第109話
そこは暗闇の中だった。
あたり一面、漆黒の闇が支配する空間。
そうでありながら互いの姿は見えているという不思議な状態だ。
景色がまったくないから宙に浮いているような感覚にもなるが、しかし足元には確かに地面がある。
その不思議な場所に、
まずは俺。
そして俺の前には、アイリーン、サツキ、ミィの三人の背中があって、俺の傍らにはシリルがいる。
そして俺たちから二十歩ほどの距離を隔てて向こうには、オークエンペラーの巨体と、オークロードが二体、それに通常種のオーク三体がいた。
「ンだこりゃあ! ──クソッ、どこなんだよここは! あの人間野郎の仕業か……!」
オーク語でわめきたてるのはオークエンペラーだ。
ほかのオークたちも、どうしていいか分からないという様子でうろたえている。
だがそれと比べ、こちらの面々はあらかじめ、この異空間に入れて予行演習済みだ。
アイリーン、サツキ、ミィの三人は直ちに敵に向かって駆け出し、シリルは奇跡の行使のために手を組んで祈りを捧げる。
そして俺も無論のこと、次の呪文の詠唱を開始した。
──まずはこの、奇襲。
先手を取った攻めで、どこまで優位をもぎ取れるかが、勝負の一つの鍵になる。
今回の作戦。
単純な戦力量ではオークどもに劣り、なおかつ捕虜まで取られている状態から状況をひっくり返すには、敵の頭脳となる中枢を叩く必要があった。
ここを叩いてしまえば、指揮系統が混乱したオークどもは烏合の衆と化すだろう。
しかし中枢であるオークエンペラーを叩こうにも、そいつがいるのは敵の拠点のド真ん中だ。
この問題をクリアするため、
これは最後の最後でエンペラーに気付かれたものの、目的は十全に達することができたと言えよう。
だが、そうやって敵陣のド真ん中にどうにか潜り込むことに成功しても、そのまま戦いを始めてしまえば、当然ながら周囲のオークたちが集まってきてしまう。
そしてこれも当然ながら、オークエンペラー及びその側近は、オークどもが集まってくる前に瞬殺できるような相手ではない。
そうなればいずれ大多数のオークに取り囲まれて、こちらがいくらアイリーンなどを含めた精鋭と言えど、数の力に蹂躙されてしまうことは容易く予想できることだった。
なので次の一手として打ったのが、
そしてこれも、結果は上々。
見事、俺たち五人と、オークエンペラー及びその周辺の側近たちだけの戦場を作り出すことができた。
だがこれだけトントン拍子に事が運んで、いまがようやく互角の土俵に立ったところだ。
いや、その互角というのも、少々怪しいぐらいかもしれない。
単純な物理戦闘能力を突き合わせれば、こちらのほうがいまだ不利だ。
Bランク相当のオークエンペラーとアイリーンが互角。
Cランク相当のオークロード一体とサツキが互角。
ここまではまあいい。
だがもう一体のオークロードと三体の通常種のオークをミィとシリルの二人でどうにかするというのは、ミィがオーラを幾分か扱えるようになったと言っても、かなり無理のある注文だ。
ミィではいまだオークロードに及ばないだろうし、シリルも三体のオークを相手にできるような武器戦闘の技量はない。
ここを何とかしないと、互角の拮抗状態は作れない。
そして何より、「互角」では「足りない」のだ。
当然ながら、俺たちは誰一人として命を落とすわけにはいかない。
ならば「圧倒」できるだけの状況を作らなければならない。
そのためには、まずは突然に異空間に連れ込まれたことによって狼狽しているオークたちに、先制攻撃による洗礼を浴びせることだ。
これで何体かのオークを始末できれば、戦局はだいぶ楽になるのだが──
──しかし。
やはりそうは問屋が卸してくれないようだ。
「チッ! おいテメェら何ボサッとしてやがる!」
いち早く事態を認識したオークエンペラーが、部下に檄を飛ばしつつ前に出てくる。
そして──
「ッらあ! ネズミが粋がってんじゃねぇ!」
──ゴオッ!
唸りをあげる勢いで、その巨大な棍棒を横殴りに振り回してきた。
その棍棒が向かう先には、オークの目の前まで接近していたアイリーン、サツキ、ミィの姿。
あれを回避するために突進の勢いを殺されては、奇襲の機会を逸してしまう──
──ガギンッ!
「ぐぅっ……!」
だがアイリーンが、その横殴りの一撃を回避せず、盾で受け止めた。
しかしアイリーンの小柄な体では、そのまま吹き飛ばされるのが関の山──
「──ぅああああああああっ!」
アイリーンが叫ぶ。
衝突の直後、少女のオーラが全身から吹き上がり、彼女の小柄な体では普通は受け止められるはずもない凄まじい一撃を、その場で完全にせき止めていた。
「ンだとっ……このガキ……!」
すべてを吹き飛ばすはずだった棍棒の一撃を、少女一人に止められたオークエンペラーは驚愕の表情を浮かべる。
だがアイリーンのほうとて、無傷というわけにはいかなかった。
受けた盾は粉々に吹き飛び、さらには彼女の左腕がだらりと力なく垂れ下がる。
「ぐっ、左腕やられた……でもっ! ──サツキちゃん、ミィちゃん!」
アイリーンが想いを託したのは、残り二人の少女。
「任せろ! 無駄にするかよ!」
「ミィも仕事はしっかりやる主義です!」
オークエンペラーの横手を風のように突破していたサツキとミィが、瞬く間にそれぞれ一体ずつの通常種のオークの懐に潜り込む。
「──はっ!」
サツキは突進の勢いをそのまま活かし、刀をオークの左胸に埋め込んだ。
そしてすぐさま引き抜くと、
「邪魔だ!」
オーラの乗った前蹴りで、心臓から血を噴き出すオークの巨体を蹴り飛ばす。
いったん浮き上がり、それからごろごろと地面を転がっていくオーク。
そしてサツキはそれを確認することもなく、すぐさま次の一体へと躍りかかっていく。
一方、ミィはというと──
「遅いです。──あとくたばれです」
いつの間にオークの背後に回り込んだのか、そのオークが気付かぬ間に背中に飛びつき、その首を素早く
それからすぐにぴょんと離れ、オークたちから距離を取る。
首を掻き切られたオークは、そこから鮮血を噴き出しもがき苦しむ。
即死ではないが、その生命力が尽きるのは時間の問題だろう。
そうして通常種のオーク二体の戦力をほぼ削ぎ切り、もう一体もサツキが交戦し圧倒している。
奇襲はひとまず成功と言って良い結果だった。
俺はその様子を見て、心の中で三人の少女に称賛を送る。
殊にエンペラーの攻撃を抑え込んだアイリーンの機転は見事だったと言うほかない。
秒をいくつにも刻む速度での戦いの中で、彼女らの判断の的確さには舌を巻くところだ。
だが、その少女たちの快進撃も、いつまでも続くわけではない。
「──おわっ! くそっ、まだ倒し切ってねぇってのに!」
「ちっ、来やがったですね……!」
サツキとミィの前にそれぞれ一体のオークロードが立ちふさがり、攻撃を仕掛けていた。
サツキとミィはともにその一撃目を回避していたが、その表情に余裕は見られない。
オークロードは手負いですらアイリーンに冷や汗をかかせた相手だ。
サツキはともかく、オーラを幾分か使えるようになったばかりのミィにはまだ荷が重い。
それにサツキの前には、もう一体の通常種のオークがまだ残っている。
サツキがトドメを刺そうとしたところでオークロードの攻撃が介入してきて、サツキは一旦退くしかなかったのだ。
それに──
「生意気なクソガキが、腕一本で俺とやり合えるつもりかよ! いいぜ、腕の次ゃあ全身バラバラに砕いてやらァ!」
「くっ……! 盾が使えないとっ……やっぱり、キツイッ……!」
アイリーンも、オークエンペラーを相手にして余裕があるとは言い難い状況だった。
エンペラーの剛腕から繰り出される激しい棍棒の連続攻撃を、回避だけでどうにか凌いでいるが、それもいつまでもつか分からない。
アイリーンも隙を見て反撃を試みてはいるのだが、回避優先の無理な体勢からの攻撃であることとエンペラーの外皮とオーラの分厚さのせいで、かすり傷程度のダメージにしかなっていない様子だ。
三人とも、まずい。
だが俺がいま準備している呪文で援護できるのは、一人だけだ。
「──
そのときシリルが、定番の補助用奇跡を行使する。
その力の煌きがサツキ、ミィ、アイリーン、そして俺とシリル自身にも宿った。
だがその程度でも、ないよりは万倍マシ。
特に戦力が敵とほぼ均衡しているサツキに関しては、この程度でも大きな助けになるだろう。
サツキのところは、放っておいていいわけではないが、緊急性は低い。
となれば、ミィとアイリーンのどちらを援護するか。
俺は──
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