第10話 魔族襲来
「勇、待てって」
孝太が、勇の肩を掴む。
「どうしたんだ、お前」
「別になんでもないよ」
そう言い、勇は歩き出そうとすると、通路の先からコツコツと足音が響いてくる。日の射さない暗い通路から現れたのは、燃えるような赤い髪をした妙齢の女。耳が尖っており肌は浅黒い、その姿に警戒する勇と孝太。女のその特徴は、勇達のよく知るものだったからだ。ワルド達から叩き込まれた座学において、何度も出てきた種族の特徴。星教教会の掲げる神敵にして、人間族の宿敵。そう……
「……魔族」
勇の発した呟きに、魔族の女はうっすらと冷たい笑みを浮かべた。
勇達の目の前に現れた赤い髪の女魔族は、冷ややかな笑みを口元に浮かべながら、驚きに目を見開く勇達を観察するように見返した。
瞳の色は髪と同じ燃えるような赤い色で、服装は艶のない黒一色のライダースーツを纏っている。体にピッタリと吸い付くようなデザインなので彼女の見事なボディラインが薄暗い通路の中でも丸分かりだった。前に垂れていた髪を、その特徴的な僅かに尖った耳にかける仕草が実に艶かしい。孝太の頬が赤く染まる。
「勇者はあんたでいいんだよね? まがりなりにも勇者なんだし、そこでアホみたいに呆けている男ってことはないでしょ?」
「アホだと!」
我を取り戻した孝太が、軽くキレる。勇が、今にも飛びかかって行きそうな孝太を手で制する。
「なぜ魔族がこんな所にいる!」
勇が、驚愕から立ち直って魔族の女に目的を問いただした。
しかし、魔族の女は、煩わしそうに勇の質問を無視すると、心底面倒そうに言葉を続ける。
「はぁ~、こんなの絶対いらないだろうに……まぁ、命令だし仕方ないか。アホ面じゃない方のあんた。一応聞いておく。あたしらの側に来ないか?」
「な、なに? 来ないかって……どう言う意味だ!」
「呑み込みの悪い子は嫌いだよ。そのまんまの意味よ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔族側に寝返らないかって。色々優遇するよ?」
勇としては完全に予想外の言葉だったために、その意味を理解するのに少し時間がかかった。そして、その意味を呑み込む。孝太は勇がどう返答するのか、心配そうに勇を見つめる。勇は、ふっ、と一笑し、魔族の女を睨みつけた。
「断る! 人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切ることを俺は絶対にしない! やはり、お前達魔族はセバス教皇の言っていた通り邪悪な存在だ! わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人で敵のど真ん中にやって来るなんて愚かだったな! 多勢に無勢だ。投降しろ!」
勇の言葉に、安心した孝太。勇なら即行で断るだろうとは思っていたが、ほんの僅かに不安があったのは否定できない。
一方の、魔族の女は、即行で断られたにも関わらず「あっそ」と呟くのみで大して気にしてないようだ。むしろ、怒鳴り返す勇の声を煩わしそうにしている。
「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも?」
「答えは同じだ! 何度言われても裏切るつもりなんて一切ない!」
お仲間には相談せず代表して、やはり即行で勇が答える。そんな勧誘を受けること自体が不愉快だとでも言うように、勇は腰に差した聖剣を起動させ光を纏わせた。これ以上の問答は無用。投降しないなら力づくでも!という意志を示す。
「勝てる自信はあるのか、勇?」
「あるさ!」
孝太の問いに、勇は即行で断言する。
「俺は厳しい鍛練で強くなったんだ!やれる!」
実際、勇のレベル20を越えていた。実戦経験は浅いが、ステータスの強さだけならレベル62のワルドに迫っていた。
女魔族が小悪魔的な笑みを浮かべた。
「そう。なら、もう用はないよ。我々の脅威となる前にここで殺す。キロス、バール。出番だよ!」
魔族の女が仲間の名を呼ぶと、勇と孝太の背後に、がたいのいい男と小さい男の子が上空から現れる。仲間がいたことに驚く勇と孝太は背後からの攻撃に対応できなかった。勇と孝太が苦悶の声を上げて女魔族のいる前方に吹き飛ぶ。
「ぐっ!?」
「がっ!?」
何とか痛みをこらえ、立ち上がる勇と孝太。
「三対二か。きついな」
「弱音を吐くな。孝太。ワルドさんの教えを思い出せ」
「そうだったな。『逆境なんか吹き飛ばせ』だ」
そんな強がる二人を見て、女魔族は嘲笑う。
「がたいのいい方は俺がやる。勇はガキの方を頼む」
「わかった」
勇と孝太が、後方の敵二人に突っ込んでいく。孝太が、挨拶がわりに右拳をキロスの頬に叩き込む。
「どうだ!」
「軽いな」
「なに?」
「パンチってのはこうだ!」
キロスの風を切るような右拳が孝太の頬を叩く。右側の建物に突っ込み、壁がガラガラと音を立てて崩れる。
「孝太!」
バールと戦っていた勇が叫び声を上げる。
「僕を前によそ見かよ!」
バールの手から風の刃が放たれ、勇の全身に切り傷ができる。
「魔族は詠唱なしで魔法が使えるんだったな。くそっ、化物が」
勇はこのままでが不味いと、魔力消費が激しい技だが、使うことにした。
「天へと羽ばたき、天へと至れーー〝天昇〟!」
勇は、大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。
その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放れた。逃げ場などない。切られて終わると思った瞬間、バールは、高さ二メートル程の風の竜巻をぶつけ相殺した。
「バカな」
呆然とする勇に、バールは先程と同じ高さ二メートル程の風の竜巻を撃ち放った。勇は、魔力の限界からかかわすことができず、竜巻に巻き込まれていく。ぐるぐると竜巻内部を高スピードで回転していき、最後は上空へと投げ出される。ボロ雑巾のように地面に落ちてくる勇。全身が、竜巻によって傷つけられていた。鎧が裂け、服が破れ、所々から赤い血が滲み出てくる。
バールが、見下したような目つきで、全身ボロボロの勇を見やる。
「もう終わりか。つまんねぇの。勇者って聞いていたより弱いんだな。うちの諜報部もあてになんねぇ」
勇は、弱々しい声音で言った。
「くそっ。こんなはずじゃ。俺はもっと強いはず……」
地面に這いつくばる勇は、起き上がることすらできなかった。思いのかダメージを負ったらしい。
「そっちも終わりか」
キロスが、ボロボロの孝太を、勇の横に投げ捨てる。
「孝太!」
勇が名前を呼ぶが返事がない。虫の息のようだ。
「そっちも終わったんだね」
「ああ」
「エキドナ、終わったよ。止めさしていい?」
バールが、腕を組んで戦況を見つめていたエキドナに尋ねる。
「ああ。好きにしな」
バールは、エキドナの言葉を受け、手を勇と孝太にかざす。
「バイバイ。お兄ちゃん達」
その時、空中から雫が刀を下に向けてバール目掛けて舞い降りてくる。バールは間一髪、体をエキドナのいる前方にひねって避けた。そして、横にいるキロスに刀を振るった。キロスは、避けずに刀を右腕で受ける。
カキンっ! と鈍い音がする。キロスは、右腕を〝金剛〟で強化していた。傷一つついていなかった。
雫は、チラッと勇らの方を見やる。辛うじて死んではいない。だが、このまま手当てせずに放っておけば、死神の鎌が触れるだろうことは明らか。グズグズと戦闘を長引かせるわけにはいかなかった。
「硬いわね」
「なんだ、貴様は? 勇者の仲間か?」
「敵でもなんでもいいよ。お前は僕が殺す!」
バールが、雫に無数の風の刃を放つ。速すぎて避けられないと判断した雫は目を瞑った。しかし間一髪、遅れてきた真が、無数の風の刃を鋭い剣さばきで払い落とす。雫は、目を開けると、目の前に真がいたことに驚く。
「相川。先走るな」
「雫ちゃん、先に行っちゃダメだよ」
後ろの方からリリーナと伊織が駆け寄ってくる。かろうじで意識がある勇が、雫に尋ねる。
「ど、どうしてここに?」
雫が、後ろの物陰に潜んでいる男の子を指差した。
「あの子供が知らせてくれたのよ。『人が襲われてる』って」
「それで雫ちゃんが駆け足で先に行っちゃうんだもん」
「ごめんなさい」
「相川、二人を連れて下がってくれ。俺、一人で片付ける」
「えっ、一人でなんて無茶よ!」
「大丈夫。俺を信じろ」
雫は、迷いのない真の目を見て、頷いた。
「わかったわ」
雫は、地面に倒れている勇と孝太を引きずって、後方に下がっていく。
「さて、その肌の色、尖った耳。お前ら魔族だな」
「だったらなに?」
エキドナが、見下した目付きでそう言った。
「今、引けば痛い目に会わずにすむぞ」
「はっはっは! 何を言うかと思えば。キロス、その生意気なガキを今すぐ殺せ!」
エキドナの言葉に、キロスは〝剛力〟で強化した拳を振り上げ、真に向かってうち下ろした。真は、避けもせず、腕で受け止めた。
「バカな! そんな細腕で俺の全力パンチを受け止めただと!」
「もう終わりか? ならこちらから行くぞ」
真は、〝剛力〟で強化した右拳を、キロスのみぞうちに突き刺した。
「がはっ!?」
キロスは両膝を地面につき、腹を押さえ、そのまま気絶した。
「一発だと?」
エキドナは、信じられないといった表情で、真を見つめていた。同時に底知れぬ真の実力に恐怖していた。
「なにびびってんだよ! こんな奴、僕の風魔法で切り刻んでやる!」
「待て!」
「死ねぇ!」
バールは、エキドナの制止を振り切り、高さ二メートル程の竜巻を真に放った。
「はっはっは! 呑み込まれろ!」
真は、〝闇穴〟を使った。〝闇穴〟は空間に半径五センチ程のブラックホールを作り、風、水属性の魔法攻撃のみ吸い込むことができる。なお、ブラックホールの大きさはこれ以上は大きくできない。なので、あまりにも威力の高い魔法攻撃には通用せず、逆にブラックホールはかき消されてしまう。二メートル程の竜巻は、呆気なく真の前にできたブラックホールに吸い込まれていった。
「そんな。僕の竜巻……」
呆然としているバールに、真は、〝縮地〟を使い、バールの背後から首刀をくらわし、気絶させた。
「後は、お前だけだ」
真は、エキドナに剣を突きつける。
「くっ。お前、一体。無詠唱な上に、なぜ、人間のお前が魔王様しか使えない闇魔法を使える!」
「さぁな? もう話はいいか? そろそろ終わらせてもらう」
近づいてくる真に、このままでは全滅すると思ったエキドナは、「いいか。私らは、人間になった副作用のせいで力の半分しか出せていない。時間が経てば力は戻るんだ。今度戦う時はこうはいかないよ」と言い、胸元の谷間から赤い小瓶を取り出した。それを地面に投げ捨てた。中の薬品が飛び散り、辺りに煙幕が充満する。煙が晴れる頃には、エキドナはどこにもおらず、地面に転がった仲間も消えていた。
「撤退したようだな。敵ながら見事な手際だ」
真は、敵が完全に撤退したことを〝気配感知〟を使い、そう判断した。
「くそっ。まさかお前に助けられるとはな。渡部」
壁に寄りかかって、治療を受けていた勇が、真に皮肉めいた声音でそう言った。
「傷に触るから、あまり喋っちゃメだよ」
傷の手当てをしていた伊織が、勇に注意した。孝太の方は雫が介抱していた。
「ワルドさん達を呼んでくる。待っててくれ」
勇は、そう言い、王宮の方に駆けっていった。数十分後、ワルドが救護班を連れてやって来た。その後、魔族の捜索にあたったが、気配を隠したか、もう既に王都の外に脱出したか、見つからなかった。
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2021年11月6日。0時00分。更新。
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