11話——黒い執着

 プルトーネ王国。


 大きな大陸の西方に位置したここは、国土の三分の一が海に面しており、巨大な深林を有するプルトーネ王家が治める国である。

 海があり、山があり、大きな河川もあるこの国では、それぞれの地域で特産物を持ち、他国との貿易も盛んな豊かな国である。


 ただひとつ、国土の二割を占める深林。

『悪魔の住まう森』と呼ばれるこの森が人々の恐怖の象徴という事以外は。



 王家と共に王政を担う『御三家』と呼ばれる侯爵家。

 そのひとつであるアドゥルト家は、領地に鉱山を有し、建国時からサンチェスター家、ゴウマンダー家と共に王家と内政に深く関わってきた一族だ。

 その分家であるアネールの元へプリエーヌが嫁ぐ事になっていた。筈だった。



 アネールが悪魔の住まう森の側でプリエーヌを乗せた馬車が魔物の襲撃にあったと聞かされたのは、城の定例会議を終え帰宅して直ぐの事だった。

 齢70と高齢だが、大貴族として一線で手腕を奮うその所作は未だ衰えを感じさせない。

 頭髪も整えられた口髭も白くはなったが、下々に向けるその眼光は鋭く、有無を言わさぬ迫力がある。

 射殺さんばかりの眼光を、今し方自室へ転がるように飛び込んで来た執事へと向けた。


「今なんと?」


 睨み付けられ、平伏した執事が震えながら口を開く。


「ば、馬車が襲撃され、プリエーヌ様がっ、連れ去られました…」


「で」


「す…直ぐに、ご報告をと——」


 コツコツと踵を鳴らし近付くと、平伏する執事の頭を蹴り飛ばす。

「がっ…はっ…」

 側で控えていた若いメイドが小さな悲鳴を上げた。


「で」


「…も、申し訳…」


「私の花嫁を探しもせずに、のこのこ帰って来たと」


 血を流す彼の頭を踏み付け、腰から警棒を抜くと、先をつまんでゆっくりと引き伸ばす。


「お許し——」


 懺悔を聞く事なく狂気を振り下ろす。

 暗い光を宿した瞳が怒りに燃えていた。


「この! 役立たずが!」


 何度も打ち付け動かなくなると、乱れた息を整え汚れた警棒を投げ捨てる。

 乱れた髪を自分で撫で付け、側で怯え震えていたメイドへ微笑みを向けた。


「ゴミを始末しておくように」


 部屋を出ると、扉の外に控えていた男を一瞥した。

 跪く男へ静かに指示を飛ばす。


「花嫁を迎えに行った御者は?」


「入り口にて待機させております」


「自警団を招集しろ。私の花嫁を連れて来い」


「はっ」


 深く頭を垂れる男の横を通り越し、ダイニングのある階下へと降りて行った。



 欲しいモノは必ず手に入れて来た。

 プリエーヌ。

 折角手に入れた若く美しい私の花嫁。

 高い前金だって払ってある。

 あの美しい笑顔をどんな風に歪めてやろうか。

 白くて雪のような肌をどう堪能してやろうか。

 どう哭かせてやろうか。

 嫁いで来ることが決まってから、どれだけ待ち望んだと思ってる。

 絶対に手に入れる。必ずだ。



 彼女との出会いはいつぞやの夜会でだ。

 アネールの狙う女は肉付きの良い、大人しそうな控えめの令嬢ばかりだ。勿論若く美しい事は条件である。

 派手好きは駄目だ。

 頭が悪く、浪費家が多い。

 男爵以下も好ましく無い。

 ある程度家柄が上の方が、体裁を気にして騒がないのだ。


 その日見つけた彼女は、煌びやかな場であるにも関わらず、浮かない顔をして壁の華になっていた。

 体付きは別として、若く美しい彼女に興味を引かれ声を掛けた。

 聞けばこういう場には不慣れだと言う。

 大抵の女はアネールが名乗ると、扇子で口元を隠し、視線を外し、もごもごと話す。

 それが貴族令嬢の嗜みとして教育されているからだ。


 しかし彼女は、プリエーヌは違った。

 男爵家という位からか侯爵と名乗ったアネールに、最初は緊張した様子だったが、「楽に」と伝えると臆する事無く気さくに話した。

 目を見て話し、扇子は使わず、自分の手で僅かに口元を隠す程度。

 豊かな表情に視線を奪われ、花の様に微笑む彼女にいつの間にか惹かれていた。

 他の女とは何か違う。

 初めて女を心から欲しいと思った。

 直ぐに彼女について調べさせ、大金と侯爵家という餌を巻き、婚約へ漕ぎつけたのだ。



 執事を拷問し、プリエーヌが自分から森へ入ったのだと知った。

 直ぐにでも見つかるだろうと踏んでいたアネールの思惑は外れる事になる。

 夕食を取っている時、自警団全滅の知らせが入ったのだ。


「なんだと! 全滅!?」


 馬鹿な。

 王国騎士団にも引けを取らない連中だぞ。

 信じられない。

 何奴も此奴も役立たずばかり!


 先程扉の外に控えていた影の男からの知らせだった。

 森へ入った自警団は、すぐ様魔物の襲撃に合った。

 出現したのは『サイクロプス』が3体。

 Aクラスの魔物だ。

 一匹倒すにも騎士団一個隊必要になる。

 それが3体。

 個人の自警団では歯が立たないのは明らかだった。


「旦那様。武装した彼等ですらこの有り様です。非力な令嬢等生き延びていられる訳がありません」


 そう口にした執事を睨みつける。


「黙れ! だったら彼女の死体を持って来い! 遺品でもいい! この目で確認しない限り、私は何も信じない!」


 あのゴミは彼女が森へ入ったと言った。

 自警団は入ってすぐに襲われたのにだ。

 彼女が魔物に襲われたところを見ていないのだ。

 だったら、食われたかどうかなど確かめて見なければ分からないではないか。



「城へ向かう。支度をしろ」


 こうなったら、騎士団を動かしてやる。

 あの若い団長と皇子はイケ好かないが、これは正式な婚約だ。

 手続きはすっ飛ばしたが両家同意の元である。

 何の問題も無い。

 だったらこの私の命令で動かない筈は無い。

 金と全ての権力を使って!

 どんな事をしてでも必ず探し出してやる!


 黒い炎を燃やし顔を歪めるアネール。

 その異常な執着ぶりに、その場にいた全ての使用人達が体を震わせた。

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