第66話 クレムリン宮殿(1)


【354日目 東京時間10月27日(水)2300時頃 モスクワ時間10月27日(水)1700時頃 クレムリン宮殿】



 ロシア大統領がアメリカ大統領から露朝国境のロシア側に吸血鬼が使用している宇宙間ゲートがほぼ確実に存在するという事実を通告されてから11日目。




 ロシアの首都モスクワ。クレムリン宮殿の中のロシア連邦大統領府において連邦安全保障会議が開催されていた。

 安全保障会議事務局によって現状と今後の見通しについて説明がなされている。




「……このような経緯でアメリカからの情報をもとに沿海州ハサン地区国境警備隊一個大隊と近傍に駐留する自動車化狙撃旅団を緊急展開しまして吸血鬼たちの移動ルートと宇宙間ゲートの推定位置を急襲したところ、移動中の吸血鬼の団体と遭遇。

このうちの10名を無力化して捕獲しましたが残りには逃亡されました。




更に宇宙間ゲートの推定位置において山腹のトンネルの奥100m地点で直径3mの円盤を発見。


その外観特徴がアメリカからの提供情報に合致することから地球と別宇宙を接続している宇宙間ゲートであると特定しました。これが宇宙間ゲートの外観です」




 スクリーンに映し出された複数の宇宙間ゲートの画像にどよめく会議室。説明は次々と画像や動画を交えつつ進んでいく。




「当初は有線ドローンを宇宙間ゲートの向こうに送り込んで調査。

『弓矢』や『魔法』によるものと思われる反撃を受けましたが重機関銃とグレネードランチャー、携行火器を使用して制圧。


続いて自動車化狙撃旅団の狙撃歩兵をゲート向こうに展開して外部に通じるトンネルを制圧後、トンネル出口に簡易バリケードを設置して橋頭堡を確保。



現在は地球側と異世界側の双方のトンネルの拡幅と補強、ゲート向こう側への車両、装備の移送を行いつつ戦力を増強。


東部軍管区の特殊任務旅団スペツナズ5000名をゲートの両側に展開して陣地を拡充構築している段階です


なお、初期の遭遇戦闘において死者3名、重傷者5名の損害を出しましたが陣地構築以降の損害はありません」




 参集している安全保障会議メンバーは一言も発しない。


 ここまでの説明に質問がないことを確認して安全保障会議事務局による説明が続く。




「捕獲した吸血鬼10名は銃撃を受けて人類なら死亡しているような大怪我でしたが吸血鬼のスキルによって回復。今では健康体となっています。

彼らへの尋問によって吸血鬼の能力、ゲートの向こうの状況について大まかに判明いたしました。




宇宙間ゲートの向こう側の世界。吸血鬼たちは『ノーブイミル』と呼んでいます。なぜこう呼ぶかは後で説明します。


ゲートの向こう『ノーブイミル』は概ね地球と同じ大きさ、同じ気候、同じ大陸配置、同じ人種分布である、地球と瓜二つの世界であると考えられます。

ただし文明の程度は地球の12~13世紀。地域によっては古代ローマ、中国、インカ帝国のレベル。科学技術はないも同然で火器は存在しないということです」




 会議参加者に再びどよめきが起こる。説明が続く。



「吸血鬼たちはノーブイミルに最初からいたわけではなく遥か昔に別の宇宙からやってきたとのことです。

ノーブイミルにやってきた吸血鬼たちは欧州からロシアに相当する地域に永らく潜伏していましたが500年ほど前から宇宙間ゲート近辺に集結して地球側への移住を選択肢に入れていたようです。


このため秘密裏に地球側を訪問しては主としてロシア人を拉致してノーブイミルに連れて行き吸血鬼たちの下僕としたのです。


特に20世紀前半までは地球側宇宙間ゲート周辺では武力紛争が頻発しており住民管理が徹底されず混乱していたため地球人類を大量に移住させたようです。

移住者にはロシア人以外に中国人、朝鮮人、一部日本人もいるそうです。日本人たちは第二次大戦終戦時にどさくさに紛れて拉致してきたそうです」




 どよめきが一層大きくなる。




「というわけで宇宙間ゲートの向こうにあるノーブイミルには我々の同胞であるロシア人とその子孫たちが吸血鬼たちの支配に苦しんでいるのです。

その数はおよそ20万人。彼らが自分達の世界のことを『ノーブイミル』と呼ぶのは地球から拉致されたロシア人たちがそのように呼んだからですね。ロシア語で『新世界』という意味ですから」




 事務局の説明が途切れた途端に会議参集者は勝手に発言を始めていく。



「ノーブイミルに拉致された同胞を今すぐに助けなければならない! 直ちにロシア連邦軍に同胞の保護を命令すべきだ! 更なる連邦軍の増派を!」


「地球と瓜二つの星なら資源が埋蔵されている場所も同じなのか? 早急な調査が必要だ」


「地球におけるロシア支配領域に相当する土地は直ちに領土に編入すべきだ。全世界に向けて直ちに領有宣言を!」


「いや、何を言ってるんだ、ノーブイミル全体に対して領有宣言できるだろう! 

ノーブイミルにアクセスできるのはロシアだけなんだ、他国が関与してくる口実など一切合切全て排除するんだ!」




 威勢の良い声があちこちから興奮とともに湧き上がっていて収まる気配がない。





「皆さん、静粛に願います。吸血鬼達がなぜ地球に移住を検討したのか、その理由が問題なのです。

ノーブイミルには吸血鬼と同じく別の宇宙から来た敵がいて、その敵から逃れるためにノーブイミルを捨てて地球側への移住を試みているのです。

その敵とは死霊魔術師。またの名を死霊使い。吸血鬼たちが言うには、人間に見えて正体不明の『人間じゃない悍ましい何か』だそうです。


外見は人類と見分けがつかないけど人類を食料とする人類の敵だそうですよ。人類を食料にするほか傀儡にして支配するそうです。


ノーブイミルに存在する人類国家の中枢は死霊使い達に支配されつつあって、人類は食料にされている。

吸血鬼たちは死霊魔術師たちに宇宙間ゲートの近くまで追い詰められているのです」




 会議参加者たちは再び好き勝手に議論をし始めた。




「現在はゲートの向こう『ノーブイミル』側の宇宙間ゲートの周囲を要塞化して人類の敵が地球側に侵入できないように工事を開始しました。


死霊使いを地球側に来させるわけには行かないので一切をシャットアウトする体制を構築するためです。同様に地球側宇宙間ゲートの要塞化も同時に進めています。


死霊使い達は人類と見分けがつかないらしいですが、吸血鬼たちは彼らの持っているスキルによって、判別できるということです」




 説明が途切れたところで会議メンバーの一人が問いかける。




「アメリカからの情報提供をきっかけとして宇宙間ゲートと吸血鬼の存在を把握したという説明だったがアメリカはなぜ吸血鬼のことを知っていたんだね。ほかにもいろいろと知っているのではないかね?」





「アメリカの説明によると、北朝鮮を支配している吸血鬼との対話チャンネルを持っていて吸血鬼達からの聞き取りによって異世界と地球を接続する宇宙間ゲートの存在を予想。


宇宙間ゲートの位置についてはアメリカ独自の方法によって概略位置を特定したとのことです。この方法の詳細は開示を拒否。


また、宇宙間ゲートの存在は危険なので封印しなければならない。アメリカに協力させろと強硬です。どのようにして封印するのかの詳細も開示は拒否されました」





「アメリカが宇宙間ゲートの封印を主張するのは宇宙間ゲートの存在が危険だと考えているからだな? だとすると宇宙間ゲートを使ってノーブイミルに連邦軍を派遣している現状は危険ではないかね?

まずはアメリカから入手した全ての情報を我々全員が知る必要がある!


そもそも連邦軍の戦力で死霊魔術師に勝利できるならいいが、その点はどう評価しているんだ?

敵の能力がはっきりせず、戦闘結果の見通しがつかないなら当面は最低限の情報収集機材を残置して宇宙間ゲートを何らかの方法で封鎖して連邦軍を一時的にでも撤退させることを検討すべきだ」




 この批判意見を切っ掛けにして更に否定的な意見が表明されていく。




「別宇宙への連邦軍派遣などという重大な決心を何時だれが決断して実行したんだ? 

事前に安全保障会議に諮るべきなのに、今まで何をしていたんだ?」


「これは重大な法令違反……ロシア憲法に定める国民の権利、法制度の破壊だぞ!

責任の明確化を求める!」




「ちょっと静かにしてもらいたい! これは速やかな対処を要する難しい判断だったのだ! そもそもアメリカが真実を言っていると誰が保証出来るんだ!

私をはじめとして大統領府、参謀本部の初動の判断と行動は誰も非難することは出来ないぞ? 憲法上の規定でも本件の初度対応は大統領の権限に属する事は明らかである! 

それに今こうやって安全保障会議で議論しているだろう! 全く問題は無いのだ!」






 責任追求と批判の応酬によって荒れ模様となっているロシア連邦安全保障会議が行われている会場の片隅で。


 リーナ・フィオーレ(水無瀬美咲)は会議でなされる議論をジッと聞いていた。




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