21話——アルラウネの対価
「どうぞ」と通され美麗な彼女の後へ続く。
通路へ出ると、両脇を青々と茂る生垣が縁取っていた。綺麗に剪定された所々にピンクと白の小さな花が混じり、それらが緩やかな風に揺られ甘い香りを振り撒いている。
その香りを肺いっぱいに吸い込んだアマネとベルンからは感嘆の溜め息が零れ、思わず顔を見合わせるとクスクスと笑い合う。
その様子を後ろから魔人ふたりが眺めていた。さっきまで怯えてたくせにとハクが零せば、楽しそうで良かったじゃないとヴォルグが笑う。
少し歩くと開けたスペースがあり、丁度5人座れるサイズのテーブルと椅子、人数分のティーセットが置かれていた。
まるでアマネ達が4人でやってくるのを最初から知っていたかの様だ。
席へ促され、アルラウネの正面にアマネとベルンが並んで座り、その両脇にハクとヴォルグが座った。
アルラウネが席に着くと、いつから居たのかベルンよりも更に小さな子供達が現れ、ティーポットからお茶を注いだり、其れ等を皆んなに配ったりしていた。背中に羽が生えており、歩くたびにピクピクと動いている。それがあったお陰でアマネにもこの子達が精霊なのだと分かったのだ。
いち早くカップに口をつけた魔人達が、一口飲んで「お」と声を上げている。ハクまで珍しく表情に出ていたのを受けて、アマネとベルンもカップを傾けた。
香りからハーブティーなのだろうと予想はしていたが、独特のクセは無く、鼻に抜けるほんのり甘い香りと飲んだ後の爽やかな清涼感が味わえる美味しいお茶だった。
「…美味しい」
「それは良かった」
溜め息混じりに零したアマネにアルラウネの穏やかな笑顔が向けられる。
『魔女』と呼ばれるベスティも綺麗な人だったが、それとはまた全然違う神々しさに、アマネはついつい見惚れてしまう。
ボーっと眺めていると、横から頭を小突かれた。
「いつまで茶しばいてんだお前は。目的を果たせ」
「はっ! そうだった!」
お茶も美味しいし、流れる時間も穏やかで、ついついティータイムを楽しんでしまっていた。
「アルラウネさん! 私達、貴女にお願いがあって此処へ来たんです」
カップを置き、改めてアルラウネに向き直るアマネに彼女が笑みを深める。
「ええ。存じておりますわ。『糸』を強化する為の素材を探しているのでしょう?」
「…え? お話しました…け…?」
ふふっと笑い、アルラウネもカップを置くと「ただ」と口を開く。
「教える代わりに、私のお願いを聞いて頂きたいのです」
「対価と言う事ですか?」
「そうです。ここから少し行った岩山に洞窟があるのですが、其処に自生する珍草を2種、採取してきて下さい。その内のひとつは貴女の役にも立つものですから、悪い話では無いと思います」
「素材のひとつと言う事ですか!?」
「はい」
「行きます! 今から行きます!!」
食い気味で即答したアマネをハクがジロリと睨みつける。
「またお前は! 少しは学べよ!!」
「そうだった…」と慌てるアマネにアルラウネが微笑む。
「大丈夫。ドラゴンは居ませんよ?」
ドワーフ国の水源で超古代種竜と一戦交えた事を言っているのだろう。
そんな事まで知っているのかとアマネは改めてアルラウネをじっと見つめてしまった。
流石仙人もとい賢者様だ。
「ドラゴンはって事は、他の魔物はいるのかなー?」
「あはは」と笑うヴォルグに、微笑みを浮かべたまま「うふふ」と笑うアルラウネ。
「居ませんよ」とは決して言わない。
互いに腹の内を晒さないと言った意味で、アルラウネとヴォルグは似ているなと、ふたりを見ながらアマネは思う。
自分で行くのが面倒くさいだけじゃないの? という魔人ふたりの心の声がどう言う訳か聞こえた気がした。
「結局面倒くせぇ…」
大きな溜め息と共に零されたハクに両手を合わせお願いポーズを取る。
「ハクお願い! お願いお願い!!」
「わーったよ。こんな事だろうとは思ってたしな。……礼は貰うからな」
「え…?」
急に色っぽい流し目を向けられて心臓が飛び跳ねた。思わずハクの唇に目がいってしまい、熱くなった頬に手を当てる。
「なんだかんだプリちゃんに甘いよねー」
そう言ってカラカラ笑うヴォルグへ射殺さんばかりの視線を投げ、ベルンを震え上がらせている。
「それではよろしくお願いしますね」
ドサっと小さな精霊達がテーブルへ置いたのは、バケツ程の空の鉢植えとベルンが収まってしまいそうな程大きな袋だった。
アルラウネからの依頼は、目的地である岩山の洞窟に自生する『闇のしずく』と言う花を株ごとと、『マンドラゴラ』と言う薬草の株を採れるだけと言うものだった。
「闇のしずくってどんな花なんだろうね」
アルラウネは「見れば分かる」と言っていたがハクもヴォルグも知らないと言う。草花に聡いベルンも見たことは無いようだ。
逆にマンドラゴラはハクが知っていたので聞くと、根菜に顔があって手足が生えているという説明がなされた。おまけに引っこ抜いた途端に泣き叫ぶらしく、その声をまともに聞いてしまったら最後、死んでしまうと脅される始末。
想像もつかない上に「死ぬ」とまで言われ、アマネとベルンの顔が引き攣っている。「気持ち悪いねー」と笑うヴォルグにベルンが無言で頷いた。
「ハクは見たことあるの?」
「昔ベスティに採りに行かされたからな。お陰で死にかけた」
やはり魔女絡みのようだ。そしてふたりが昔からの間柄なのだと分かり、アマネの胸の奥がもやっと疼く。
どういう関係なんだろう……
聞いてみたいけど、聞くのは何だか怖い気もする。
もしも深い間柄だったら…
そう思うと、体の奥からざわざわともやが沸き起こって来そうで、アマネは慌てて頭を振った。
「着いたぞ。何してる」
ハクの声に顔を上げると、目の前にいかにもな洞窟が口を開けている。中は当然の如く真っ暗だ。
アルラウネの庭が高貴な館の庭園のような華やかさだっただけに、余計に恐ろしく見えてしまう。
「此処で待ってるか?」
「そっちの方が怖いよ!!」
入り口を覗きに行っていたヴォルグが戻って来ると、大きな手をベルンへ差し出した。
「小さなお嬢さん、お手をどうぞー」
胡散臭い笑みを浮かべるヴォルグを見上げ、頬を薄っすら染めたベルンがその手を取る。
「中暗いし、足元悪そうだからねー。オレって紳士ー」
ベルンと仲良く手を繋ぎ、先に入って行ってしまった。
「おぶってやろうか?」
隣を見上げると、ハクが口の端を上げ、意地の悪そうな顔を向けてくる。
「お前転びそう」
「酷い!」
本当に意地悪!
口を尖らせるアマネを笑い、ハクが右手を取って歩き出す。
「本当の事だろ。イジけんなよ」
「…そんなにドジじゃ無いです!」
冷たい大きな手をぎゅっと握り返す。相変わらず口は悪いのにこう言うはさらっとしてしまうのだ。さっきまでもやもやしていた事も忘れてニヤニヤが止まらない頬を抑える。ドキドキとうるさく成り始めた胸の音は、この不気味な洞窟のせいにした。
ハクと共に洞窟を進むと、奥の方でバサバサと羽音が聞こえる。暗闇で何も見えないアマネには不安しか無いが、ハクは違った。
「レッサーバットだな。ボサっとしてると血吸われるぞ」
「ええ!? ヤダ!!」
まさかの吸血コウモリにキョロキョロと辺りを見回すが、アマネの目には何も見えない。
その内耳の奥がキーンと響き、軽い目眩を覚えた。
ちっと舌打ちし、ハクが頭上を見上げる。
「少しの間目閉じてろ。動くなよ」
「う、うん」
アマネがその場にしゃがみ、目を閉じたのを確認すると、ハクが虚空を睨む。合わせた両手を開き錬成した無数の糸を引き伸ばし、狙いを定めて空へ放った。
「終わったぞ」
ハクの声に目を開けたアマネが顔を上げると、目の前に手が差し出された。
その手を掴むとゆっくり立ち上がる。
「…どうなったの?」
「本当に聞きたいのか?」
その回答に不穏さを感じ取ったアマネは、顔を青くしふるふると首を振る。
「行くぞ」と手を引かれ、少しだけハクに体を寄せると、ゆっくりと奥へ進んだ。
途中、大きな岩に大量のレッサーバットが群がっているのを目撃した。
「何アレ!?」
悍ましい光景に顔を引き攣らせたアマネに「狐だな」とハクが呟く。
「奴等に幻覚でも見せてんだろ? あいつもよっぽどえげつねぇよ」
「でもベルンの事、可愛がってくれてるよね?」
呑気な話にハクが小さく溜め息をついた。
「そう見えるならもう狐の思う壺だな。アイツは誰より魔だ。油断すんな」
そうなのかな…
確かに胡散臭いけど、アマネにはワザとそう見せてる様にも思えるのだ。
考えすぎなのかな…
再び手を引かれ、アマネはハクと共に更に奥へ進んだ。
「あれ! 光が見える」
しばらく歩くと明るく光が落ちているのが見えて来た。
手前にふたつの人影が見える。
近付くと「やっと来たねー」とヴォルグが手を振ってくる。
ふたりに追い付き、目の前へ視線を向けると、岩肌が剥き出しの空間が広がっていた。
所々に穴が空いているのか、外の陽が漏れており、地面をポツポツと丸く照らしている。陽が差しているせいかやけに明るく感じられた。
「あれ…もしかして闇のしずくじゃない?」
部屋のほぼ中央、ぽっこりと土が盛られたように盛り上がり、一際広範囲に陽を受けてそこにだけ植物が生えていた。
鉢植えとスコップを手に、ベルンとアマネが小走りで近づいた。
はしゃいでいるふたりに聞こえない声でハクが「何かいるな」と呟いた。その目は部屋全体を見渡している。
それに声を落としたヴォルグが頷く。
「探ってるんだけど、わかんないんだよねぇ」
隠れるのが上手い奴らしいねと呟きながら、土の周りでキャッキャやってるふたりへと足を向けた。
「これが闇のしずく?」
「本当に雫みたい。綺麗ね…」
陽の光を受け、緑の葉に守られて伸びる茎の先には真っ黒な花弁が1枚だけ垂れ下がっている。花柱の周りを王冠の様な形のやくが囲い、その周りをいくつもの花糸が囲んでいる。闇を垂らしたかの様な漆黒の花弁が、正に雫のように垂れ下がり、『闇のしずく』と呼ぶに相応しい見た目をしていた。
ひとつの株に5本の花をつけたそれをどう掘り起こそうかと話す彼女達の向こう側。
岩肌に擬態したそれが、音もなく瞼を開いた。
静かに静かに体を引き摺り、気配を押し殺してゆっくりと狙いを定める。
岩にしか見えない巨体をくねらせ、此方に気付きもしないふたつの餌へ照準を合わせると、擬態を解き、鎌首をもたげる。
「「 !! 」」
魔人ふたりがはっきり殺気を感じた時、其れは既にアマネとベルンの直ぐ側にいた。
「アマネ!!」
「ベルン!!」
ふたりの切迫詰まった叫びに顔を上げる。違和感に反対側を見ると、アマネの体よりも太い胴体をくねらせた岩色の大蛇が黒い目を此方へ向けていたのだ。
「「 っ!! 」」
目が合うと同時に大きな口が裂けるように開かれる。
瞬きする間も無く、大蛇の大きな口と鋭い牙が眼前へ迫っていた。
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