第53話

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 追09_犯人は誰だ?

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 さて、トーマ殺害の状況について、色々分かってきた。

 トーマは堅実な経営者で、商会は銀行との繋がりを保つ程度の借り入れはあるものの、問題ないレベルの額だからしっかりと黒字を出している。

 航空艇のメンテナンスなどはケチらず、安全に十分に配慮していたから整備士からの評判はいい。

 客室乗務員やフロアスタッフからも不満は聞こえなかった。

 全体的に不当な扱いを受けたものはいない。従業員の線はかなり薄いと見るべきだろう。


 取引先も関係が悪いものはなかった。この五年で取り引きを停止したところもない。恨まれることはあっても、殺すほどの恨みを買うことはないだろう。


 競合する商会は当然ながらいい感情は少ない。それでも堅実な商売をしていたトーマを殺したいと思うような者は見当たらなかった。


 最後に血縁者だが、トーマの妻は二年前に亡くなっている。子供はなかった。父親はすでに他界し、母とあのバカ兄と弟、そして妹がいる。バカ兄は法的に勘当されているから、財産の相続権はない。


 弟は技術者で整備士たちを束ねている幹部だ。経営にはほとんど携わっておらず、もっぱら整備工場で航空艇を弄っているそうだ。結婚はしているが、妻のほうは一切商会に関わっていない。

 経営や金に興味がないから、動機が見当たらない。その妻も今の暮らしに満足している。


 妹はフロアスタッフをまとめる幹部だが、その夫は自分の会社の経営を行っている。ただし夫の会社はトーマの会社の下請けだから、妻に頭が上らないようだ。


 さて、あるルートで死体を見せてもらった。傷痕からかなりの腕前なのは、話に聞いていた通りだ。

 ただし左肩から右の脇腹へかけて大きく切られていたと聞いていたが、逆で右脇腹から左肩にかけて切り上げられていた。わかりづらい傷だったから、間違っても仕方がないだろう。


 母親は年老いているし、しっかり商会を切り盛りしていた息子を殺す動機はない。


 バカ兄は未だに相続権があると思っているらしい。こいつが誰かを雇って殺らせた可能性は残る。


 妹は勝気だが、トーマを殺して経営権を奪おうと考えるほどのものではない。そもそも経営のような面倒なことはしたくないと、よく言っていたという証言もある。

 その夫のほうは商会が火の車で、金に困っている。しかし剣は素人だ。誰かを雇うにしても、先立つものがない。

 それにトーマを殺しても財産は手に入らない。この国では子は親の財産を相続できるが、兄弟の財産を相続することはできない。財産目当てで殺すなら、年老いた母親のほうだ。

 もっともこの後母親を殺す気なら、トーマが居ないことで財産分与が多くなるけどね。


 さて、あのバカ兄のことはあるが、別の視点から見てみることにしよう。財産目当てや経営権狙いではないのではと仮定する。

 その時に一番得をするのは誰か。一番は領主だろう。妻も子もないトーマの財産は領主が没収できるからだ。

 これによってサミエル航空艇旅客商会の経営権が手に入ることになった。口を出すか出さないか、さてどう出るか。


「パルは領主のほうを探ってくれ。俺はバカ兄のほうを探ってみる」

「分かりました。帰ったらいっぱいいいことしましょうね。坊ちゃま」


 頬に口づけしてパルは部屋から出て行った。少しの差で廊下に出たが、もう見えない。さすがはパルだ。


 俺もホテルを出て、バカ兄のところへ。どこに居るかはすでに分かっている。

 サミエル航空艇旅客商会のフロントだ。

 あいつ毎日ここにやって来て、騒いでいるんだよ。職員たちは困った顔をしているが、勘当されても創業一族だから無下に扱えない。


「おい、酒を持って来い。早くしろ!」


 ここを酒場と勘違いしていないか。本当にバカだな。

 そこに妹が近づいて……おっと、右ストレートが顔面にめり込んだ。気絶したバカ兄は警備員に引きずられていく。


「あの妹も兄に容赦ないな」


 引きずられていくバカ兄は航空艇の発着場所のそばにある広い空き地に放り出され、何度か殴られて伸びた。

 これにこりたら二度と顔を出すなという意味だろう。でもあいつじゃ、その意味を理解できるか……。


 飛んで行く鳥が糞を落とし、それがバカ兄の額に落ちた。なんとも間抜けな顔をしている。

 起きたか。何があったか分かってない顔をしている。


 他に確認したいことがあるから、バカ兄は放置だ。

 あいつが財産目当てでトーマを殺したんだったら、妹やもう一人の弟も殺すはずだ。それをしてないのは、バカ兄ではないということだ。


 バカ兄以外にも色々探ってホテルに帰った。


「トーマの弟と妹、それに母親は無関係だろう。バカ兄は未だに財産が手に入ると思っているようだが、今日は妹に殴り飛ばされていたぞ」

「私が妹なら首を切り落としているところですよ?」


 首を傾げて可愛らしい仕草をしながら、怖いことを言わないの。


「それはともかく、犯人の目星はつきましたか?」

「ああ、大体ついた」

「さすがは坊ちゃまです。ご褒美にパフパフしてあげましょう」

「それは嬉しいが、人前だからな」


 ここはラウンジだから、そういうことは部屋でな。


「皆、殺してしまえばいいでしょう」


 パルなら本当にしそうだ。仕方がない、ここは大人しくパフパフされるとしよう。

 客たちの目が痛いが、あんたたちの命のためにしているんだからな!


 

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