起動、或いは鋼の巨人
「持ってけ、エッケハルト」
とりあえずとしてそこらに放置された荷物を漁り、盗賊が確保していた火魔法の魔法書を投げ渡す。火力は……無くもないもの。ゲーム的に言えば、(魔力×2+力)×2/3。
大魔法と言われるほどの高位魔法ではないものとしては異様に火力は高い。けれども、多少の空間を開けて作った手の内の空間に焔のナイフを産み出す近接魔法なので火力は兎も角取り回しは悪く、結果全然魔法書が売れなくて流通は既にほぼ無し。逆に制作者もまず居ない物珍しさからコレクター相手には他の同ランク魔法よりちょっと高いという駄目なブツ。
まあ、射程1の魔法なんて魔法の意味がないだろうという話だ。他の同ランク魔法は基本短くとも射程1~2はあるというのに。片手剣や短剣の間合いとか魔法やってられないだろう普通に考えて。
「どうせ格子嵌まってるだろうし、助けてこい。返り討ち……は無いと思うが気を付けてな」
盗賊達を睨み付けながら、そう告げる。
他にも人拐いにあっている人は居るだろう。助けることは、そこそこ信頼は出来る知り合いに任せる。おれが睨みを効かせていること、それが何よりの抑えなのだから。
そうして。結局リーダーをのめされた人拐い等は動くことはなく。普通におれに見張られたまま人拐いの持ち物な縄で全員捕縛される事となった。
……それはある種当然の話。この世界において、ステータスはほぼ絶対だ。戯れに力が50くらいなおれが攻撃力5の棍棒を持って恐らく防御100はある親父の何も付けていない素頭を全力でぶん殴ったとして、ダメージは無いだろう。
人間の頭を子供の力とはいえ全力で棍棒で殴って割れない訳もないなんて生前の常識は通らない。この世界では、補正込み攻撃を補正込み防御が上回ればダメージは0だ。おれの力+棍棒の攻撃力は66無い、それを必殺威力補正1.5掛けても100を越えない以上頭を殴っても親父にダメージはない。
そしておれは何やってんだバカ息子とその日の晩飯を抜かれる。それがこの世界のルールだ。
言ってしまえばだ。この人拐いたちのなかで最も力の高いだろうリーダーが、おれにむけて振り下ろしてダメージがまともに通らなかった以上、どう足掻こうがそれ以下の力数値の人拐いたちがおれにダメージを通せないという話。
正確には致命必殺や奥義などなど防御をある程度貫通する方法はあるのだが、それは目レベルに脆い部分に正確に突きこむか、そもそも上級職以降の奥義スキルを持っている必要がある。
自分の力より防御高い格上相手に下級職がそんなもの用意出来るかという話だ。
なので、最強の人員がまともに戦えない相手には敵わない。それが、この世界の掟である。
逆に理論上
この世界のHPカンストは400であるから。魔王だろうが神だろうが伝説の龍神だろうが太古の大魔獣だろうがHPは400を越えることはないしな。
じゃあ一人で良いだろって?相手が回復してきたら終わるから一応だ。
まあ、これは神は絶対者ではないのだ!という一部教団の戯れ言なので置いておく。逆に、化け物に一点たりともダメージを通せない軍団が数千数万集まろうが、それよりも化け物一匹の方が強い。
数の差は質の差を埋めるが、あまりにも大きな質の差はどれほど大きな数の差であれ覆す。実に理不尽、それが、この世界だ。
そうして、皇族は基本理不尽側に属する。故に、おれ一人で10を越える遥か年上の男の見張りなんて無茶もまかり通るのであった。
「……皇子さま!」
そうして、あまりにもあっさりと、囚われていた人々は解放された。
実はその中にはアナ達が混じっておらず、別の人拐いに拐われていたんだ、なんて間の抜けた話は当然なく、さっさとアナを回収出来た。
「皇子さま、お怪我は……」
「特に無いよ。というか……」
ちらりと、横を見る。
おー痛てと、流石にこれは大道芸だろう道化師になってるんじゃないというレベルで頬から噴水のように血を噴き出すエッケハルトの姿が見える。
「実際に助けたのはエッケハルトだろ?」
「そうだぞアナスタシアちゃん!」
「でも、元気そうだし……」
「しまった、やりすぎた!」
「おいエッケハルト。アナで遊ぶなよ」
苦笑して、とりあえずの確認。
「一緒に拐われた誰それが居ないという者は居るか!」
「妹が眼を覚まさないんだ!体が弱いのにこんな場所で……」
「おれにはどうしようもない。急いで帰るぞ
ってそんな話は後で良い。次!」
そう聞いてみるも、返ってくるのは腹へっただ何だ、そういった言葉ばかり。
「……うん、大丈夫そう」
アナも黙りこくった子供たちに話を聞いてくれ、そう返した。まあ、火傷痕あるおれ相手じゃちょっと萎縮したり警戒する子も居るし当然か。
「助かった、アナ」
ぐるりと、周囲を見回す
孤児院の人員を含め総勢30余名。大体は子供で、大人……ではないがそこそこの年齢まで行っているのはアレットの姉を含めて3人だけだ。
男女比は1:9、10代後半越えてそうなのは3名ともそれなりに顔立ちの整った女性。まあ、男女間で売れやすさは大きく異なるので当然と言えば当然の比率である。美少女は男女問わず買っていく可能性が高いから。
そのアレット自身は、ずっと気を失った姉にすがり付いていて、気が付くとエッケハルトが助け起こしていた。見張りに気を回しすぎてフォローを忘れていたのでその点は助かる。
かといって、見張り中にアレットを構いすぎるのも考えものだったので選択は間違いではない……と信じよう。
歩けないほどに衰弱した者は知り合いに担がせて。おれの筋力なら運べないことも無いが背負うと引きずってしまうのでアレットの姉は背丈のある大人の女性らに任せ、とりあえず人拐いのアジトにあった食料は子供らに均等に分けて。
出入り口を隠す土くれのゴーレムは鉄棒でもって殴り壊し(防御35ないので滅多撃ちで壊せた。ゴーレムとはいえ所詮は土くれである。レンガならちょっとヤバかったがレンガだと入り口がバレバレである)、おれと拐われた子供たちとドナドナされる側に立った人拐い等は夜の空に出ていた。
「エッケハルト。これを」
夜空は星の光を湛え、何時ものように極七神星は真北であろう方角に輝いていたが。北が解ったところで今居る場所がどこか分からないので意味はない。この辺りの地図ならば地属性や水属性の魔法でマッピング可能だ。
その為の魔法書もどこかの家から拝借してきたのかアジトにあった。だからといって、この辺りの地理と北が分かっても皇都の方角が分からないので無意味。
そんな時にこそ、役立つものが光信号である。花火なので都合良く火属性。それも運良くアジトから拾えていた。恐らくはだが、これを使う一人が囮として別方向に移動、関係ない光信号を打ち上げて騎士団を混乱させようとしていたのだろう。
魔法書を見ると正式な形状ではないパチモノで、挙がる花火信号の形状も違うはずだが、ぱっと見騙される可能性はある。
まあ、そんなものなので返してくれるかは運だが、正式な順番ならやってみる価値はあるとしてエッケハルトに投げ渡す。
「任せろゼノ。どの色を打ち上げれば良い?」
「黄色、赤、黄色、白、緑の順で頼む。
ああ、後でしっかり忘れてくれよこの順番。どうせどやされるけどさおれは」
と、さらっと機密を漏らすおれ。いや、必要だから許して欲しい。
打ち上げてから数十秒。北西から、返答たる紅の花火が2発あがった。
「良し良し、進路北西。目指すは皇都!」
だが。そう叫んだその瞬間。地鳴りが、その行く手を阻んだ。
暗い中に、数名に持たせた松明の明かりに照らされ鈍く輝くのは……人と呼ぶにはあまりにもゴツい人型の異形。
その銀のボディは金属光沢を放ち、その腕はおれの頭並みに太く、その背からは何かを噴射する嫌な音が聞こえてくる。
その足は地面に着いておらず、そもそも其処に地面はない。抉れている。
……掘ってきた、いや、埋められていたものが身を起こしたのだと気が付くまでに、数秒掛かった。
ボーン、と何か……それこそ生前ゲーム機を起動した時のような音と共に、顔らしき部分に蒼い光が灯った。
そう、警戒すべきだった。まだ居ると。彼らの切り札を、捕らえたから大丈夫と見落とした。
「アイアン、ゴーレム……」
「アイアン、ゴーレム……マジかよ」
呆然としたエッケハルトの声が、耳に反響した。
「走れ!何処へでも良い、兎に角逃げるように!」
即座にその言葉を吐けたのは、おれにしては凄かったと思う。
恐怖にかられ、居場所を知らせる松明なんて放り出し。子供たちは各々蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
それで良い。それで逃げられる子供が出るならば、十分じゃないか。
……だというのに、だ。
「アナ、お前も逃げろ」
一人、逃げない少女が居た。
「皇子、さまは?」
「おれは良いんだよ!誰かがこいつを止めないといけないだろ!」
「そうだぜアナスタシアちゃん!皇族がそのプライドで時間を稼いでくれている間にこの俺と逃げるんだよ!」
「おいこらエッケハルト!お前は残って戦え!」
「死ぬわ、殺す気か!」
「当たらなければ死にはしない!」
「当たったら死ぬんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「必殺でなければ一発は耐えるかもしれないし、死ななきゃ安い!」
そんな漫才も、半分くらいは現実逃避で。
「アナ、自分が生きることだけ考えて」
既に子供達が投げ捨てた松明の火は草原に広がり出している。まだまだマシとはいえ、燃える中を突っ切れと女の子に言うことは出来ない、逃げるのはもう無理だろう。
アイアンゴーレム。鋼鉄の巨人。
ゴーレム関係の魔法の中でもその強さから特に良く使われ、脅威とされる魔法だ。より強いゴーレムは、ゲーム版アイリスとかいうチート以外だとどう足掻いても上級職のしかもレベル15以上でなければ作れない為製作出来る者がそもそもとても少なく全然使われない。
故にアイアンゴーレムを作れるか否かがゴーレム使いの優秀の基準。
術者によって多少色々な能力に差こそあるものの、大体の場合は……HP250、MP30、攻撃90、防御80というのが基準値。
おれの攻防が50ちょい、人拐いのリーダーが40無いだろうくらい、アナが多分一桁と言えば、そのヤバさが分かるだろう。
というか、ゲーム版でのおれ、つまりは上級レベル10加入の序盤お助けキャラであるゼノでHP153、攻撃96、防御93なのでHP以外そのおれと同程度である。他ステータスはおれのが上だけど。
この世界の基本は攻撃引く防御=ダメージであることを念頭に置くと、HP+防御が90無ければ一発で殴り殺される。おれのHPも90くらいなので、おれだと大体3発食らえば死ぬ計算だ。
因みに、エッケハルトは耐えるかどうかは知らないが、とりあえずアナ達普通の子供はオーバーキル。3回くらい間違いなく軽く死ねる大盤振る舞いだ。
……絶対に、彼女らにその拳を向けさせてはいけない。そんな苦しみの中、誰も死なせてはいけない。
そして此方は、とりあえずダメージ通す手が現状無いので数万回殴っても勝てない。
「エッケハルト、魔法は?」
「無理。何もない」
「知ってる」
だが、そこはゴーレム。人間ではないので脅威とはいえ弱点はある。魔法だ。
当然ながら、鋼鉄だろうが木だろうが泥だろうが、ゴーレムの魔防は0である。簡易対魔法バリアを付けられている個体も居たりはするが、それも所詮は後付けのバリア。元々の魔防0には変わりがないのでバリアをガス欠にすれば素通りする。
なので、どれだけ堅かろうが魔法で滅多撃ちにすれば倒せる訳だ。だからこそ脅威とはいえ、騎士団等からはたとえ敵が使ってこようと被害は出るが勝てる相手と認識されている。
……だが、それは魔法を撃てる人員が揃っていて、の話だ。魔法書が無い現状、その手は使えない。正確にはあのヒートブレードはあるのだが、射程1である。殴られて死んでこい宣言でしかない。
必殺の一撃ならばステータス数値的には通りそう……ではあるのだが、武器が鉄格子の成れの果てでは無理だ。必殺なんて出せる訳もない。
正確に隙間なんて狙えないし狙えても幅広過ぎて入らない。ゲーム的に言えば必殺マイナス武器で必殺にマイナス補正がかかるゴーレム相手に現状必殺は出せない。
つまりだ、勝ち目はない。いや、ひとつあるにはある。致命必殺が。
「ふははははっ!これがっ!切り札だぁぁっ!どうだ皇族さんよぉっ!」
高笑いをあげるのはリーダー。
成程、切り札のゴーレムはアジト外に埋めて隠しておいていたようだ。道理で、あそこで大人しく捕まった訳である。道中恐らく埋まっている辺りを通る、そうすればゴーレム起動で逆転が出来るという訳か。
ストーンゴーレムくらいなら何とかぶちのめせるから行けるかとたかをくくったおれのミスだ。
まさかアイアンとは。
上級職になる直前まで行けたならば、天才肌の傀儡師ならば行けなくもない領域であるのだ、アイアンゴーレム作成も。
まさかそんな人材が人拐いのゴロツキなんぞやってないだろうと思っていたのが甘かった。騎士団でも食っていけるだろうに。
「惜しいな、騎士団来る気ないか?
良い線行けると思うんだけど」
「ざっけんな皇族ぅっ!淫行多発だ何だで解雇しておいてよぉっ!」
その場で何とかしとけそこの騎士団っ!追放した結果コレかよ!
と、叫びたくはなるがまあ、仕方の無い事といえば仕方の無いこと。多分、ゴロツキ云々で自分達に仕事が回ってきて解決して……とか思っちゃったんだろう。
真実は知らないがおれの中ではそういうことにしておこう
「手は傷つけられて弱くなったが、こいつがありゃ関係ねぇ!
あんの騎士団のヤロー共にも隠していたアイアンゴーレムでやってやらぁっ!
年下に、欲情することの、何が悪いぃぃっ!」
その言葉と共に、ゴーレムが青い目から……ビームぅっ!?
間一髪、横に避けて事なきを得る。背後の石が、綺麗にビームの円にくりぬかれた。一部ゴーレムに搭載されていることがある魔法、ビームライフルだろう。
ゴーレムビームかもしれないがそのどっちかだ。何でそんな名前なのかは、魔法書の作者に聞いてくれ。
ゴーレムにビームを打たせる魔法だ。予め製作時に唱えておくことでバリア用の
一発撃つだけで貯蔵が大きく減るため数発が限度(アイアンゴーレムに貯蔵されているMPは大体25が基準値で、ビーム一発で10消費する。バリアは一回1なのでバリアの10倍は魔力を使うわけだ、低級ゴーレムならばそれ相応に貯蔵魔力も低いので一発しか撃てない切り札だったりもする)。
だが、まあ、70固定の時点でその脅威は分かるだろう。おれや魔物なら70素通しである。二発でオーバーキル。魔物退治にそこらの騎士団で使われたりした際に、最強の壁であり最強の砲台にもなれる訳だ。
「行け、我がゴーレム!」
「「「やっちまえ、アニキーっ!」」」
やんのやんの。まだまだ縄かかったまま元気なことである。形成は向こう有利なので仕方はないが。
「ってか、何歳に手を出したんだよぉっ!」
「14だ!」
「犯罪じゃねぇか!」
因みに成人は15だ。15以上ならセーフである。何故あと一年待てなかったんだ。
「そうだぞ!ロリコン!」
「ロリコン?意味は知らんが、うるせぇぞ貴族のガキ共!体はどんどんと花開きつつも心は蕾のままってアンバランスさが良いんだろうが!」
「「そうだそうだ!さっすがアニキ、わかってるぜ!」」
「いやもっと幼い子をオトナにするのが……」
なんのかんの。実に賑やかな事である。
その間に致命必殺を狙おうとは思ったのだが……間合いが難しい。恐らくはコアだろうあの青い光を、目を破壊しようとは思ったのだが、子供の体格ではどうにも遠い。
成人男性の倍以上の体格のゴーレムの頭まで駆け登るにも時間がかかり、対応されてしまうだろう。摺り足でこっそり近付いてはいくが、決定的な動きはやれない。
「はっ!ゴーレムだってお前を倒せば……」
「いやエッケハルト、術者自身が死ぬと無差別暴走モードになるようにしたゴーレムは割と多いぞ」
「そうだったわ!畜生!」
「その通り!」
「「アニキぃ、オレ達もっすか?」」
「無差別なんだからそうだろ。いっそ殺すか?この縄で繋がった奴等を殺してる間にアナ達は逃げられるかもしれない」
やった時点で皇族失格ものである。上手くいっても酷い扱いだろう。人拐いとはいえ、問答無用で殺して良い法律はない。捕らえるべきなのだ。あくまでも気を引くための冗談。
「さあ来いクソ皇族!実は俺はお前に勝ち目はないがこの俺を殺したらゴーレムが無差別に皆殺すぞぉっ!」
と、囚われたままの術者が叫び。
「ふざけんなぁぁっ!」
だが、迷っていても仕方はない。覚悟を決め、おれはゴーレムへと走る……!
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