に向けた。


「きゃー!?」


 メイドが、パンツを見ていた富崎らに驚き、悲鳴を上げ、慌ててスカートを手で押さえ、パンツを隠す。


「ちっ、隠すんじゃねぇよ」


 富崎が、そう言い、起き上がった。取り巻きらも不機嫌そうに起き上がる。


「あなた達、仮にも勇者一行でしょ。こんな変態なことして恥ずかしくないんですか?」


 メイドの非難めいた言葉に、富崎らはせせら笑う。


「俺らは、あんたら異世界人のために命をはるんだぜ。これぐらいの役得があってもいいだろ?」

「ふ、ふざけないで!」

「ちっ、いいからパンツをもっと見せろや!」

「いやー!?」


 富崎は、メイドのスカートをたくしあげようとする。必死にスカートを押さえて抵抗するメイド。


 と、このメイドの危機に颯爽と登場するランドルフ王子。


「こら! お前ら、そのような暴挙許さんぞ!」

「あん? なんだ、このちんちくりんは?」


 富崎が、後ろを振り向いて、ランドルフ王子を見やる。


「ちんちくりんではないわ! 我こそはこの国の王子ランドルフであるぞ!」


 かっこよく名乗りを上げるランドルフ王子を見て、富崎ら取り巻きは、腹を抱えて笑う。


「あっはっはっは! なに? このガキ! ウケるんだけど!」

「ひゃっはっはっは! 王子様気取りかよ!」

「うひゃっはっはっは! こんな鼻垂れガキが上流階級かよ! 異世界、終わってんなぁ!」

「はっはっはっは! なにこのクソガキ! 白馬の王子様気取りかよ!」


 富崎、官田、古池、川村が、それぞれランドルフ王子を嘲笑う。


「き、貴様ら! 俺をバカにするな!」


 ランドルフ王子は、顔を真っ赤にし、富崎のケツに蹴りをかました。


「て、てめぇ。王子だかなんだか知らねぇが、調子にのってんじゃねぇぞ」


 富崎は、そう言い、ランドルフ王子の腹に膝蹴りを叩き込んだ。


「げふっ」


 ランドルフ王子が、両膝をつき、うずくまる。


「このクソガキが。もっとひざまづけ」


 富崎は、そう言い、ランドルフ王子の頭をガシッと足で踏みつけた。


「ぐぬぬ」


 ランドルフ王子は、悔しそうに歯ぎしりする。


 と、そこにミザリーが、やって来る。先ほどのメイドが呼びに行っていたようだ。


「あなた方、そこで何をやってるんです?」

「何って、このクソガキの礼儀がなってなかったんで、こうして体に叩き込んでいるわけだけど?」


 富崎の偉そうな言葉に、ミザリーは、腰を低くして、右拳を突き出し、拳法の構えを取る。


「ならば今度は私があなた方に礼儀というものを叩き込んで差し上げましょう。かかってきなさい」


 ミザリーの言葉に、富崎は、取り巻きらに命じた。


「面白ぇ。お前らやっちまえ!」


 官田、川村、古池が、ミザリーに一斉に襲いかかる。


 ミザリーは、川村の蹴りを軽く跳躍してかわし、川村の眉間に飛び蹴りを食らわした。


「ぐへっ」


 後ろに吹き飛ぶ川村。


 官田と古池が、ミザリーの左右からそれぞれパンチを撃ち放つ。


 ミザリーは、あっさりと両パンチを両手で受け止め掴み取り、そのまま官田と古池の体をドスンとぶつけた。


 互いの頭をぶつけて気絶する官田と古池。


 富崎は、呆然と余裕綽々のミザリーを見ていた。


「さて、後はあなただけですね。まだやりますか?」

「くっ、覚えてろ!」


 富崎は、気絶した官田と古池を引きずって去っていく。後ろから川村が、フラフラとついていった。


 ミザリーは、地面に尻餅をついているランドルフ王子に歩み寄る。


「殿下、お怪我はありませんか?」

「おう。あの程度でケガなどするものか」


 ランドルフ王子は、強がりを言い、起き上がった。


 と、メイドが、ランドルフ王子に歩み寄り、頭を下げた。


「殿下。この度は暴漢から助けてもらってありがとうございました」

「いいってことよ。部下を守るのも王子たる余の勤めだからな。あっはっはっは!」


 ランドルフ王子は、痛みもなんのという表情で、笑ってみせた。


 ミザリーが、真面目な表情で、言った。


「では、殿下。お勉強のお時間です。参りましょうか」

「えっ、勉強か? したくないなぁ」


 ランドルフ王子は、お勉強と聞いて、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


「いいから行きますよ」

「いやだ〜!」


 ミザリーに襟首を引っ張られて、引きずられていくランドルフ王子。


 メイドのアンは、頬を染めながらランドルフ王子を見つめていた。


 人物紹介

 アン・ケーニッヒ

 年齢、13歳。身長145センチ。髪型は肩まである赤い髪。可愛い容姿をしており、愛嬌がある。両親の元を離れ、王宮に奉公している。


 教会本部に連れて来られた真は、取り調べ室に連行された。ボロ椅子に座らされる。向かいの椅子に座った神聖騎士団の団員が、尋問にあたるようだ。


「さて。渡部真。正直に答えてもらおうか」

「はい」

「お前が国王暗殺を目論んでいたというのは本当か?」

「さあ。何のことか知りません」

「惚けても無駄だ。こちらには証拠もある」

「証拠?」

「これだ」


 神聖騎士団の男は、真の目の前に、押収したステータスプレートを置く。そして、技能欄の所を指差す。


「ここに闇魔法と記載されている。闇魔法は、本来魔族にしか扱えぬもの。それがなぜお前に使える?」

「わかりません」

「あくまでしらを切るか。いいだろう。どこまで強情になってられるのか見ものだな」


 神聖騎士団の男は、再び、真を何処かへ連行する。連れて来られた場所は、地下室にある闘技場らしき場所だった。周りには観客席があり、サルワ王とセバス教皇が豪奢な椅子に腰かけて真を見ていた。


「ここは?」

「今からお前には怪物と戦ってもらう」

「怪物?」

「精々食い殺されるがいい」


 神聖騎士団の男は、真の縄を解き、扉を閉め、闘技場から出ていく。向かいの扉が開く。


 扉の奥から出てきたのは、巨大な魔物だった。体長二十メートル級の四足で頭部に王冠のような物を取り付けた異様な怪物。瞳は青黒い瞳を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の王冠から生えた丸い角から淡い炎を放っている。


 怪物は、大きく息を吸うと、凄まじい咆哮を上げた。


「グルァァァァアアアア!!」

「武器は先ほど神聖騎士団の男が地面に置いていったこの銅の剣のみか」


 真は、地面に落ちてあった銅の剣を拾う。


 観客席ではセバスが髭を弄りながら真が食い殺されるのを待っていた。サルワ国王は、隣の護衛兵士にワインのおかわりを頼んでいた。真が勝てるとは微塵も思ってないようだった。


 怪物が咆哮を上げながら突進してきた。このままでは牽き殺されてしまうだろう。既にバレているので、闇魔法を使うことに躊躇いはない。真は、詠唱なしで、闇の障壁を前方に張った。何者にも破らせない絶対の障壁が顕現する。闇色に輝く半球状の障壁が怪物の突進を防ぐ。


 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が生じ、怪物の足元が陥没する。繰り返しの突進に、障壁にヒビが入り始める。


「障壁が持たない!」

「グルァァァァアアアア!!」


 咆哮と共に障壁が、遂に破られる。怪物の突進が、真の体を吹き飛ばす。壁に衝突し、血を吐く真。地面に倒れる。


「脆いな。もう終わりか」


 サルワ王が、ぐいっとワインを飲み干す。


「うん? ほう、まだ起き上がるか」


 サルワ王は、息を切らせながらも起き上がる真を見て、ニヤリとする。


 真が、怪物に突貫する。怪物の突進を上空に飛んでかわし、銅の剣で顔面に刺すも、皮膚が硬く刃が通らない。


「ならば」


 真は、銅の剣に、闇の炎を灯す。そして、怪物の眉間を切った。怪物は、痛みのあまり、暴れて、真を振り払った。吹き飛んだ真は、再び、壁に激突する。そのまま地面に落ちる。何とか半身を起こし、怪物を見据える。怒り狂った怪物は、低い唸りを上げ、真を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、直後、スッと、頭を掲げた。頭の丸い角がキィーーーという甲高い音を立てながら高熱化していく。そして、遂に、頭部の王冠全体がマグマのように燃えたぎった。


「まずい」


 真が焦って剣を構えると同時に、怪物が突進を始める。そして、真のかなり手前で跳躍し、高熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。


 真は、咄嗟に横っ飛びで回避するも、着弾時の衝撃をもろに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がり、ようやく止まった頃には、満身創痍の状態だった。


「今度こそ終わったな」


 サルワ王は、ボロボロの真を見て、そう呟く。倒れて動かない真に、怪物は、ゆっくりと近づく。真は、走馬灯を見ていた。幼稚園の時、祖母の家でよく遊びに行ってた記憶。小学校の時、偶然できた友達と遊んだ記憶。中学校で友達だと思っていた奴から嫌がらせを受けた記憶。高校で一人で過ごす毎日の記憶。すべての記憶が、フラシュバックとなって脳内を流れる。最後に、公園で出会った友達の顔が、脳内に浮かぶ。


「俺はまだ死ねない!!」


 真はそう叫びながら起き上がる。驚くサルワ王とセバス。突然、起き上がった真に、怪物は歩みを止めて、警戒する。


「怪物。お前を今からぶったぎる!」


 真は、銅の剣をまっすぐ突き出す。銅の剣から闇色の光が迸る。地面を抉りながら怪物へと直進する。放たれた闇属性の砲撃は、轟音と共に怪物に直撃した。闇色の光が辺りを満たし、暗く塗りつぶす。怪物は、縦に両断され、左右に残骸が分かれ落ちた。衝撃で砂ぼこりが空中を舞った。


 砂ぼこりが収まり、怪物の死骸を確認した真が力尽きて倒れた。


 観客席では、セバスとサルワが、信じられないといった表情で、この結果を受け入れらずにいた。この怪物は、熟練冒険者ですら撤退するほどの凶悪な魔物だった。


「サルワ王。こやつは危険です。今のうちに始末をした方がいい」


 セバス教皇が、隣に腰かけていたサルワ王に提言した。


「いや、もう少しこやつで遊びたい」

「はぁ。仕方ありませんな」

「おい、あやつを牢獄に入れておけ」


 サルワ王が、近くにいた兵士に、命令した。


「はっ」


 兵士の男が、気絶している真を引きずって牢獄へと運んでいった。


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2021年11月8日。0時00分。更新。

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