第63話 模擬戦[一日目]

追われる側の生徒は、鬼役の生徒に体を叩かれると、鬼ヶ島に強制的に転移させられる。


模擬戦で鬼に捕まった生徒が送られる鬼ヶ島……実は鬼ヶ島と呼ばれる場所がどこにあるかは一切不明だ。


鬼ヶ島は魔壁で外界からは遮断されていて、模擬戦の時に生徒が捕まると転送される洋館のような建物が一軒だけ存在する孤島らしい。


その洋館の窓から覗く景色は、海の景色のみ(大きな湖という説もある)で、鬼ヶ島の場所の特定は難しく、模擬戦の期間は『鬼切った』が行われた際に強制的に転移魔法で模擬戦の行われている森の中に移動させられるまで、捕まった生徒は洋館の中でしか過ごす事が出来ないように教師に監督されている。


洋館の中には図書室と談話室と訓練室があり、監督の先生以外には使用人と料理人が数名が常駐していて、生活面では不便はないそうだ。


但し、娯楽が少ない。


おまけに特別授業といって座学の授業が受けられるらしい。これは自由参加らしいのだが、『鬼切った』が起こるまではすることが無いので、殆どの生徒が授業をうけるそうだ。


鬼に見つからず森の中で動き回っている方が楽なのだろうか?


いや、今は鬼役なんて止めておけばよかった。鬼ヶ島に居る方が良かった……と後悔している。


「待ってたぞ、リジューナ」


「…………最悪」


分かってたんだけどさ……魔力値の高い五人が動かないで止まってんな~とか、その内の一人が知ってる魔力だな~とか、嫌な予感はしてたんだけどさ。


人目に付かない奥まった洞窟の中に、ルナセイルがいた……ヘラヴェル帝国の皇子で私の従兄弟だ。


ルナセイルの魔質に変な動きは無いところを見ると、こちらに対して敵意や害意はなさそうだ。


身構えていたベルフェリアを手で制した。


ベルフェリアは私を見て、頷いてからハンマーを下ろしてくれた。


「何の用ですかぁ……」


一応聞いてみたけど、聞きたくない……面倒臭い。


ルナセイル以外の四人は……護衛の人達みたいなんだけど、いつもルナセイルの傍にいる同級生のお取り巻きがいないみたいだ。


私がキョロキョロしていると、ルナセイルが気が付いたみたいだ。


「あいつらは私が鬼に捕まるつもりだと伝えると、模擬戦の間は別行動をすると言って離れた」


「どうしてです?」


「私と一緒に模擬戦で捕まって、減点を食らいたくないのだろう」


……何だか取り巻きのくせに、ルナセイルに対してあまりにも不敬だし薄情じゃない?


ルナセイルは、大きな溜め息をついた。


「あいつらはノエルグ公爵の派閥の者だ。私を監視して常にノエルグ公爵に報告を入れている」


ノエルグ公爵って……あの異世界人?な、ペリア=ノエルグ令嬢のご実家かな。はぁ~監視?それはまた物騒な事だこと。


「上手い具合にあいつらが離れてくれたので、こうしてリジューナを待っていたという訳だ。実は相談があってな」


「……はぁ」


嫌な予感的中だ。相談?


ルナセイルはパンッと膝を打った。


「私はペリア=ノエルグ令嬢との婚約を避けたいのだ」


…………ああ、なるほど。ノエルグ公爵の派閥のお取り巻きを遠ざけたのは、これを言いたかったのか。


私はベルフェリアをチラリと見た。


「この場でそのような話を続けて構わないのでしょうか?」


ルナセイルもチラリとベルフェリアを見た。見られたベルフェリアが身構えた。


「構わない……出来ればリジューナ共々私に協力して欲しい」


おいぃぃ?勝手に協力とか言ってんじゃないよ!?


隣に居るベルフェリアの戸惑いが魔力に乗って伝わってくる。


「ペリア=ノエルグ令嬢は母上が推挙された令嬢なのだが……」


「ちょっ、ちょっとお待ちをっ!」


またまた勝手に話を進めようとしてきたルナセイルに、待ったをかけた。


「ちょっと待って、ルセ!一旦休憩を入れさせて」


昔に呼んでいた愛称でルナセイルを呼ぶと、ルナセイルはニヤリと笑った。


やっぱりね、何となくだけどルナセイルってばちょっと大人になったのかな?と思ってたんだよね。


ウザ絡みをしてくるのは、学園の中でのみ……それ以外では一切接触無し。ウザ絡みの内容も昔のネタを弄ってくる程度で、正直パンチの効いた暴言は無い。


私は背中に背負った魔道具のナップザックの中から、お茶のセットを取り出した。


洞窟の中にドーンとレジャーシートと茶器一式とコンロと茶筒を出した。


テーブルセットも一応持って来てはいるけれど、そんなものは邪道だとジェシカお姉様に使用禁止を命じられている。


サバイバルを全うしろ!耐えるのも己を磨く鍛錬と思え!


……既に、ただの課外授業の範疇から逸脱しているような気がします、お姉様。


「おい……こんな所で茶を飲むのか?」


「細かいことは気にしない!ルセも座って座って!」


ルナセイルは胡散臭そうにしていたが、護衛の方が出した携帯椅子に渋々腰掛けていた。


私とベルフェリアはレジャーシートに直座りして、お茶の準備を始めた。


ポットに魔法で水を入れ、火にかけている間にお茶菓子も出した。


「手慣れているな」


ルナセイルが私の手元を見ながら呟いた。


「あら?鬼ごっこの期間は三日もありますのよ?準備はしておりますもの、その間は飲まず食わずですの?」


私がそう言うと、ルナセイルはグッと息を詰まらせた。


は~ん……後ろの護衛の方が気まずそうな魔力を出してるわ。さては護衛のお兄様方にぜーんぶぜーーんぶ丸投げするつもりだったのね。


あんたさぁ『鬼ごっこ』のルール、読んでないの?


鬼ごっこ実施中の衣食住は全て各自で準備すること。綿密な下準備が出来てこその学園生である。怠った場合の責任は各自で持つこと……だったけど?


お茶の一つも準備してないのぉ?


は~ん?これだからタヌキ顔の皇子様はねぇぇ?


「……何がかムカつく表情してるな、リジューナ?」


「オホホ……あらわたくしとしたことが~顔に出ておりましたか?オホホ……」


と、いう訳で私達はここで休憩してから話を始めたのだった。

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