第39話 邪悪な魔術師

激しい咆哮の後、山の方角から生温かい風が吹きつけてきた。


その風の吹く方向へヴァラミアス=レヴァクーダ公爵閣下とジェシカお姉様が一斉に駆け出して行った。私は駆けて行く閣下の後ろ姿を見て、ヴェスファード殿下に慌てて声をかけた。


「ヴェスファード殿下!」


「何だ?」


私はビシリとレヴァクーダ閣下の後ろ姿を指差した。王族に対する背後からの指差しならギリ不敬では無いと思いたい。


「殿下に朗報が御座います。前国王陛下の実弟であらせられるレヴァクーダ閣下の御髪はフサフサのロマンスグレーで御座います!まだ、まだっ殿下にも希望があると思います!」


「やかましいわっ!!俺だってそう思いたいわっ!だがっ……だが……知ってるか?曾祖父様が崩御された時の国葬で、棺に献花をしている時に誰かが気を使ったのか曾祖父様の頭の周りにばかり献花が集中的に置かれていたそうだぞ!?その姿はまるで、花のカツラを被って隠しているみたいで思わず大笑いしそうになったと父上が言っていたんだ!それほどにツルピカの遺伝は恐ろしい感染力なんだっ!!死して鼻で笑われるようなあんな哀れな……」


前々国王陛下も死して尚、曾孫にこんな〇ゲ〇ゲなんて罵られるなんて思ってもみなかったことだろう。


それはそうと薄毛はウイルスの病気じゃねえよ。そりゃ、人によっては不治の病ほどの心痛を与えるけどさ。


「こらぁ~殿下とリジューナ!アンタ達、討伐する気あるのぉ!!」


ビュッと風が私と殿下の周りに渦巻いたと思ったら、ジェシカお姉様が戻って来ていて、怖い顔をして私達を見ていた。


「討伐!?はいっ!行きますっ!」


ヴェスファード殿下はジェシカお姉様に敬礼をすると、素早く駆け出して行った。


「ふぅ……で、リジューナは行かないの?」


ゆっくりと歩き出した私と並んで歩きながら、ジェシカお姉様が聞いてきた。


「張り切って行っても攻撃魔法はほとんど使えませんし、素手での戦闘も自信が無いです」


「あ~リジューナは治療系魔法に特化したタイプの術師だったね。でも今からでも体術系は学んでおいても損はないよ。学園の魔術の授業があるでしょ?確か……生徒同士で模擬戦とかする授業があるみたいだしね」


「模擬戦っ!?」


今は魔術の授業は座学ばかりだけど……ああ、そう言えば小説の中にもその描写があったじゃなかった?今日は模擬戦の授業があったとか、チョロッと書かれていたけどよくよく考えたら普通に戦闘とかの訓練ってことだよね?


私ってばこのままいったら、魔術の授業であっさり死んじゃったりするかもしれない。


ひえぇぇ!?そんな形で物語の中からフェードアウトなんてしたくないっ!


「体、鍛えようかな……」


ボソッと呟くと、ジェシカお姉様が私の肩をポンポンと叩いた。


「よしっ鍛えてあげよっか?」


「……っ!お願いします、ジェシカお姉様!」


盛り上がっている私とジェシカお姉様のすぐ後ろには、サクライマホと神官達が付いて来ている。そしてそのサクライマホの隣には、ネイサン義兄様によく似た風貌の魔術師のローブを羽織った男性がいる。


アサイラ=イコリーガ……ネイサン義兄様の実兄だ。


そういえばサクライマホの後見人はイコリーガ家だったっけ?


因みにイコリーガ辺境伯家は男ばかりの三兄弟だ。ネイサン義兄様が末っ子で家督は長兄のタウザー様が継ぐことになっている。


次兄のアサイラ様なのだが、正直な所私はすごく警戒している。


何故ならば、彼こそが『聖オトメ☆ジュシュメリ~愛♡も正義⚔も独り占め~』の小説に描かれている世界を未曾有の危機に陥れる、邪悪な魔術師その人だからだ。


でもね?


今のところ、アサイラ様に邪悪な片鱗は一切見えないんだよね。


唯一小説の設定に合っていると思うのが魔術師って職業だけで、アサイラ様は穏やかな人っぽいんだよね。


アサイラ様の体から出ている魔力を視ると、オレンジ色で優しい色あいなんだよね。魔力が視えるという私の経験則から考えると、暖色系の魔力を持っている人は性格も明るめで穏やかな人が多い。


そして精神的に不安定な人、性格がめっちゃ悪い人とかは黒っぽい色の魔力を放っていることが多い。


ある意味、魔力の色を見ただけで良い人か悪い人か判断出来てしまうのだ。これは便利だよね。


まあもう聖女が来ちゃってはいるけど、小説の始まりまでまだ時間があるからこれからアサイラ様も邪悪化するのかもしれないよね、油断は禁物だ。


そうして、ヴェスファード殿下達が走って行った後を追って、山道を進んでいると何やら強烈な獣臭が漂って来た。


「何?うげぇ……臭い」


「これは……ドラゴンの匂いだね」


いつの間にかジェシカお姉様が腰に下げた剣を抜いている。


ええっ?抜刀しているってことはもしかして……ド、ド、ドラゴンが近くにいるの?


突然の恐怖に足がガクガクと震える。


その時、少し離れた所からヴェスファード殿下の朗々とした声が聞こえて来た。


「やあやあ我こそはヒルジアビデンス王国第一王子、ヴェスファードなりっ!いざ尋常に勝負!」


「……」


オタクが元気な名乗りを挙げているではないか……


殿下の声がした方にジェシカお姉様と静かに近付いて行くと、そこには大きな深紅色のドラゴンがいるではないか!


しかもそのドラゴンの前にはヴェスファード殿下が居て、やあやあ我こそは~をまたやっているではないかっ!?


もしかしてさっきの名乗り……ドラゴンに向かって言ってたの?


殿下が名乗っている最中に対峙しているドラゴンが再び激しく咆哮をあげた。そしてヴェスファード殿下を睨んでいるようにも見える。


まさかまさかさっきの名乗りをしたことで、ドラゴンを煽っちゃったとか?

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