呼び声、或いはドナドナ
「それで……」
ひたすらに割と勝手知ったる城内を歩き、辿り着いたのはアナと出会ったあの城壁近くの庭園。……というか、本来の城壁の外に作られた庭園。
アナ侵入なんてあった結果、一応改修はされている。といっても本来の城壁の外に忌み子たるおれの為に作られた半隔離区画、そこの壁には本来の城壁には存在する悪意を読んでの自動迎撃魔法なんて無いのだが。
業者の雇った作業員の中に盗賊稼業の者が居て、狙って穴を作っておいた、それで子供がそれを見つけて侵入できてしまった……って程度の防犯である。
穴は結局作業員が別件の泥棒で捕まっていた為城壁の外、つまりは貧民街の子供たちにしか知られておらず、アナ関係の事件後に穴は埋められたが、相変わらず単なる壁である。
本来の城壁を抜けて辿り着ける理由は簡単、元々城壁に隠し扉があるのだ。といっても、知らなければ見つけられるものではないが。というか、城壁に触れた際、元々知ってなければ隠し扉を探すということは何らかの理由で侵入しようという悪意を持つ行動であるので迎撃される。
「こ、こんなところに連れ込んで……!」
「いや、なにもしないけど?話しやすいから来ただけ」
移動がてら、庭園で一際目立つ巨木の枝に引っ掛けられた鈴の紐を引く。勝手に鳴らないのかというと、一応皇城の中、風魔法があれば意図しなければそよ風しか吹かないので鈴が鳴るほどの事は起きない。だから、鈴が鳴るという事は誰かが呼んでいるという意思表示になるのである。
まあ、入ってきた誰かが鳴らさないとも限らないが。といっても、衛兵が来るかもしれないと思って基本は鳴らさないだろうこんな露骨なもの。アナだって、あの行動は寧ろ咎められるもの、衛兵にでも見付かったら殺されても当たり前と分かっていたから鳴らさずに隠れて震えていた訳だし
それでも、国民の最強の剣であれと建国のお伽噺に詠われている皇族に助けを求めた……らしい。
「……用件」
「おれの婚約者様らしい。お茶を用意してくれないか」
鈴の音と共に庭園に顔を出したメイドに、そう頼んでおく。
露骨に嫌な顔をされたが、まあそれは気にしないことにする。どうせ、レオンとの時間がーとかそういった事だろう。
或いは、師匠に話を通しておいてくれといった3日前の恨みか。プリシラはあの人は怖いって嫌ってるから。ちょっとおれと同じく顔に傷があって額に2本の角が生えてるだけだろ怖……いな、普通に。
ってか、2本角は普通に考えて牛鬼の意匠だから怖すぎるわ。
「……安物?」
「高級品出してやれよ、婚約者様は商家出だ。下手なものをだせば出した側が舐められる」
「ぶれーものの部下はぶれーものな
んですの!?」
「いや、おれを舐めてるだけだと思う」
いやまあ、魔法の能力が基本的にぶっ壊れてる皇族の中で、そこまででない自分以下のおれとか、子供からしたら舐めても仕方ないだろうが。特に皇族たる理由は力であるのだし。
「同じだろ。似た者同士仲良くしてやってくれ」
「い、や、で、す、わ!
なんでこのわたくしがこんな忌み子とこんやくなんて……!」
「親父の意図だろう。文句は親父に……当代皇帝に言ってくれ」
「人をみる目がなさすぎますわ!」
頬を膨らませる姿は、年相応。
それが、おれ関連でなければまあ良かったのだが……
「まあ、うん。おれをちょっと過大評価しすぎているとは思う」
「ちょっとどころではありませんわ!」
いきり立つ婚約者の少女を、木の下のテーブルに誘導する。
そこに自分も腰掛けようとして……ひとつ、不可思議な音が耳に入った。
「お茶にお菓子くらいは付くんでしょう?」
「それは家のメイド次第かな。在庫はあるだろうけど
……少し黙ってて」
唇に指を当て、耳を澄ます。残念ながらおれは
えーっと、これは……
ぐ、そ、お、お、し?
いや、クソ皇子、か。
「ってお前もかよ!最近流行ってるのかおれを舐める呼び方!」
流行ってるのかもしれない。そこらの貴族から言われたことも何度かあるし。お前ら幾ら基本自分がマウント取れない皇族の中でおれだけ雑魚忌み子扱いだからってな……
耳を澄ませて聞き続けるが、やはり定期的にクソ皇子、とおれを呼ぶ声はする。城壁の向こうから、だろうか。
城壁の先にあるのは貧民街。割と貧しい者達の街。街の正門は大路で城の正門にそのまま繋がっているという見栄え重視で防衛に難がある造りである以上、正門側に貴族街やらは集中している。結果城の僻地は貧民街と接している作りなのだが……
とりあえず、呼ぶ声はエッケハルトの阿呆でもレオンでも無いはずだ。彼等なら普通に城に入れる。
とすれば、アナの孤児院関連。だがそれも可笑しい。水鏡の魔法書は孤児院に置いてある。それを使って此方の水鏡用の溜めた水と繋げて用件を書いた紙を見せれば良いはずだ。
割と難易度ある魔法ではあるが、アナなら使える。というか交渉の際に使った。
それを使わず、届く気があまりしない城壁越しにおれを呼ぶとすれば……
何かしら、アナにあった場合。例えば、水鏡を使えないほどの高熱でも出した、とか。
「悪い。用事が出来た」
一言だけ告げて、深呼吸。
一際目立つ木から後ずさりながら、息を整える。
距離目測、集中よし、Go!
スタート。平たい地面を疾走し、その勢いのまま木の正面で踏み切る。速度を出来るだけ殺さぬように木に着地後、そのまま強引に靴底のデコボコと樹皮を噛み合わせてグリップ、その表面を駆け抜ける。
それで止まりはしない。まだ走りやすい木を速度を保って駆け上った今、そこから更に天辺の枝のしなりを使ってジャンプ、城壁上部に辿り着き、速度が足りずに落ちる前に、ギリギリで上にしがみつく。
今おれに出来る手としてはパーフェクト。敏捷にものを言わせた強引なショートカットである。わざわざ城を門から出ては時間が掛かって仕方がない。因にだが、親父ならそのまま城壁を駆け上るが、そんなものおれには無理なので木という登りやすいものを使った。
グリップしやすい木なら兎も角、城壁を駆け上るって何だよあの人。まあ、その気になれば風魔法なり何なりで魔法を使えばこの城壁越えられない皇族なんて居ないのだが。
というか、一番おれの越え方が不格好である。皇族の癖に城壁越え程度成功率5割とか雑魚かよおめー。
城壁から、貧民街を見下ろす。大体目測で15mほど。飛び降りればちょっと痛い。着地を失敗すれば怪我も有り得る。風魔法なりでクッション作れば良いのだが、そんな才能はおれにはない。
「クソ皇子ぃっ!」
叫んでいるのは、孤児院の子供の一人。アナの一つ下の少年だ。
その存在を確認し、まあ、着地すればいいんだよとおれは虚空へと足を踏み出した。
「ちょっと、おいてけぼりですの!」
悪いな、そうだよ。
「アナが浚われたぁ!?」
飛び降りたおれを待っていたのは、そんな言葉だった。
「頼む……クソ皇子、ねぇちゃんを……」
別に、この少年とアナに血の繋がりはない。単に孤児として年上のアナをねぇちゃんねぇちゃんと慕ってるだけだ。
結果、僕のねぇちゃんを取ったと認識しておれをクソ皇子と目の敵にしていた……んだろう。アナの眼前ではクソ皇子呼ばわりは怒られるので抑えていたようだが。
「分かってる」
……誘拐ルート。考えた事はあった。光源氏ルートだとかも。だが、幾らクソ雑魚忌み子でも皇族の保護下にそうそう手を出す阿呆は居ないだろうとたかを括っていた。
自分は忌み子クソ雑魚だろうがキレた皇族が皇帝を呼ばないとも限らないから、手出しなんぞしないだろうと。正面から皇帝に勝てる奴などこの国には一人として居ない。
実は割とぶっ飛んだ経歴持ちのおれの師匠でも無理だ。つまり、皇帝に喧嘩を売るということは即ち死だ。この世に両手の指で足りる最上級職、その上アホみたいな上限値と成長率を誇る皇族専用職で神器持ち。
伝説の勇者だとかと同格と言っても良いバケモノに誰が喧嘩を売りたいだろう。
というか、だ。ゲームにおいて条件を満たすとお助けキャラとして加入するのだが、その際のスペックは意味不明。難易度Hard深度5のラストステージをソロれると言えばその意味不明さが分かるだろうか。
難易度低いとたった一人で魔神王3形態全てと殴りあいラストステージをクリアするバケモノ、それが当代皇帝である。喧嘩売る奴とか居ないだろう流石に、と思っていても仕方ないだろうこんなの。
だが、違ったらしい。おれもやっぱり甘い。
がくり、とおれの腕の中で弛緩する少年の体を抱き止める。致命傷ではない。意識を失っただけだ。外傷は特にはない。
まあ、当たり前と言えば当たり前。彼曰く、頼まれた買い物を終えて帰ってきたら孤児院がめちゃくちゃに荒らされてた、らしい。
彼自身は犯人に会ってはいない。傷なんて無いだろう。だが、心労で倒れた。
「すまない、そこの人。彼の事を頼めるか?
後で礼儀は通す」
「任せて下さい皇子!」
「いや俺に!」
「私に!」
口々に手を伸ばす民に苦笑しながら、皆に送るから皆でやってくれ、と返して気絶した少年を横たえる。
まあ、城壁越えてきたのを見ている民達は、おれを皇子だと信じるだろう。ならば、頼まれた少年を介抱すれば礼という名のかなりの金が手に入る……という打算に動かされるのは当然のオチである。
それで混乱が起きてしまうのも必然、皆に最初から配るからと言わず、一人にとしようとしたおれがバカだった。
人混みを抜け、孤児院まで走る。
「いやー、酷いなこれ」
其処にあったのは、原型を留めた家。だが、その正面扉は斧らしきもので蝶番が破壊され、玄関に落ちている。
内部もまた荒れ放題。金目のもの全部を持っていこうとしたのだろうか、衣装棚も何もかも扉が開いて中身が床に散乱している。実に典型的な物取りの仕業であろう。
と、言いたいがここまで荒らすのは普通ではない。何たってここまでやればすぐにバレる。単なる物取りはもっとこっそりやるものだ。バレて兵を送られたらどうするというのだ。
兵なんぞ返り討ちよ!と粋がれる程の勢力でなければこんな荒らしはしないだろう。
「ん?おめぇここのガキか?」
ふと、影が頭にかかったので振り返る。
大男が、此方を見下ろしていた。
市民の皆さまは遠巻きに眺めるだけである。一人兵士の詰所に駆け出していくのが視界の端に見えたがそれだけ。
正しい判断である。ステータスがあるこの世界で、見るからにやばい相手に数人がかりでも蹴散らされて怪我人や死人が増えるのがオチだ。遠巻きに見つつ、こっそり対応できるだろう兵士を呼ぶのがベターな手。
だとすれば恐らく真っ昼間に行われた最初の荒らしから時間が経ってるだろうに未だに兵士が駆け付けていないのが気になるのだが……
「みんなをどこにやったんだ!」
舌足らずさを出すように叫ぶ。
振り返る地面に見えたのはかなりの大きさで点々と残る僅かな土の陥没。恐らくはゴーレム系の通った跡。
成程、そのせいか。石造りのストーンゴーレム辺りが使われたのならば、末端の兵士ではそうそう太刀打ち出来ないだろう。より上を呼びに行ったのだ。
「ちっ、男かよ。儲からねぇ。
教えてやろうか、ガキぃ」
訓練用の割とボロい服(師匠にボコられて良くほつれる。今さら毎回直しても無意味とそのままだ)を着ていたのが効を奏したようだ。
城壁飛び越えてたのを見なかった彼には孤児院の一員扱いしてもらえている。まあ、お忍び用のボロ布だと見てた人には認識されたのだろう。たまに親父も安酒呑みたいと街に降りるらしいし。それで良いのか皇帝。
妹に会いに行くのにそんな服で良いのかって?良いのだ、着飾っていくと似合わないだ何だ文句を付けられるから、粗末な服で行くことにしている。
泥臭いのがお似合いだとでも言いたいのか、割とこの服のアイリスからの評判は良いのだ。複雑な事に。
男かよ、という事は人拐いだろう。基本的に男より女の方が高く売れる。
需要が違うのだから当たり前だ。魔法があれば力仕事なんて大半何とかなるんだから、力仕事用の男奴隷なんぞあまり売れない。
顔が良ければ一部女に飽きたお貴族様や男を買う貴族の奥様に売れるかもしれないが、生憎おれは顔に火傷があって悪くなかったはずの顔立ちが台無しだ。
「教えて……」
「連れてってやるよ、オラぁ!」
分からない奴ぶって首を傾げたおれの脳天に、棍棒が振ってきた。
どうせそんなこったろうと思ったがまともに食らったフリをして、まるで気絶したかのように倒れる。
実際にはダメージは無い。死なないまでもダメージ食らうんじゃないかと思っていたが拍子抜けである。
……脳天だからクリティカルヒット、所謂必殺だよな、多分これ。それでおれに通らないって、割と弱いんじゃ無いだろうかこの人拐い。少なくともアナの事件で剣を受け止めた兵士はもっと強いぞオイ、筋力20あんのかてめー。
いや、殺してしまったかとか不安がらない辺り、大男ではあるが子供すら一撃死しない見かけ倒し筋肉と自分でも理解してるのかひょっとして。
まあ、良いか。とりあえず連れていってくれるというなら有り難く運ばれよう。
延びたフリを続けながら、とりあえず縛られーー子供程度と舐めてるのかかなりユルくその気になれば千切れる程度ーーそのまま運ばれることにした。
って気絶したフリってのも面倒だなおい。つい動こうとしてしまう。
初めて知ったわそんな事。知りたくはなかった
そのまま馬車に放り込まれると、直ぐに馬車は動き出す。一息つけるかと思ったが、運んできた大男はおれと同じ荷台に乗ってきたので流石に無理。
そのまま、数時間ほどドナドナられて、漸く彼等の根城に辿り着いたのだった。
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