2 成竹くんとの会話

 僕は一人、喫茶店で人を待っている。待っている相手は僕が嘘をつくきっかけになった人物・成竹龍星りゅうせいくんだ。

 彼は本当にすごい人だと思う。まず容姿がカッコいい。彼がその場にいると周囲が自然と輝く。華やかになる。だから多くの人は彼を一眼見ただけで好きになるし、魅了される。

 僕にはない魅力だ。

 成竹くんはとにかく人の気持ちを盛り上げるのが上手だ。寂しそうにしている人がいればその人を励まし、怒っている人がいればその人の気持ちを穏やかにする。悲しみに暮れている人には優しさを見せ、嬉しそうな人にはより幸福へと導いていく。

 僕が彼の嘘に加担したのも、彼の言葉に魅了されたからだと思う。彼の言葉にはどこか真実があり、真理がある、ように思ってしまう。説得力があるのだ。

 僕にはそれがない。僕は人と話すことが苦手だし、大勢の人に囲まれるのは苦痛でしかない。他人が何を考えているのかはあまり興味ないし、相手がどんな気持ちでいるのかわかった試しがない。

 ………正直言うと、僕は成竹くんを尊敬している。

 だって彼は僕にはない魅力をすべて兼ね揃えている。容姿の美しさ、他人への配慮、立ち回りの上手さ、言葉の巧みさ。僕には持ち得ない魅力ばかりをその身に詰め込んでいる。そして僕と一緒にいることを厭わない。

 僕が彼のような人間だったら、僕は嘘をつくことはなかっただろう。



 僕は今までずっと成竹龍星りゅうせいの名前で絵を描いていた。

 始まりは小学三年生。僕は父親の仕事の関係で引っ越してきたばかりで、いつも一人ぼっちだった。けれど寂しくなんかなかった。僕は友達作りよりも絵を描くのが好きだったから。だから毎日一人でひたすら絵を描いていた。

 そんな僕に声をかけたのが成竹くんだった。

 彼は出会った時から輝いていた。いつもクラスの中心に位置していて、女子たちからは絶大の人気を誇り、クラス委員長をしていた。大勢の男子からも一目置かれ、分け隔てなく大勢の人と接していた。そんな彼を見て大人たちは成竹くんの素晴らしい将来を夢みていた。

 ずっと一人でいる僕を憐れんでなのか、成竹くんはある日、孤立している僕に声をかけた。そして僕が書き溜めていた絵に気づいたのだ。

『お前が描いた絵を俺が描いたことにしてコンクールに出してみようぜ! きっとみんな驚く!』

 成竹くんにとっては小学生らしい、ちょっとイタズラだったのかもしれない。そして僕はただ絵が描ければそれで良かった。だからその提案に何も思わず、乗った。

 成竹龍星の名前で応募した絵はコンクールで優勝した。

 周囲は彼をもてはやした。見た目もよく勉強もでき、人から好かれる彼。その彼には芸術の才能があったのだ。その事実を大勢の大人たちは褒め称え、彼を担ぎ上げた。その神輿に乗ることを彼は喜んだ。そして彼は僕にお願いしたのだ。彼がついた小さな嘘を、これからもずっと支え続けることを。



 でも今、僕は彼から離れようとしている。成竹くんの名前で絵を描くことが嫌になったし、いつまでも続けられる嘘ではないと思うから。多くの人たちに嘘をついたことで、絵画コンクールで何度も賞を受け取っている。それは許されないことだ。だから僕は一生をかけて償わなくちゃならない。

 猫先輩がそんな僕を応援してくれた。

『君はいちいち大袈裟に考えすぎだよ。所詮は学生の美術で部活動だ。それで大金を稼いだわけでもないし、誰かが死んだわけでもない。受賞したというのなら、もらったものは返却しろ。それで済む話じゃないか。それなのに絵筆を折るだなんだ言って人生悲観して。君は阿呆なのかな。許されないのはあっちの彼であって、君じゃない。むしろ技術を持った君はその技術を伸ばし続ける義務と責任がある。───それこそが、君の罰だよ。この先どんなに絵に対して絶望しても苦悩しても後悔しても、逃げちゃ駄目だ、絶対に。君は一生をかけて絵と向き合っていかなくてはならない。そうしなくては騙された人たちが君たちを許さない。………その人生は、嘘をついて君が得るべき評価を掠め取った彼よりも、ある意味苦痛かもしれない。それでも、君は絵筆を握り続けるべきだし、捨てることはこの私が許さない』

 ………なんて温かい言葉なんだろう。

 僕は、いままでついてきた嘘が露見したとき、きっと罵倒されるだろうと覚悟していた。もう二度と絵を描くなと言われるに違いないと思っていた。でも、そうじゃなかった。

 これから先は、僕は僕のために僕の絵を描く。たとえそれが世間に評価されなくったって構わない。いままで他人の名前で描いたのだから、簡単に認められると考える方が間違っている。

 どんなに極貧になったって、誰にも見向きされなくったって、僕は僕の名前で絵を世間に公表し、それを売って生きる。

 ───僕は、画家になる。

 猫先輩の叱責に心が温まった僕は勇気を出して決意を固めた。だから今、僕は喫茶店で成竹くんが来るのを待っている。



 約束の時間は朝の十時。スマホの時計を見ると、時刻はあと五分で十時だった。

 僕が今いる場所は喫茶店・タイニー。この店は学校近くにある。煉瓦でできた趣のあるお店で、丸い小窓が店のあちこちについていて可愛らしい。同校の女子生徒に好評なお店だ。その外観にマッチするように、店内のいたるところに小鳥の小物が置いてあり、店の中央には暖炉が設置されている。暖炉は使われていないようだけれども、その存在感が店の雰囲気をよりよくしていた。

 店内は、僕以外に数人、常連客らしき男性や女性の姿がちらほらとある。僕はその人たちから離れた場所の席にいる。

 時刻が近づくにつれて緊張感が高まる。今から成竹くんに会って話すことは、関係の解消だ。僕はもう二度と成竹くんの名前で絵を描かない。それを伝える。

 たったそれだけのことだけれど、でも、少し怖い。別に成竹くんが僕にたいして暴力を振るうとか、そういった類の恐怖はない。彼は紳士的に対応してくれる人だと信じているから。暴力を使って相手を説得する人じゃない。

 僕が恐怖を抱いているのは、関係解消を伝えた後の成竹くんの反応だ。

 僕は人付き合いが得意ではない。誰かと会話をして楽しむよりも、自分一人絵と向き合う方がずっと心地いい。他人と会話をすることはとても疲れるし、うまく会話できない自分にたいして失望感を抱いてしまう。だから一人でいるのが好きなのだ。

 そんな僕に唯一優しく接してくれたのが成竹くんなのだ。彼と話をしていると、自分の惨めさを一時の間、忘れられる。彼は僕と話すことに拒否反応を示さない。ぼそぼそと呟く言葉をちゃんと聞いて、答えてくれる。他人と話すことが苦手な僕の、数少ない話し相手。それが成竹くんだ。

 関係を解消したら、きっと成竹くんは僕と話をしてくれなくなるだろう。それが少し残念で、怖い。

 十時きっかりにお店の玄関が開かれる音がした。ちりんちりんと扉に備え付けられたベルが鳴る。僕は席から首を伸ばして来客を見、それが成竹くんであるのを確認した。

「よお、尚太なおた。どうしたんだ? お前の方から呼び出しだなんて珍しいじゃないか」

「うん。ちょっとね」

 成竹くんは僕の反応に少し首を傾げたけれど、それだけだった。何事もなかったかのように僕の真向かいの席に座り、お店の人にカフェオレを注文した。僕はそんな成竹くんをじっと観察する。

 今日の成竹くんの服装はいつも通りイカしていた。おしゃれなプリントシャツにカッコいい上着。綺麗な黒色のズボンに赤の靴。耳には金のピアスが光っている。自分の魅力を最大限活かす着こなしだった。

 僕はお店の人が成竹くんのカフェオレを持って来るまで静かに待った。その間、成竹くんは最近見た映画の感想、近所に出来た新しい店の話、この間見つけたコートのカッコ良さ。さまざまな話題を矢継ぎ早に話す。

「あのコートはなかなかのもんだったぜ。俺が着たらデザイナー冥利に尽きるってな!」

 その言葉と同時にカフェオレが運ばれてきた。そこで成竹くんの会話は一時中断。その隙をみて僕は勇気を振り絞り、言った。

「もうやめようと思う」

 言って、心臓が激しく動いた。その鼓動が耳にこだまする。変な汗が背中を伝って、僕は思わず唾を飲み込んだ。

 成竹くんは僕が言った言葉に驚いた。驚愕の表情を浮かべてじっと動かず、僕の様子を観察する。

「………聞き間違いか? 尚太、悪いがもう一度言ってくれないか?」

 成竹くんのお願いに、僕はもう一度勇気を振り絞って言葉にする。

「その………成竹くんの名前で絵を描かないことにしようと、思うんだ」

 言って、僕は視線を逸らした。成竹くんの反応が怖かった。

 視線を床に移動させたまま、僕は彼の反応を待つ。一分以上してから、成竹くんがどうして、と呟いた。

「どうして? 俺たちいままでうまくやって来たじゃないか。それなのに」

「嫌になったんだ。………ごめん」

 成竹くんの様子をそっと伺う。その表情は怒っているのでもなく、悲しんでもいなかった。じっと何かを考えるように腕を組んで机に置かれたカフェオレを見ている。

 数分間、僕たちは黙ったままだった。このまま何も進展しないんじゃないかと不安になった時、ようやく成竹くんが口を開いた。

「嫌になった、か。まあ、そりゃそうだよな。描くのはいつも俺が注文した絵ばかりで、尚太オリジナルの絵がないもんな。そりゃ、嫌になるさ」

 言葉に少しの違和感を感じたけれど、僕は成竹くんに頷いた。

 ───よかった。彼はやっぱりいい人だ。僕の気持ちを汲んでくれる。僕のワガママで関係を解消することを許してくれる。

 そうほっとしていると、だがな、と成竹くんが言葉を続けた。

「このまま俺が絵筆を折ったってことになると大人たちがびっくりする。それは困るぜ。やめるにはちゃんとした理由が必要だ。そうだと思わないか?」

 僕は成竹くんの言葉に首を傾げかけ、頷いた。

 ───成竹くんは僕の絵をコンクールに応募したくさん受賞した。神童だと言われているのだ。それなのに突然やめるだなんて言ったら確かに、大人たちはびっくりする。

「俺たちはチームで最高の芸術を作り続けてきた。小学生の時のあのコンクールからいままでずっと、な。それを終わらせるんだ。なら特大の理由がいる。そう、例えば」

 そうして成竹くんは僕にひとつのアイデアをくれた。

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