第11話 穏やかな日に

 雫と伊織は、医療室に入院している勇の見舞いに向かっていた。


「これ花壇に生えてたハイビスカスなんだけど。勇君、気に入るかな?」


 隣を歩く雫に、伊織が尋ねる。


「大丈夫でしょ。それより、その花、王女様の大切な花壇のでしょ。よく貰えたわね」

「あ、うん。勇君の見舞いに行くっていったら、くれたの」


 そうこうする内に、病室のドアの前に着いた。ドアを開けて中に入る。勇が、ベッドに寝そべって窓の外をぼんやりと眺めていた。雫と伊織の存在に気づく勇。


「伊織、雫か。見舞いか?」

「うん。怪我の具合はどう?」


 伊織が、勇の包帯を見て、尋ねる。


「ああ。傷もだいぶ癒えたよ。もうすぐ退院できそうだ」

「そう。よかったね、雫ちゃん」

「ええ」

「あ、この花、花瓶に飾るね」


 そう言い、伊織は、花瓶に水を入れに病室から出ていく。雫と勇の二人っきりになる。気まずい二人。沈黙が流れる。勇が、静寂を破るように口を開く。


「情けない姿だろ。しかも、一番助けられたくない奴に助けられるなんてな」

「勇……」


 勇は、情けない自分に唇を噛む。


「そんなことないわ。勇も頑張ったじゃない」

「お前にだけは同情されたくなかったよ」

「別に同情じゃないわ」

「ならなんでそんな哀れみに満ちた目で俺を見る!」


 突然の勇の叫び声にビクッとなる雫。


「勇……どうしたの。あなたらしくない」

「なんだよ、俺らしくないって。お前は今まで本当の俺を見たことあるのか?」

「え?」

「俺は、お前のことがーー」


 勇が何かを言いかけた時、花瓶を持った伊織がちょうど病室にドアを開けて戻ってきた。


「どうしたの、二人とも?」


 伊織が、様子のおかしい二人を見て、首を傾げる。


「なんでもないわ。先に戻ってるから」


 雫が、そう言い、病室から出ていく。


「何かあった?」

「別に何も」


 勇は、下を向いてそう呟く。


「花瓶、ここに置くね」


 伊織は、花瓶を机に置くと、隣にもう一つ、花瓶があることに気づく。見事な薔薇の花だった。伊織は、誰かが他に花瓶を持ってきたのだろうかと思い、勇に尋ねようかと思ったが、不機嫌そうな勇を見て、止めた。


「じゃあ、私、もう行くね」

「……」


 伊織は、だんまりの勇を見て、いそいそと病室を出ていく。



 真は、庭園に寝転がっていた。眩しい太陽が、心地よい。クラスメイト達の間では、既に、真が、勇者でも叶わなかった魔族を追い払ったと噂が広まっていた。噂を広めたのは伊織だった。伊織の誇張した噂は、尾ひれをついて、魔族が許しを乞いて泣き叫んでいたということになっていた。そんなわけで、真は、人目を避けて、人気のない庭園にしばらくいることにした。


 しばらく、寝そべっていると、誰かが来る足音がした。


「真さん。ここで何をしてるんですか?」


 リリーナが、真を覗き込んで喋りかけてきた。


「ああ。王女さんか」


 真は、ゆっくりと半身を起こす。


「いや。何かとクラス連中が騒がしくてな。ここで暇を潰していてな」

「あぁ、噂になってますもんね。色々と」

「色々?」

「なんか真さんが、許し乞いている魔族を問答無用でボコったとか泣いている魔族の子供を足で踏みつけたとか」

「なんだそれ」


 あまりの尾ひれに、唖然とする真。


「あの、隣に座っても?」

「ああ、いいよ」


 リリーナは、真の隣に女の子座りする。


「あの、改めてお礼を申し上げます。真さんがいなければ、バルハザードはどうなっていたか」

「魔族ってさ。なんで、人間を嫌ってるんだ? 人間もだけどなんで魔族のこと嫌ってるんだろ」

「それは、恐らく昔起きたある事件が原因ではないでしょうか」

「事件?」

「昔は、魔族と人間は戦争になるほど犬猿の中ではありませんでした。しかし、人間と魔族の平和を目的とした会合で、ことは起きました。魔族を恨んでいた人間が、魔王の伴侶を殺したそうです。怒り狂った魔王は、人間側に戦争をふっかけました。これが戦争になったきっかけです」


 話を聞き終えた真は、魔王の怒りを理解できた。最も大切な人を殺されたのだから。


「戦争を止める方法はないのでしょうか?」

「どちらかが滅ぶまで戦争は続くだろうな」

「そんな」

「魔王の憎しみは相当なものだろう。それを断ち切るのは中々に難しい」

「でしょうね」


 リリーナは、眩しい太陽を見上げる。


「真さんは、魔王を倒すつもりですか?」

「わからない。少なくとも、俺は、魔族を皆殺しにするとかそういう考えはない」

「そうですか。私も、魔族とは争いたくはありません」


 突風が吹き荒れる。リリーナの帽子が、風で飛ぶ。


「あっ、帽子が」


 真が、木に引っ掛かった帽子を、木に登って取る。木から降り、リリーナに手渡す。


「ほら」

「ありがとうございます」


 リリーナに帽子を被せる真に、リリーナは微笑む。


「真さん、木登り得意なんですね」

「ああ。昔、友達とよく木登りして遊んでたからな」


 真は、遠い目で、昔の懐かしい思い出に浸っていた。


 会話にはずむ二人を、建物の窓から見ていた雫は、胸の辺りを手で押さえていた。


 と、二人のいい雰囲気をぶち壊す乱入者が、怒りの形相で駆け寄ってくる。


「あら、ランドルフ。どうしたの? そんな血相を変えて?」


 ランドルフ王子は、ズカズカと真に歩み寄り、指を差した。


「おい! お前! なに姉上を口説いてやがる!」

「えっ、口説く?」


 真は、突然現れたランドルフ王子の言葉に、怪訝そうな表情を浮かべる。


 リリーナ王女が、ランドルフの前に歩み寄り、説教した。


「こら! ランドルフ! なに失礼な事を言ってるんですか! このお方は王国を魔族から救ってくれたのですよ! ちゃんとお礼を言いなさい!」

「しかし、姉上……」

「しかしじゃありません! 恩ある人には礼は尽くすようにと家庭教師ミザリー・ニアにも言われているでしょう!」

「くっ、わかりました」


 ランドルフ王子は、悔しそうな表情で、真を見やる。


「おい。お前。王子である俺が礼を言うのだ。ありがたく思えよ」


 偉そうに言っているランドルフ王子に、リリーナが、再び説教した。


「ランドルフ! いい加減にしないと、ミザリーに言いつけるわよ!」


 ランドルフ王子が、リリーナの言葉に、ビクッと震える。


 どうやら、ミザリーのことが怖いらしい。


「わかりました。ちゃんと礼をしますので、ミザリーに言いつけるのだけは勘弁して下さい」

「わかればいいのよ。さ、真さんにちゃんと礼を言いなさい」


 ランドルフ王子は、真に向き直り、歯ぎしりしながら頭を下げた。


「この度は我が王国を救って頂き、ありがとうございます」

「もうそのくらいで。なんか一国の王子様にお礼を言われるとこの辺がくすぐったいや」


 真が、照れくさそうに頬をかきながらそう言った。


「まぁ、真さんたら。クスクス」


 リリーナは、照れくさそうにしている真を見て、笑っていた。


 ランドルフ王子は、楽しそうに笑っているリリーナを見て、ギロっと真を睨む。


(くそ異世界人が! どこの馬の骨とも知らぬ奴に姉上をやれるか! いつか化けの皮を剥がしてやる!)


 ランドルフ王子が、そう心の中で怒りの炎を燃やしていると、家庭教師のミザリーがこちらにやって来る。


「殿下。こちらにおいででしたか」

「ミザリー! どうしてここがわかった!」


 ランドルフ王子は、ミザリーの登場に、慌てた様子をみせる。


「殿下の行きそうな場所は熟知しておりますゆえに。さ、行きますよ。勉強のお時間です」

「い、嫌だ! 余は姉上の側にいるのじゃ!」


 わがままを言うランドルフ王子に、ミザリーは、問答無用で、首根っこを掴み、引っ張っていった。その際、リリーナに軽く頭を下げていた。


 真が、リリーナに苦笑いを浮かべて、言った。


「なんか凄い人だな。強烈というかなんというか」

「ええ。ミザリーは凄いんですよ。体術、魔法のあらゆる知識を幅広く知っていて、数多くの教え子を世に放ってきたんだから」

「へぇ。そいつはまた」


 真は、感心したように、そう言った。


 リリーナは、ふいに、真の肩に寄り添った。


「どうしたんだ、リリーナ?」

「しばらくこうしていていいですか?」


 リリーナは、頬を赤く染めて、そう言った。


「いいけど」


 二人の間に、いい雰囲気が流れる。


 ランドルフ王子が、この光景を見たら、暴れ回ることだろう。


 そんな二人を雫は、遠目からじっと見つめていた。


「胸が痛い……こんなにも彼のことが好きだったなんて……」


 雫は、耐えきれなくなって、その場から離れていく。


 目元からは一筋の涙が、こぼれ落ちていた。


 人物紹介

 ミザリー・ニア

 28歳。身長170センチ。髪型は長い金髪を後ろに束ねており、オレンジ色の髪止めを使用している。スタイルはよく、胸の大きさはFカップ。顔は、大人びており、妖艶な雰囲気の美女である。


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2021年11月7日。0時00分。更新。




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