第112話

 広場に呼ばれた俺とアイリーンとサツキ、ミィ、シリル。

 その周囲には、俺たちを歓迎するように取り囲む大勢のエルフたちがいた。


 フィノーラはエルフたちを代表し、俺に向かってこう伝えてきた。


「ありがとう、ウィリアム、そしてその友である人間と猫人族ミャールの戦士たちよ。キミたちがいなければ、我々はあのオークどもに敗れ、この地のエルフはみな滅ぼされていただろう。本当に感謝の言葉もない。──これは約束の報酬だ。このようなものでキミたちへの恩に報いられるとは思わないが、提示された額の倍額を入れておいた。どうか受け取ってほしい」


 フィノーラはそう言うと、俺にたっぷりの貨幣が入った革袋を渡してくる。

 ずっしりと重みのあるそれには、紐を解いて口を開けば、確かに黄金色の輝きを放つ金貨が大量に詰まっていた。

 俺はフィノーラに問い返す。


「……いいのか? これほどの額は、キミたちにとっても安い額ではあるまい」


「ああ、構わない。これでうちの集落の金庫はほぼ空だがな。しかし我々エルフにとって貨幣は人間たちとの取引で使うばかりのものだ。元より自給自足の生活をしている我々にとって、大きな支障はない。それに何よりこれは、キミたちの働きがなければすべて失われていたはずのものだ。私たちにとっても良い取引だよ」


「そうか。ならばありがたく受け取っておこう」


「ああ、そうしてほしい。──ついでに言えば、キミたちは我々にとっての英雄だ。大英雄ウィリアムとその仲間たちが築いた偉業は、今後我々エルフの間で伝説として語り継がれることになるだろう」


 フィノーラは余興のつもりなのか、「ついで」としてそんなことを言ってきた。

 だが俺は、それを聞き捨てすることはできなかった。


「……冗談だろう? 俺たちはまだ新米の冒険者だ。英雄と呼ばれるような段階には到底ないぞ」


「我々からはそうは見えんということだよ──なぁ、みんな」


 フィノーラがそう言って周囲を見渡すと、そこにいたたくさんのエルフたちは示し合わせたようにうんうんとうなずいた。

 そしてぽつりぽつりと、「英雄だよな」「ああ、間違いなく英雄」「どう考えても英雄」という、英雄という言葉の大安売り発言がそこかしこから聞こえてきた。


 ……むぅ。


 俺にとって「英雄」という存在は、冒険物語を読み漁っていた幼い頃からの憧れだ。

 そんなに安売りをしないでほしいものなのだが……。


 そう思っていると、横からサツキがひょこっと俺の顔を見てくる。


「……あれ? ウィルなんか顔赤くねぇ? ひょっとして照れてる?」


 するとそこに、俺を挟んで逆隣りにいたアイリーンが口を挟んでくる。


「あー、ウィルは昔っから物語の英雄に憧れてたからねぇ」


「え、何それ姫さん。その辺の話詳しく」


「うん、あのね、ウィルは昔っから冒険物語を読むのが大好きでー……」


 ただちにアイリーンの口を封じなければならない。

 俺はそうした強い衝動に駆られた。


「う、うるさい。サツキもアイリーンも、それはこの場で話すようなことではないだろう!」


「わきゃっ」「ひゃんっ」


 俺は両手でそれぞれサツキとアイリーンの頭を押さえて黙らせた。


 するとサツキとアイリーンは、俺に頭を押さえられたまま互いに目くばせのアイコンタクトで何かを伝え合ったようだった。

 まったく……この二人は仲がいいのか悪いのか。


 するとそこに──


「ねぇ、お母さん。私もウィリアムに話したいことがあるんだけど、いいかな」


 フィノーラの後ろに立っていたレファニアが、話に割り込んできた。

 フィノーラはうなずいて、娘にその場を譲る。


 レファニアは俺の前に立つと、こう言ってきた。


「ウィリアム。あなたにその意識はないかもしれないけど、あなたたちはまごうことなき私たちの英雄だし──それに何よりも、私の英雄よ」


 そしてレファニアは一歩、二歩、三歩と俺のほうへ向かってきて──


「ありがとう」


 背伸びをして、俺の頬にキスをしてきた。


 そして気恥ずかしそうに顔を赤くしたレファニアは、一歩、二歩と後退する。

 それからエルフの少女は、何やら知らないが「よし」と小さくガッツポーズをした。


 それを呆然と見ていたサツキやアイリーン、それにミィとシリルまでが──


「「「「あああーっ!」」」」


 一斉に大声を上げた。

 そして四人がバタバタと俺の前に出て来て、レファニアとの間にバリケードを作る。


「て、てめぇ! 恩を仇で返すってこのことだぞ!」


「僕だってキスはしたことないのに!」


「フシャーッ! レファニア、月のある晩ばかりだとは思わないことです!」 


「ちょっとそこに直りなさい! あなたには説教が必要だわ!」


 やんややんやとよく分からないバトルが始まってしまった。

 困った俺は一人、頭を掻くしかなかった。


 ──しかし一方で、大きな肩の荷が下りて、日常に帰ってきた気もする俺だった。


 エルフたちにとっては、オークどもを退治したからといって、それですべてが解決したわけではない。

 命を落とした者、悲惨な目に遭ったもの、そしてその家族、友人。

 物理的な問題、精神的な問題、いろいろな問題が山積みだろう。


 だがそれはエルフたちの物語で、俺たちが関われるのはここまでだ。

 俺たちはまた別な場所で、別の人生ものがたりを紡いでゆくこととなるだろう。


 だがひとまずは、いまぐらいは。

 この心地よい達成感に浸ってもよいのではないか。


 仲間の少女たちがギャーギャーと騒ぐ姿を微笑ましく眺めながら、一人そんなことを思う俺なのであった。

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