エピソード4:最終決戦

第174話

 炎の魔剣が眠る遺跡の前。

 アイリーンは岩場に立てかけられた魔法の手鏡を前にして、そこに移った人物と対話をしていた。


 手鏡には彼女の顔見知りの宮廷魔術師が映っている。

 アイリーンはその宮廷魔術師が使った交信コンタクトの呪文によって、国王アンドリューからの緊急連絡を受け取っていた。


「……うん……うん、分かった。炎の魔剣が手に入ってなくても、すぐに来いってことね。それじゃ、そっちも無理はしないで。うん、またあとでね」


 交信コンタクトが切れると、アイリーンは手鏡を荷物にしまう。


 そして、はぁとため息をついて、その場にいるほかの三人──サツキ、シリル、そして竜娘イルドーラのほうへと向く。


「で、結局なんだって?」


 サツキが聞くと、アイリーンは首を横に振る。


「予定が狂ったから、イルドーラさんを連れてすぐに飛んで来いって」


「すぐにって──じゃあウィルとミィはどうすんだよ?」


 サツキの責めるような問い。


 ウィリアムとミィの二人が、遺跡の前の仕掛けに乗って姿を消したのは先刻のことだ。

 それからしばらくの時間がたっているが、いまだに戻ってくる気配はない。


 アイリーンは苦渋の決断をせざるを得なかった。


「苦しいところだけど……置いていくしかないね。戻ってくるまで何時間かかるかも分からないし、二人を待っていたせいで王国騎士団が全滅──お父さんも騎士団のみんなも死んでしまった、なんていうのは、僕は嫌だ。イルドーラさんに乗せていってもらえば、現場までは大した時間もかけずに急行できるから」


 アイリーンがそう言って竜娘の方をちらと見ると、当のイルドーラはくああっと大あくびをする。


「主殿を置いていくというのは、気が進まんがの。アンドリューの娘──アイリーンと言ったか。お主のその自分勝手で個人的な物言い、わしは嫌いではないぞ。大義だのといった綺麗事を持ち出されるよりよほど気分がいい。それに主殿に寄りかかるばかりでないその心意気も気に入った。お主が望むなら、わしはお主を乗せて飛んでやるし、助力もしよう」


 そう言ってから、イルドーラは挑発するような表情でサツキとシリルのほうを見る。


「……そっちのお主らは、主殿という親鳥から離れられぬ雛のようにここで待っていてもよいが、どうするかの?」


「──っ! そりゃどういう意味だよ!」


 サツキが詰め寄って、イルドーラの胸倉をつかむ。

 だがイルドーラは終始ニヤニヤ顔で、それ以上は何も言わなかった。


 それを見たサツキは、舌打ちをしてイルドーラの胸倉から手を離す。


「あたしは……ウィルがいなきゃ何もできないって、そういうのにはなりたくねぇ。……ちょっと考えさせてくれ」


「うん。でも時間がないから、手早くお願い。──シリルさんは? ここから先はクエストの内容から外れるから、義務はないよ。別途の報酬は事後に出せるかもしれないけど、それだけ。でも僕は、サツキちゃんともども一緒に来てくれると嬉しい。優秀な戦力は一人でも多い方がいい」


 アイリーンからそう問われると、シリルは少し考え込む仕草を見せる。


「私は……もうウィリアムから離れてどこかに行くのは、正直に言って怖いです。……ふふっ、言われたとおり雛鳥ですね。いつから私、こんなに弱くなったのかしら」


「そう。じゃあそれでいいよ。サツキちゃ──」


「待って、アイリーン様。だから──だから、私も連れていってください」


 シリルはアイリーンの言葉をさえぎって、真っ直ぐなまなざしでそう言った。


 その目を向けられたアイリーンは、少し驚いたような顔を見せつつ、次にはうなずく。


「複雑そうだね。でも分かった、お願いするよ。──サツキちゃんはどうする?」


 シリルとの話を終えたアイリーンは、侍の少女へと向き直る。


 視線を向けられたサツキは、こちらも考えがまとまったのか、アイリーンに向かって大きくうなずいてみせた。


「やっぱり、あたしも行く。行かなくて後悔することはあっても、その逆はなさそうだって思うから」


「そっか。ありがとう。──じゃあ、イルドーラさん、お願いします」


 そうアイリーンに頼まれれば、竜娘はふっと優しげな笑みを浮かべる。


「引き受けたぞ、アンドリューの娘──いや、勇敢で優しく真っ直ぐな娘、アイリーンよ。それにしても主殿は、いい嫁をたくさん持っておるの。なるほど、わしの入り込むすき間がないはずじゃ」


 言いながら、イルドーラはその姿を竜へと変えていく。


 小さな娘が光り輝きながら巨大化し変身していく一方で、アイリーン、サツキ、シリルの三人は顔を見合わせる。


「交尾の次は、嫁って言われたよ……」


「やっぱ普通はそう見えるよな、あたしたち」


「もう本人がオーケーしようがしまいが、外からそう見えるように既成事実を作っていったら逃げられなくなるんじゃない、彼?」


「あ、いいねそれ。にひひっ」


「でも僕の想いだけは気付いてもらえないんだよなぁ。……ぐすん」


「ご愁傷様です、アイリーン様。何ならアイリーン様も、私たちと手を組みます? 独り占めはさせられませんけど」


「えっ、いいの!? 独り占めなんてしないしない! むしろ逆だよ。みんなどんどんウィルと仲良くなってるから、取られちゃうんじゃないかってずっとヒヤヒヤしてたんだよ僕。……よかったぁ、これで僕だけ除け者にされずにすむんだ」


 そんな世間話をしながら、ウィリアム達への書き置きだけ残しつつ、変身を終えた竜の背にまたがる三人。


 そして竜が羽ばたけば、宙へと舞い上がっていく。

 アイリーンは空の先、王都のある方角へと視線を向ける。


「──でも、それもこれも、この戦いがうまくいったらだね。……突然現れた魔王なんかに、僕たちの国を、世界を、めちゃくちゃになんてさせるもんか」


 氷の魔王への切り札たる竜の背に乗り、決意を口にする王女アイリーン。


 竜は三人の少女を乗せて、大空を羽ばたいていった。

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